来世でも実況したいと願ったら"スキル実況"を獲得しました
鳶雫
一章 人間領~首都コルトランド~
一話 炎上、自殺を経験する実況者
さぁさぁ、自分自身を実況しながら戦闘するという、初の試みを経験いたします。実況は私、小田健一(おだけんいち)がやらせていただきます。何故だか三人称視点で自分を、オーキチという人間を見つめております。ここでは分かりやすいようにオーキチという通称で自分の事を呼ばせていただきます!目の前には豚と呼ぶには巨大すぎる、イノシシと呼ぶには荒々しすぎる、体調が6メートル程あるであろう動物のような、魔物のようなものと対峙しております。私はこの地に転移した時に持っていたものと言えば、剣というかロングソードと簡素な鎧、実況というスキルでございます。実況というスキルは何かって?それは、きっとこれから解明されていく事でしょう!
「さぁ、来い!イノシシの化け物!」
「……?」
振り向いた魔物は笑顔を浮かべたように見えます、口元をにやりとさせている。開幕開幕…?待ってくださいよ、自分が何が出来るか確認する事を怠ってしまっている!これはまずい状況です、オーキチ選手はきっとこのまま魔物の餌にされてしまう事でしょう。魔物はオーキチ選手目掛けて突進してくる!やっとの思いで回避行動をして、剣を振り回すが…何故でしょう、訓練していたはずの剣筋としてはありえない程のへなちょこ!どう活かせばいいかがまるで分からない!この状況をどう打開しようというのでしょうか!
「うん…分からん。」
「ぐぉぉぉぉぉ」
「うわぁ…怒り狂ってる。煽ってると思われているのかな?意外と賢いのか」
などと、感想を宣っております。非常に危ない、こういうのは世間一般で言うところの自殺行為なのでしょう。良くない行動ですね、喧嘩を売って、後ろで分析している。後でぼこぼこにされてしまう事でしょう。この状況を打開するビジョンを持っているのか、はたまた転生してすぐに天に帰って行ってしまうのか!ここからが見ものでございますが…おっと?オーキチ選手から呼ばれました、なになに?どういう行動をするかを実況してほしいって?難しい事を言いますね、やってみるとしましょう。
「さぁ、来い!」
剣先を魔物の方に向けて、今魔物が突進をかましてくる!オーキチ選手は避けて行きまして…横から魔物の横腹を目掛けて切りかかる。綺麗で見事な剣筋、魔物の硬そうな皮膚を切り裂くことに成功しました!見てください、痛そうですね~…。魔物は血だるまですが、我関せず!芸のない突進を繰り返してくる!オーキチ選手は剣を構えて待ち伏せをしている!来るぞ来るぞ、3…2…1…今、魔物の首を刎ね飛ばすことに成功しました!やりましたね、見事な剣の腕前です!
自分を自分で実況するスキル……ね。あいつは俺の事を見守っていてくれるのだろうか……。空を見上げて、溜息を吐いた。
「小田健一さん、桜英次(さくらひでつぐ)さんの件に関して何か一言ございますか?」
パシャパシャと自宅の前でカメラのフラッシュを焚かれる。事の発端は今から数日前、親友である英次が自殺した事。俺はその日、英次の実況をしていた。別に特段変わった事もなく、電話で話をした。俺はいつも聞くんだ、”実況はどうだった?”って。”俺の実況を楽しみにしている”と英次は言っていたし、”またな”とも約束した。
翌日、何となくつけたテレビで英次の死を知る。テレビは俺の実況を取り上げて”言葉が汚い”とか”これは酷い”とか散々な事を抜かしていた。俺と英次が親友だって言うのは誰もが知る事実なはずだったのに。それから俺の生きがいであった実況の仕事は無くなり、親友を無くし、ただ”犯罪者”のような扱いを受けることになった。
「なんなんだよ?俺は親友の死を悼む事すら出来ないって事か?」
自宅のマンションの一室、リビングで酒を飲む。大好きな酒ですら、最近は何かを忘れるために飲んでいる気がする。本当に……どうしてこうなったんだろうな?ただ、英次の実況をしていたかっただけなんだ。それなのに、横から何でもかんでも言いたい放題…本当に人間なんて碌なもんじゃない。
「クソ…もうだめだ。」
部屋を出て玄関で靴を履く。屋上で気分転換しよう、そう考えた。そう、”気分転換”だ。屋上から下を見ると、記者たちが待ち構えているのが見える。人の死を食い物にして楽しいか?なぁ。いつも通り英次のサーブルを実況しただけだろ?汚い言葉なんて使ってないだろ?
「言葉の真の意味…ね。」
言葉の本当の意味を知らなければ、それは罵詈雑言に捕らえられてしまうのかもしれない。悪いプレーをすれば悪いと言うし、良いプレーをすれば良いと言う。実況なんだから。当たり前じゃないか。
「もう…駄目だ、ごめんな英次」
考えすぎて疲れたし、泣くことすら許されない。真相だって英次にしか分からない。俺は…良くない事をしたのか?あんなに何でも言ってくれたお前は、俺の実況に関して偽って報告したってのか?”いい実況だったよ”って。
屋上の手すりに手を置いて、跨いで反対側に移動する。願わくば、どこかでまた実況が出来ますように、と望んで屋上から身を投げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます