見上げればいつも空の色

谷橋 ウナギ

見上げればいつも空の色


 時計がまだ存在しない頃、人は空の色で生活をした。夜明けの光によって目を覚まし、太陽が沈む前に帰宅する。夜は月と、星の明かりだけ。天体が人を導いてくれる。


 そんな生活が恋しくて、真人まさとは草原に転がっていた。スーツ姿だがネクタイは緩め、窮屈な革靴は脱ぎ捨てて。


 空は丁度夕日が消えたところ。光と闇が造るグラデーション。

 間も無く夜だ。既に月はある。明るい星も、瞬きをはじめた。


 季節は春。風はやや強く、肌寒いと少しだけは感じる。だがそれ以上に爽やかでもある。草と大地の香りも有り難い。


 おそらく昨日もここにあった物。おそらく明日もあるであろう物。

 特別では無い。金など要らない。寝転がるだけだ。そして目を開く。


 真人が少し左に目をやると、三日月型のバッタが跳びはねた。真人が少し右に目をやると、名も知らぬ花が軽やかに揺れた。

 その間にも空は暗くなり、着実に夜へと変化していく。


 足の方を見るとそこは都会だ。街灯が付き車が駆け抜ける。

 そして便利さの象徴コンビニ。真人はそれが残念に感じた。


 だが一方でこう考えられる。今、真人は汽水域に居ると。

 都会と自然の混ざり合った場所。砂漠の中に残されたオアシス。


 空は──完全に夜となり、支配者はきらめく星に変わった。

 月もあり星もある。雲はない。都会からも電気の光が来る。それでも暗い。人間の目には、周囲の様子が判然としない。

 遂に帰るべき時間が来たのだ。空が真人にそれを求めていた。


 真人は靴を履いて立ち上がり、放り出していたバッグを拾う。肩はいつもより軽いのに、バッグはいつもよりも重いようだ。まだ歩き出してすらも居ないのに真人は後ろ髪を引かれている。


 それでも、時間は止まらない。人間のための時間は終わった。

 真人は丘になった草原を、ゆっくりと歩き道路に降り立つ。

 残念に感じていたコンビニも、今や頼もしい雑貨の宝庫だ。夕食もこの場所で見繕える。そこに向けて真人は歩き出す。


 その途中、住居から夕食のカレーの香りが真人を襲う。自然の香りを掻き消すようで、今日はそれが少し、寂しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見上げればいつも空の色 谷橋 ウナギ @FuusenKurage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