色鬼様の言う通り

無頼 チャイ

志望理由

 色鬼が都市伝説で流行っている。微妙にズレた情報が世の中に流れた。

 鬼が色を指定する。というのは共通だが、何でも、が満足するまで終わらないらしい……。


 □■□■□


 僕は今、オープンスクールで高校に来ている。見慣れない制服に、教室や校舎を見ると、胸が高鳴るのを感じる。受験生とはいえ、中学生が高校に訪れるということに、ちょっとしたドキドキ感を感じなくもない。


「この学校は部活が多いんだな」


 オープンスクールだから、というのもあるけど、ここの在校生も普段とは違う雰囲気に色めき立つような感じで、実際、案内役をしてくれている生徒や、部活体験で接してくれた生徒達からは、魅力を紹介する以外に、全力で思い出を残そうという気合的なものを感じ取った。


「第一志望はここかな。部活が多いなら、気の合う人と巡り会えるかも」


 なんて、言ってみたり。

 部活動で知り合う仲間というのに憧れは強かった。努力、友情、勝利、も良いけど、ただ仲良く話せる部活友達、というのでも良い。


「いや、欲張ったら良いことないだろうし。純粋に仲良くなれる友達ができたらな」


「わ! わわ! ゴメン君どいてぇ〜! へぶっ!」


「あぶっ!」


 真夏の空がすってんころり。いや違う。今何かに思い切りぶつかった。世界が回った。


「いたたっ、君だいじょ――げっ! その制服、もしかしてオープンスクールに来てくれた中学生。ほんっとごめんなさい。あ、ゼニスブルーってこの制服の色っぽいにゃ」


 謝ったり驚いたり人の制服の裾を引っ張ったり、何なんだこの人は。


「あの、どいてくれませんか」


「ああ、そうだよね。ごめんなさい。ほら、立って」


 ハッとして僕を丁寧に起こしてくれた。頭の後ろに揺れるポニーテールが、何だか猫の尻尾っぽい。


「そして失礼します」


「ちょ、どこ触ってるんですか!」


 今日も溶けるような真夏日。半袖シャツを選ぶのは当然だった。けど、まさか女子高生に肩をまさぐられるとか想像してない。


「ふぅ~、これで安心だね!」


「何が!?」


 もしかして変態さん? 可愛い感じではあるけれど、どこかやばい雰囲気もある。

 さっさと離れたほうが良い。


「あ、来た」


 長い睫毛をピンと立てる変態さん。僕の後ろで両肩を掴むような姿勢になりじっとなった。

 背中に当たるやらわかな何かに耳が沸騰しそうなのに、離れる気配がない。

 というか、肩イタイ。


「あの、もう気にしてないんで離してくれ――」


「アオアオアオアオアオオォーン」


 なんだ。

 今ケモノの叫び声がしたような。


「フッフーン。今回は余裕だったね。下町の都市伝説ハンターの異名が笑っちゃうね!」


「ハッ! ハッ!?」


 ズシン、という音がしそうな程、分厚い皮膚の足が物陰から現れた。

 藁が揺れる。それは服で。

 鈍色が光る。それは包丁で。

 お面がこちらを見る。それはまんまお面だった。


 というか、これ。


「なまはげ! 夏になまはげ!? 大晦日でもないのに!?」


 ツッコミの精度が落ちているとあとになって分かるくらい僕は混乱していた。


「ほらほら〜、申しておったゼニスブルーですじゃよ〜」


「もしかしてあなた僕を!」


 途端背中と握られた肩が寒く感じた。

 この学生、僕を生贄にしようとしてる。

 オープンスクールに来たら女子高生に捕まってなまはげの犠牲に遭いました、なんてなろうにもないぞ。


 必死に肩に張り付いた腕をどかそうともがく。けど、細い腕に反して腕力があり、びくともしない。

 火事場の馬鹿力っていつ出るんだ。今こそ脳のリミッター外れろ。

 しかし恐怖は着実に近付き、僕(多分後ろの変態)を見下ろす。


「……ゼウスブルーは、イイ。ゼウスブルーはイイ」


 地鳴らしみたいな重音がお面の先から響き渡る。

 この紫だか青だか分からないシャツの色を見下ろし、ジッと凝視(お面だから視線は分からないけど多分)していた。

 ズシン! と、なまはげはそこで胡座をかくではありませんか。

 少年こと僕はチャンスだと思い、そろーりそろーりと抜け出す夢を見る。

