思考回路はショート寸前

ぶらボー

別に時計仕掛けとかじゃない摩天楼

 悪の魔王を倒した勇者ノリオのパーティーに緊張が走る。




 魔王が死に際に直径三十メートル重さ五百トンの爆弾を起動させたのだ。


 幸い爆弾はタイマー式ですぐには爆発しなかった。だがタイマーが告げる残り時間は約三分。決して楽観できる状況ではない。この巨大な爆弾がもし爆発すれば、あらゆる建物が吹き飛ばされ、本州全土が鳥取砂丘となってしまうだろう。


 ノリオは勇者一筋二十年の大ベテランである。派手さはないがコツコツと業務をこなし、優れたリーダーシップで部署全体を引っ張って業績を上げ、今では部下にも恵まれ、人々の見本となる中間管理職となっていた。だがそんなノリオも爆弾解除は初体験であったのだ。


 ノリオは爆弾のカバーパネルのような部品を取り外す。その中には赤色と青色のコードが一本ずつ配線されていた。




「じゃあ青を切るでヤンスね」

「待てや少しは悩めや!」


 パーティーメンバーのヤンスデス・チェンテナリオ百世がウキウキでニッパーを取り出したところでノリオが止める。


「見た目は子供頭脳は大人の奴の映画だと青が正解だったでヤンスよ?」

「なんで同じだと思ったんだよ」


 ノリオはパネルの内部をまじまじと見つめるがさっぱりわからない。


「むう……映画だとどうやって決めてたっけ」

「ノリオさんも映画をマネしようとしてるじゃないでヤンスか」

「ググってみるか」


 ノリオはスマートフォンを取り出してブラウザを起動し、「時限爆弾 赤と青」と入力して検索する。


「へー、爆弾解除シーンの元ネタの映画ってこれか……犯人の反応を見て切る線を決めたのか」


 ノリオは犯人――魔王の方を見やる。魔王はノリオの沙羅理万神剣秘奥義さらりまんしんけんひおうぎ勇久神征ゆうきゅうしんせいをモロに食らって縦に真っ二つになった状態で倒れている。とてもコードを切るときのリアクションを確かめられる状態じゃない。


「やっぱ青でヤンスよ。国民的アニメを信じましょうでヤンス」

「お待ちください」


 ノリオとヤンスデスの後ろから女性が声を掛ける。パーティーメンバーで「火葬剣かそうけんの女」として恐れられる凄腕の女剣士、ハルヨ・ビオランテである。


「そもそも私達に爆弾解除のノウハウはありませんし、そのやり方ですと結局最後は勘に頼るしかなくなります」

「確かにそうだが……」

「他にいい方法があるでヤンスか?」


 真顔でハルヨは人差し指を立てる。


「考え方を変えましょう。出来ない爆弾解除をしようといくら考えても無駄です。やるとすれば――爆弾を爆発しても問題ない場所に運ぶことです」

「一理ある」

「あと一分でヤンスよ」

「無理がある」


 本州が更地になるほどの爆弾を安全な場所に移動させるにはあまりにも時間が足りなかった。


「クソッ、破れかぶれだ……このコインの表が出たら赤、裏が出たら青を切る!」


 ノリオは五百円玉を取り出した。正に世界の命運を懸けたコイントスである。




 ピーン!




 五百円玉が宙を舞い、クルクルと回って落下する。数字で「五百」と書かれた面が出た。


「……」

「……」

「……五百円玉ってどっちが表でしたっけ」


 万事休すであった。タイマーの数字は残り十秒を切った。パーティー一行は死を覚悟して目をギュッとつむった。




……三、

……二、

……一、――!


――……

…………


「……む!?」

「ば、爆発しないでヤンス」


ブツン!


「……! 勇者様! 魔王城の悪趣味なライトアップが消えています!」


 火葬剣の女、ハルヨ・ビオランテのその言葉を聞いてノリオはハッとした。


「まさか――停電!?」


 ノリオは爆弾の端っこの方を見る。電源コードがコンセントに向かって伸びていた。そう、この時限爆弾は家庭用コンセントから電力を供給されていたのだ。


「た、助かった――」


 ノリオはコンセントからプラグを引っこ抜いて、ほっと一息つく。




「しかし……もし停電にならなかったら実際赤と青のどっちが正解だったでヤンスかねえ」


 ヤンスデスがそう疑問を口にすると、ノリオはどうでもいいと冷たく返す。その光景を見たハルヨがくすっと笑う。


「爆弾の線は切れませんでしたけど――私たちの絆も魔王ですら切れませんでしたね」

「まとめ方が無理やりすぎる」





 この任務の三日後、ハルヨ・ビオランテは勤務態度に問題があるとしてギルドから契約を打ち切られた。


 本当に怖いのは魔王じゃなくて人事かもしれませんね。よく切れるし。


(おわり)

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