空の色 海の色

卯月二一

空の色 海の色

 ここではないどこか遠いいまからずっと昔、いやもしかしたらずっと未来のことかもしれません。別の世界、ああもしかするとっても近いご近所のお話かもしれません。


 神さまは私たち人間たちのことを見守ってきました。私たちにとっては気の遠くなるような無限にも感じられる間、特に何をすることもなくただ見守っていました。


 そんな神さまもとうとう人間に嫌気がさしてしまいました。ですが神さまは、ただ一度だけ人間にチャンスをお与えになりました。


 これはそのほんの数年後のお話。



「はあ……」



「いかがなされたのですか、我が主人?」



「期待したわたちが馬鹿だったの。もう呆れて何も言えないのにゃ」



「何を仰るのですか。この前は人間もやればできるものだと、感心しておられたではありませんか……」



「そうなの、でも……。 うーん。お前、あたちの代わりに地上に行ってくるのにゃ」



「はっ!? またですか?」



 西暦2XXX年3月21日日本時間正午。世界の空に【ある中年男】の姿が現れた。その男の姿は神父のようであったとも、怪しげなシャーマンのようであったとも後にそれを見た多くの人々から言われる。


『お久しぶりです。皆さまいかがお過ごしでしょうか。あ、あのですね、私から皆さんに神さまからのメッセージを。ああ、今回はプレゼントはございません。開けてはいけないと申したにも関わらず……、本当にあなたがたは……。はあ」


 三年前よりも大きく減少してしまった人類に向かって【神父っぽい中年男】はため息をつく。


『要点だけを申し上げます。これが最後のチャンスですよ』

 

 メッセージの内容はかんたんに言うと『神さま』なる存在が人間を憂えていると。そしてもう我慢の限界に達してしまったらしい。だが、この【中年男】がなんとかとりなしてそれを考え直す最後の機会をもらってきたと言う。


『えっとですね、自らの【心】を見つめ直してください。皆さんのその行いに対しての神さまの評価は、この【空の色や海の色】にあらわれるようにしておきますので。セキトウオウリョクセイランシ。私からは以上です。ご質問などにはお答えできかねますので、あしからず。では、くれぐれも……。いや、頑張ってください』

 

 それだけ言うと男の姿は消え、その後二度と人類の前に現れることは無かった。


 世界は再び現れた【中年男】と【セキトウオウリョクセイランシ】という謎の言葉のことで騒然となる。各国政府は緊急の対策をとろうと動き出すが、もうどの国においても激減してしまった国民の信頼は政府には無かった。


 ほとんどの人間が自分の生活が豊かになること、自分の会社や組織、地域、家族のことを優先して、他者のことに思いを寄せる余裕なんて無くなってしまっていた。


「おい、空の様子が変だぞ!」


 それは【あの男】の出現から程なくして見られた。空や海が禍々しい紫色に染まったのである。世界の科学者たちはこの空や海の異変の謎を解明しようと試みるが難航した。


 空の色は太陽の光が大気中の微粒子にぶつかることで生じる『光の散乱』によって起こされる。光の波長の長さによりどう見えるかが決まる。海の色も概ね似たようなものであるが、これは太陽の光が水の中に入ることで波長の長い赤い光から吸収されてしまうことによる。海底で反射して我々の目に届くころには青い光だけが強く残るのである。


 しかし、最も短く最も多く散乱して見えないはずの紫の空がいま目の前にあるのだ。


 世界はこの出来事に騒然としたが、しばらく経つと元の青い空や青い海へと戻ったので、人々はホッとしてこれまでと変わりない日常へと戻っていった。


 戦争は相変わらずあったし、でも他の国のことには関心は無かった。街中での犯罪は増えていたが、警察はあまり機能していなかった。人々は神さまの言葉も忘れて、自分の心よりも手元にある小さな金属板に夢中だった。他人に親切な人は珍しい存在となっていた。


 あの【神父っぽい中年男】の出現からちょうど三年後のよく晴れた朝のこと、再び空に異変が生じた。


「まあ、綺麗ね」


「うん、お空が緑色だね。ママ」


 その美しいエメラルドグリーンの空や海の色に、人々は心奪われた。


 人々は手元の金属板を空や海に向けて写真に収めて喜んでいた。


 今思えばこれが本当に最後のチャンスだったのかもしれない。


 空は一週間後黄色に、その三日後オレンジに、そして今日、どす黒い血の色のような空が広がっている。


 

 そして今、この瞬間。


 

 世界から光が消えた。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


この次の第2話は、この話に至る数年前の出来事になります。時系列を前後させておりますがご了承ください。


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る