 そう、夢を見たんだ。だって肩は掴まれたままなんだもん。


「ふぅ~、ここまで長かったな。そろそろ色鬼様も満足するかな」


「色鬼様? もしかして、ここ一週間噂が飛び交ってる、あの?」


「お、さては都市伝説が好きだな君」


 色鬼様。赤鬼、青鬼、黒鬼と、鬼に色が付くのは珍しくない。何でも、学校に色を叫ぶ恐ろしい声が夜な夜なするとかで、金属の音と共に地を鳴らし、学校に来た者を襲うとか。


「かじった程度です。けど、もしこいつが色鬼だとして、なんでこんな朝からいるんですか」


「んなの、アタシ達が起こしたからに決まってるじゃん」


「ちょっと待ってください。僕はあなた何か知りません。しれっと共犯にしないで下さい」


「あ違う違う。アタシと、の先輩」


 自慢気な指が示す方向に、なまはげ。


「あっちに人がいるんですか?」


「イヤイヤイヤ、だから、こっち、これ」


 つっつくように指がなまはげのいる方向を示す。

 ごめん諦めた。ちょっとだけ期待してた。なまはげ以外を指してるって。

 肩を掴んでいた生徒は、やっと僕を開放すると、なまはげに近寄り、重そうなお面に手を伸ばした。


「やっほー先輩、まだ元気」


「まあどうにか。こいつ暴れまわる癖に中の人に遠慮もないから困ったじゃじゃ馬だよ」


 ポン、っと威厳ありそうなお面は呆気なく取れ、シュッとした顔の男が現れた。

 クマみたいな体型に合わない顔は、着られてますと言わずして伝わる程。


「君、大丈夫か? 後輩ちゃんにいじめられなかった?」


「え? あ、いや、なくもないこともないです」


「こら、後輩ちゃん謝りなさい」


「ないんじゃないの!?」


 変態さんがなまはげの衣装を着た男に叱られ、渋々しゅんしゅんと悲しそうにこちらを向き、頭を下げた。


「ごめんなさい。ということで許してください」


 許さん。と言いたいけど、この生徒の制服がこの高校の物であることから、先輩と呼ばれた男も高校生ということに気付く。

 一通り部活を見学させてもらったはず。けど、演劇部でこんな衣装も人もいなかったような。


「何をされてるんですか?」


「色鬼様の遊びに付き合ってる。分かりやすく言うならお祓いかな」


「はぁ……、でも、なんでオープンスクールの日に?」


「それがさ、こいつが届いた日から、夜に遊んで満足させてたんだけど、オープンスクールってカラフルな行事じゃない? だから、まあ……」


「色鬼様が反応して、急遽遊びに付き合うことにした、と」


「そんで、逃げ足に自信があるアタシが逃げているのだぞ!」


 それは無視しよう。

 まあしかし、簡単にまとめるとこういうことだ。

 オープンスクールで学校を解放しているこの場所で、色鬼様というなまはげが出現した。もし都市伝説通りなら、捕まったら殺される。

 うん。やるべきことは決まったな。


「じゃあ僕、帰りますね。オープンスクール楽しかったです。じゃ」


「ちょっと待ってよ少年君」


 何故か止められる。


「関わったんだし、ちょっと手伝ってよ」


「嫌ですよ。それに僕は関係ないです」


「俺からも頼みたい。後輩ちゃんの手助けをしてくれないか」


「えっ」


 変態さんと比べれば物分かりが良さそうな生徒が、眉尻を落として頼む。


「人手が欲しいんだ。オープンスクールのスケジュール的に、今は外に人はほとんど来ない。だから、後輩ちゃんと協力して色鬼様を満足させて欲しい」


「協力って、今はおとなしそうじゃないですか。すぐに脱いで捨てれば良いんじゃないですか」


「実は、さっきから脱ごうとしてるんだけど、藁が絡んで離さないんだ。そろそろこのお面をかぶって追いかけると思う」


「そんな……」


 ずっと包丁を握りしめているのも、終わってないから。

 色鬼様の都市伝説は知っていたが、存在を信じていた訳じゃない。

 だって、こうして目の前に現れるなんて、誰が予想できるんだ。


「お面をかぶったと同時に、色を宣言する。その後十秒数えだす。色鬼様は近くの人間を追いかけるから、後輩ちゃんは追いかけられる担当。君は、指定した色を色鬼様に見せれば良い」


