色相管理局特別配色隊

そうざ

Color Administration Bureau Special Color Scheme Team

「色相管理局だっ、全員そのままっ!」

 隊長の呼び掛けに、その場に居た人影が一様に凍り付いた。

 映画やドラマであればガサ入れをされた側が物理的抵抗を見せる場面だろうが、〔特別配色隊〕の物々しくも鮮やかな朱色の武装を目の当たりにすれば、泣く子も黙ってしまう昨今である。

 しかし、今回の連中は些か往生際が悪かった。

「これは権利の侵害だわっ」

「人権無視以外の何物でもないっ」

「自由と責任と義務と、それからっ――」

「先ずは身分証を確認」

 隊長は慣れたもので、世迷い言を聞き流しながら淡々と隊員に指示を出す。結果、事前の内偵通り男女七人は全て〈白秋〉であると判明した。

 彼等は自分の立場が悪くなると決まって社会規範を盾にする。お定まりの繰り言を継ぎぎし、何か一家言を成したつもりで悦に入るのだ。年長である事に依拠しつつ若年世代への嫌悪と憧憬との間で矛盾を抱える、憐れな存在でもある。

 そんな連中だから、その巣窟もグロテスク極まりない。古色蒼然とした前世紀の遺物が所狭しと散乱している。日がな一日、こんな空気の悪い部屋で〔回春〕に明け暮れているとは、本当に

「ナイフみたいに尖っちゃいけねぇってのかっ」

「この部屋は落ち葉に埋もれた空き箱みたいなのよっ」

「続いて簡易検分を行う。現行犯逮捕である事を証明する為だ」

 隊員が〔色相見本〕端末を取り出す。現時点までの〔特定禁制色〕がインプットされているこの機器を用いれば、立ち所に違法行為を摘発出来るのだ。

「俺達は腐った蜜柑じゃねぇし、不揃いの林檎でもねぇっ」

「ドジでノロマな孤独な蝶よっ、飾りじゃないのよっ」

 先般〔特定禁制色〕に指定されたのは『黒』である。男共は逸早くそれを察知したようで、内偵時に纏っていた詰襟姿ではなく、まるで女共のセーラー服の色調と歩調を合わせるかのように着替えていた。

 彼等の着衣に端末を宛がうと、画面に表示された色相が車輪のように回転し、解析を始めた。

「はははっ、俺達が着用してるのは『紺』のブレザーだっ」

「ふふふっ、セーラー服もオーソドックスな『紺』よっ」

 端末が特定の色彩を表示して停止し、けたたましく鳴り響く。

「判定『青』!」

「こちらも『青』です!」

「全員が〔特定禁制色〕を使用しています!」

「午後十二時十六分、一斉逮捕!」

 当の〈白秋〉達はたちまち気色ばんだ。

「俺達に何が起こったんだっ、いつ『青』が禁制になったんだっ!?」

「本日午後十二時ジャストからだ」

「ついさっきじゃないかっ……だけど俺達が着ているのは『紺』だっ!」

「『紺』よっ『紺』よっ!」

「『紺』は広義の『青』である」

 端末の〔色相見本〕は色をグラーデーションで示している。色相管理局が、ここからここまでが青、と主張すればまかり通る世の中なのである。

「それにしてもっ、どうしてアジトここがバレたんだっ?」

 後ろ手に縛られながら〈白秋〉の一人が呟くと、他の一人が私の顔を見て叫んだ。

「あっ、お前はっ!」

「スーザンじゃないかっ!」

「ほんとだっ、スーザン・ヤマモトだっ!」

 ガサ入れ成功に気が緩み、私はつい防紫煙マスクを外していた。

「そうかっ、お前は何の因果かマッポの手先だったのかっ」

 反逆不良同盟〔回春くらぶ〕に潜入する事三ヶ月、私は紫煙と隠語とに耐えながら証拠集めに努めた。事前に隠語の講習を受けてはいたものの、実際の現場では地域差や組織差が存在する為、ぼろを出さないよう何かと緊張を強いられる仕事だった。因みに、スーザン・ヤマモトは適当に思い付いた会員名コードネームである。

 護送車へと連行される彼等の口から、引かれ者の小唄が止め処なく発せられる。

「グッバイは別れのっ!」

「ワードじゃないっ!」

「シーユーアゲインまでのっ!」

「遠いプロミスっ!」

 この期に及んで飛び交う隠語を見兼ね、隊長が一括する。

「貴様等は単なる薄汚れた〈白秋〉だっ、どれだけ往時の制服を身に纏おうが〈青春〉じゃないっ!」

 列を成した〈白秋〉が一斉に縮こまった。余程、傷付いたらしい。まるで竹刀を手にした体育教師を前に萎縮する小動物だった。

 人類史の或る一時期、〈玄冬ワッパ〉と〈朱夏ソーネン〉の間に〈青春ワカゾー〉なる期間が設けられていた。あたかもそれは心の岸辺に咲いた徒花。いみじくもそれは、やがて辿り着く〈白秋オイボレ〉までの猶予期間モラトリアムを表したに過ぎなかった。

 禿げ上がった男が擦れ違い様に私を一瞥した。内偵中、私に片想いほのじだったと思われる人物だった。

「くっそぉっ、ハクいスケだと思ってたのにぃ!」

 一味を護送車に詰め終えると、隊長が怪訝な表情で私に言った。

「はくい……すけ……どういう隠語なんだ?」

「私が《朱夏》には見えない老け顔だから、まんまと騙された……そう言いたかったようです」

 一転、気まずそうな表情になる隊長を余所に、私は次なる内偵調査へと思いを新たにしていた。

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