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それにしても秀明は龍士のことが気になった。どちらかといえばそれは龍介のことが気になる故だった。
まだ出会って三日しか経っていないものの、秀明は従業員同士とはいえ龍介に友情を感じ始めていた。最終的には友人という形で収まるのだろうと思い、そうであるなら困っている龍介のためになにかしてやれないかと思ったのだ。これはおそらく超能力者としての使命感ではなく、単に友達のためになにかしてあげられることがあるはずだという思いなのだろうと秀明は考える。
図書室行く途中に龍介の教室の前を横切るだけでテレパシーの能力は発動できるはずだと考え、だから放課後になってから秀明は動くつもりになった。
そしてその放課後がやってきた。
図書室まで遠回りをして、一年一組の教室へと近づく。
(あー今日も一日が終わった)(宿題やんなきゃ、めんどいなぁ)(夕飯なんだろ)(部活に行かなきゃ……嫌だなぁ)(あいつマジぶっ殺したい)(真桜)(いよいよ明日コンサートだ。真桜ったら無料でいいのかしら)(先輩と冴さんと七瀬と明日はお出かけだ)(今日の唐揚げは美味かった)(なんでウインナーにケチャップかけただけのロールパンが不味いんだ?)(会いたい)(SNSなんかほんとしなきゃよかったよ)(早く小説書いちゃわないと。締め切りに間に合わん)(あの子ほんと男の前だと態度変わるんだよね)(真桜)(会いたい)(どうして地球は回っているのだろうか)(明日は晴れるかなぁ)(コンサート)(真桜)(会いたい)(メール)(わからない)(でも)(会いたい)(会いたい)(会いたい)
生徒たちの心の声が聞こえる中、龍士の意識をキャッチした。よし、と思い、このまま感応し続けたまま図書室へと秀明は向かう。
便宜上秀明は心の“声”と言っているが、正確にはそれは音ではない。物理的な音波ではないため聴覚を使うものではないのだ。故に雑音や騒音の中でもその意識のパターンさえ掴めてしまえば他にたくさんの人間たちがいても精神感応に問題はないし、いまの自分なりに超能力を訓練した秀明ならピンポイントでキャッチすることもできる。したがって実際の声と区別がつかなくなって混乱してしまうなどということにはならない。重要なのは距離であり、あまり離れ過ぎてしまうと聞こえなくなってしまう。それがどのぐらいの距離から聞こえなくなるのかを計測することはできない。強烈な意識の持ち主であればそれなりに遠距離でも感応は可能だからだ。そして龍士の意識は強烈だった。だからここから図書室は大した距離ではないため、軽く本を物色しながら龍士の精神を感応していれば少なくとも龍介が原因であるかどうかはわかるだろうと秀明は思った。もちろん、龍士に直接「なにがあったのか」と質問をして意識をそこに向けさせることはできないため全貌はわからないかもしれないが、とにかく龍介のためだった。もっとも、仮に龍介が原因でなかったとしてもそれを直接彼に伝えることはできないのだが、情報が一つ増えることで自分の言葉の使い方も変えられるはずだと考えた。
(真桜)(コンサート)(メール)(どうして?)(俺が)(明日)(明後日)
図書室を歩きながら秀明は龍士の心の声を聞き続ける。どうやら(真桜)というのは龍介の中学生時代の同級生である草加真桜に間違いないようだった。
(どうしてメールが)(いやインタビューで嘘を)(わからない)(明日)(会いたい)(明後日でも)(いや明日)(それでも会えない)(夜は絵が描けないから)(イタリア)(どうしてだ?)(バレないように工夫してた)(あいつの文章の書き方はコピーして)(真桜)(夜盲症の俺)(あいつに会う資格が)(会いたい)(また一緒に暮らしたいよ)(真桜)(会いたい)(どうしてメールが)(メールはどうして)(テレビで嘘を)(わからない)(本当に)(会いたい)(会いたいよ)
秀明は推測する。
おそらく古賀龍士の双子の妹とは草加真桜であるということ。親が離婚して離れ離れで暮らしている中、龍士は真桜の恋人の名を騙ってメールをしているぐらいだから、おそらく父親にやり取りを禁止されているのだろうということ。そして真桜に自分がメールの主であることがバレている可能性があるということ。