「待ってください。協力するなんて一言も――」


「お、少年君、名札付けてるね。校章もある。ふむふむ、学校も知ってる場所だし、顔もしっかりバッチリ覚えちゃった」


 そういえば、オープンスクール側から名前が分かるように、とかで名札を要求されていた。


「もし協力してくれなきゃ、君の学校で色鬼様と遊んじゃうぞ」


 楽しそうに怖いこと言うな。

 脅しというより、イジられるような感じ。さっきから思っていたけど、この二人の雰囲気に僕は逆らえない。

 何なんだこの二人。


「ごめんね。余裕ないんだ。変わった部活体験だと思って楽しんでよ。こうはいちゃ…、そろ、ソロ、クル――ッ」


 目の光が失われていくようだった。ダルマみたいなお面が小さい頭をすっぽり埋めると、獣に似た吐息が、鼓膜を震わす重音が地と肉と骨に、轟く。


「見セロ、見セロ。『紅掛空色ベニカケソライロ』俺ニ見セロ」


 荒く重く、耳にのしかかるように圧がかかった。さっきまで浅く広く弦を弾くようだった声音はどこいった。


「紅掛空色か。分かんにゃいな。ま、調べればいいか。え〜と」


 目の前の異様など気にせず、それはそれは慣れた感じで人差し指をスマホに走らせて「ふむふむ」と頷く。


「やや赤みのある薄めの青紫。わずかに紅みがかった空色。へぇ〜」


「……四……五……」


「あ、そうだすぐ逃げなきゃ」


 何となく女子生徒が気になってぼーっとしていた。

 僕は玄関口に向かって走った。何となく後ろが気になるものの、とにかく走る。


「紅掛空色、だったよね」


 紅みがかった空色。だと夕焼けだから、紅みがわずかにあるのがポイントだ。

 そう認識しなおすや、僕は廊下をパタパタいわせて走った。

 他校の女子と男子の合間を抜いて、階段を一段とばし上って、雑多と喜色の声音を破り、靴下越しに伝わる寒さに背筋を震わせ、目的の教室の引き戸をガラガラ開ける。

 部活体験は続いてる。部員が美術室にいるのはおかしくない。僕を見て困惑する人が数名いる辺り、あまり余裕ある顔をしていなさそうだ。


「どうしたんですか?」


 部長さんが声を上げる。

 ごめんなさい部長さん。


「青や紅みが複雑な色を使った富士の景色、描いた絵がありましたよね!」


「うん。そこに」


 立てかけてある。美術部の者が代表して描いた風景画で、紅掛空色と聞いて思い当たった絵だ。

 その絵の前に僕は数歩進み、深呼吸をした。

 そして、腹に力を入れる。


「ごめんなさい母が急病で倒れていますぐ紅掛空色の美しい富士の風景を見たいと言ったものですからこれお借りします必ず返すのでホントごめんなさい!」


 捨てるだけ捨て台詞を吐いて吐き散らして、僕は踵を返す。

 もうこの学校には来れない。色鬼様という怪物がいるし、美術部の大事な絵を奪ってしまったし。

 良いと思ってた。ここにしようかと本気で思った。その気持ちを踏みにじっててもやらなきゃならないのは、あの二人のせい。


「くそっ! あとでなんか要求してやる!」


 富士の絵を持った少年が走る。

 靴に履き替え外に出て、見れば、女子生徒となまはげがグラウンドを走ってる。


 「!」


 女子生徒が手を振った。

 こちらに向かって直進に進む。

 僕は持ってる絵の角をぎゅっと掴み、なまはげに絶対に見せるという志を糧に両足に力を入れた。


「ありがと少年君!」


 すれ違う女子生徒はテンションが高い。


「アオアオアオアオアオアオオォーンッ!!」


 なまはげも、テンションが高い。


「持ってきたぞ紅掛空色! だから、これ以上志望校に対する期待を下げるような真似するんじゃない!」


「アオアオアオアオアオオォーン!」


 なまはげが突進する。

 あれ、何かおかしい、何となく減速しているのは分かるけど、勢いがある。


「これもしかして危ないんじゃ――あ」


 晴天霹靂。雲外蒼天。一切皆空。

 僕は、空に対して四字熟語を並べていた。

 落ちる時に、柔らかくて温かい何かに当たった。


 □■□■□


「ん、う〜ん……」


「目、覚めたんだね。これで一見落着。お疲れ様」


「ここは?」


「部室だよ」


 スイカの種みたいな模様がタイル張りみたいな天井にいっぱいあり、電灯が灯っていた。

 身体を起こすと、全身が痛かった。見れば僕は厚みのあるタオルの上で寝ていた。かかっているのは毛布だった。少しホコリ臭い。


「助かったよ。君が紅掛空色を持ってきたおかげで、何とか、色鬼様を満足させられたよ」


 ふぅ~と、穏やかそうな顔に、眉間の皺が寄って、ストレスが抜けるように一息吐いていた。

 弦を弾くような声に、この人がなまはげの中の人だとすぐ分かった。

 半袖シャツに長ズボン。学校指定の制服を着ている。身長は二メートルあって、なまはげの迫力があったのも頷けた。でも、なまはげの時と違って、穏やかで、俳句でも書いて読んでいるのが似合いそうだ。


「協力がなかったら、俺と後輩ちゃんじゃあどうにもならなかったよ。ありがとう」


「その、僕、最後に誰かに当たった気がするんですけど」


「後輩ちゃんだよ。とっさに君を抱きかかえてさ、かばってくれた」


「そうですか……」


 ここにいないのは、怪我が酷いということなのだろう。

 変態で迷惑な人だなって思っていたけど、優しくて勇敢なところもあったんだ。


「色鬼様はどうなりました」


「お祓い完了って感じ。今回は大満足だったみたいだから、静かになった」


 チラと奥に見えるロッカーに目線をやっている。危険物を収めるには心配なロッカーだ。

 和風が似合う生徒が、意味ありげに指を組んだ。


「このことは、できるなら内緒にしてほしい。僕が去ればここらの都市伝説も消えるからさ。君が入学する頃には安心安全だよ」


「安心安全……。いえ、僕はここには訪れません。悪いこともしましたし、傷付けましたし……」


「それなら大丈夫。絵を持たせた後輩ちゃんに、美術部の人にゴリ押しで謝ってこいって頼んでるから」


「え?」


 いないのってそういうこと?


「後輩ちゃんは勢いで生きてる感じだから、まずここの生徒じゃ彼女には勝てないよ」


「それ、自慢になってます?」


 なってないね。

 あはは、っと笑いだした。


「……あは、あはは」


 良かった。怪我してなくて。


「あ、それとお願いがあるんだ」


「大丈夫なこと何でしょうね」


「警戒しないで」


 まあまあ、と両手を上下して、落ち着いてと示す。

 落ち着かないが、話ぐらいなら聞き流してやる、と態度で示すと、男はにこりと微笑んだ。


「もしここに入学するなら。後輩ちゃんのいるこの部活に入ってほしい」


「何故ですか」


 にこやかなまま。でも、どうしてか憂いてるように見えた。


「後輩ちゃんはね。知り過ぎちゃったんだよ。知り過ぎちゃって好きになっちゃって、もう離れられないって宣言しちゃって……」


「世話しろって言ってます? 僕に?」


「そうだよ。話し早いね。嬉しいな」


 またにこりと微笑む。その表情がもう少し憎たらしかったらいいのに。


「巻き込んでから色々とお願いしてばかりだけどさ。頼む。知っちゃったからってのもある。けど、あれを理解してくれる人はいないんだ。だから」


 後輩ちゃんが怪我しないように見てほしい。

 そよぐ風や、澄んだせせらぎよりも、涼やかに、それでいて、僕の感情を震わす。


「……、考えてはみます。でも、期待しないでください」


「うん。ゆっくり考えて」


 あんな出会いをしたのに、あんなに迷惑をかけられたのに、誰がこんな危ない学校の部活に入るか。

 入らない。僕の決意は固い。絶対入らないぞ。

 絶対に、あの人の世話なんてしない。


 それが、入試を決めるまでの、僕の長い葛藤のきっかけだった。

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