【KAC20247】勇者エリクスの伝説

鈴木空論

勇者エリクスの伝説

 遥かな昔、魔王を倒しこの世界を救ったという勇者エリクス。


 彼の英雄譚は今なお人々の間で語り継がれているが、そんな数多くの逸話の中に一つ、現代の歴史家たちの頭をずっと悩ませ続けているものがあるというのはご存じだろうか。


 有名で人気もある逸話なのできっとご存じの方もいるだろう。

 『月の女神の寵愛』という逸話に関してである。




 ある時、魔王は自らの脅威になるとみなした月の女神に呪いをかけて石像に変え、あまつさえ恐ろしい魔獣たちが徘徊する高い塔の屋上に幽閉してしまった。

 そんな女神を勇者エリクスは見事に救い出し、女神は感謝の証として勇者エリクスに月の秘薬を授けた。


 この秘薬を使用すれば人の身でも一時的に神の加護を受けられるようになり、魔王が放つ闇の魔術も打ち払うことができる。

 魔王が女神を脅威とみなした理由はこの秘薬だったのだ。


 こうして秘薬を手にしたことでついに魔王打倒の糸口が掴めた勇者エリクスは、仲間たちとともに魔王との最終決戦に挑むことになる。




 要約して話すとこんな内容の逸話だ。


 ただ、この逸話には少々奇妙な部分があった。

 正確には、この逸話のあとの勇者エリクスの行動に不可解な部分があったのである。


 というのも、この後の逸話では勇者エリクスはこの秘薬によって魔王を倒したことになっているのだが、当時の記録を調べるとどうも実際は秘薬を使用せずに相当な苦難の果てに魔王を倒していたようなのだ。


 ただし、月の女神や秘薬に関する逸話が後から捏造された偽りの物語だったのかといえばそうではない。

 月の女神が魔王によって封印されていたことや女神が勇者エリクスに秘薬を授けたこと、それらに関しては古文書や遺跡調査の結果などから事実だと結論付けられている。


 勇者エリクスは月の女神から月の秘薬を授けられた。

 しかし勇者エリクスはどうした訳か秘薬には頼らず魔王に挑んだ。


 しかも別の記録によると、勇者エリクスは魔王を打倒して引退した後もその秘薬を大切に保管し、自信の臨終の際は枕元に置いていたという。


 勇者エリクスは何故そのような不可解な行動を取ったのか。


 ある歴史家は「勇者エリクスは月の秘薬を使わずに魔王を倒すことで月の女神を含む多くの神々に人間の可能性を示そうとしたのだ」という説を掲げている。

 また別の歴史家は「勇者エリクスは月の女神に対して道ならぬ恋心を抱いてしまったのだ。だから彼女から授かった秘薬を後生大切にしていたのだろう」と語っている。


 他にも多種多様、色とりどりの説が挙げられているが未だ結論は出ていない。


 もしもこの難問に決定的な解答と証拠を用意できる者が現れたら、その人間は多大な名誉とともに歴史学史に永遠に名を刻むことができるだろう。

 もっとも、これまでに数多くの高名な歴史家たちが挑んでは挫折してきた最大の問題である。

 そう易々と答えに辿り着ける者が現れるとは思えないが。



 ちなみにこの難問は勇者エリクスの名にちなんで『エリクサー症候群問題』と呼ばれている。

 興味の沸いた方がいれば調べてみるといいだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20247】勇者エリクスの伝説 鈴木空論 @sample_kaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