夜盲症が原因で夜に絵が描けないことと真桜に会いたくても会えないことがどうして結びつくのか、いくら龍士の心をまさぐってもそれは秀明にはついにわからなかった。ただ、(会う資格)という言葉からおそらく絵描きの能力となにか関連性があるのだろうと想像する。例えば、龍士がなにかの絵の賞を取ったらその(会う資格)が生まれるとか、だからもしかしたら全力を出せていないのかもしれないいまの自分ではそれが叶わないのではないかとか、そういったことなのだろうかと思ったが結局そこまでは質問してみて意識をそちらの方へ向けさせなければわからなさそうだと思い秀明はその件については推測するのを諦めた。
とにかく龍士の不調は龍介が原因ではない。最大の収穫を得られたわけだから、秀明の目的はそれで達成されたはずだった。
ただ、こうなってくると、秀明の超能力者としての使命感、そして龍介の友人としての使命感から、龍士を助けてはやれないかという気持ちになる。だからと言って自分に特にできることはなにもないのだが。
(「あのさ龍士」)
ここで龍介が龍士に話しかけた。龍士の視覚が龍介を捉える。心の声と同じで、それは秀明にとって“目で見る”景色ではないため、いまこうして図書室をぶらぶらと歩いていてもそれぞれの光景がダブるなどということはない。
(「どうしたの龍介」)
龍士の視点から見る龍介は、自分をすごく気にかけてくれているという点から彼にとって光を放っているようにも見えているようだった。
(こんなこと言わない方が)(先輩が動くなって)(でも)(「あのさ、明日なんだけど」)(なんかで悩んでるなら)(気を紛らわすとか)(「さっきも言ったけど、真桜のコンサートにさ」)(俺が原因じゃないことを祈る)
真桜の名を出され龍士の意識が拡大する。
(「あ、ああ。真桜ね。草加真桜ね。コンサートね」)(会いたい)(どうしてメールが)(真桜)(「どうしようかな」)(どうしようかなって)(会いたい)(でも俺には会う資格が)(なんで夜盲症なんて)(イタリアに行っちゃおうか)(逃げる)
(「行かないか? 他にも行くメンバーいるんだけどさ」)(俺が原因じゃないのかな?)(だとしたらいいんだけど)(でもなんかで悩んでるみたいだし)(「せっかく無料なんだしさ」)
(「ああ、そうだねぇ」)(どうして)
(「あの、龍士」」
(「なんだい」)
(「俺、龍士と、出かけてみたいなーって思って。ほら、まだ一度も出かけたことないだろ」)
龍士の視覚はにこにこと、でも心配そうに自分を見つめてくる龍介を捉え、そして心が動き始めた。龍士にとっていまの龍介は救世主のような存在に思えていた。
(「あ、ああ。そうだな。そうだね」)
(「一緒に行こうよ。真桜の音楽がハマるかどうかわかんないけど」)(ちょっとしつこいかなぁ)(だからこれ以上は龍士次第)(俺が原因じゃなさそうだ)(よかったけどよくない)
(「……そうだな」)
頷け、と秀明は龍士に祈った。
そしてその祈りが通じたのか、あるいは、真桜に会いたいという願望がピークに達したのか、龍士は、
(「じゃ、行こうかな」)
と返事をして、そして龍介はにんまりと笑った。
(「よかった。俺の彼女と、最近できた友達二人と一緒なんだけど、いい? みんな一個上の先輩」)
(「いいよ。問題なし」)(問題なし)(会う)(客として)(それでも真桜を見たい)(真桜が歌っている様を)(昔みたいに)(歌を)(お前の歌を聞かせてくれ)(「じゃ、どうしよう。文化ホールにそのまま集合でいいのかな」)
(「そうしようそうしよう」)
(「じゃ、また後で連絡してくれよ」)
(「おっけ。じゃあまた後でな」)
(「了解」)
そして二人は別れた。
昼間の秀明のアドバイスとは違い、龍介としては一刻も早く問題を解決したいという焦燥感に駆られていたようだが、結果的にはそれが功を奏したらしいので秀明はほっとした。これが龍士にとって良い結果になるといいのだが、と秀明は思う。と同時に、やはり龍介も、そして自分も、まだまだ高校生の子どもなのだな、ということを強く自覚するばかりだった。
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