始末、私の。

深六 汐

第1話 無気力

 日々、死にたいと思って過ごしている。

 私の寿命がいつなのかが分かれば、人生は一生懸命に生きられるのかもしれないが、それは神のみぞ知る世界だ。

 身長163cm体重49kg、太っていないのは、食事を摂ることが面倒くさいから。

 顔は多分、普通。

 普通だと思うのは、他人から可愛いとかブスとか評価されたことがないから。

 でも、地味顔だと自分では、わかっている。

 髪の毛は、肩につくくらいの、黒髪。

 このくらいの長さのほうが、俯いた時に顔の表情が自然に隠れるから、なにかと便利だ。

 黒髪でいるのは、職場上の理由。

 地元O市の総合病院で、派遣会社の医療事務をしているから。

 この病院は、黒字経営で有名な病院だったけど、医者をはじめ、医療事務スタッフ、看護師、看護助手が素晴らしいとも私は思えない。

 O市の総人口は、107435人。

 病院の立地に恵まれたのか。

 そんなO市に存在する、大きな病院は3つだ。

 私は、名前も普通だった。

 高橋裕子。

 ありきたり過ぎて、私にはぴったり過ぎる。

 でも、調べてみると、高橋裕子という名前の同姓同名は全国では、約20人しかいない。驚きだ。

 平凡だと思うのは、名字のせいなのか。

 全国でもっとも多い名字は、1位が佐藤。確かに、職員、医師も含めたくさんいる。

 2位は鈴木。

 この名字は、土地によるのか、自分の住んでいる街ではあまり見かけない。

 3位が高橋だ。

 なんと、全国で142万4000人もいる。

 そして、この街でも多い名字だ。

 高橋裕子、年齢は32歳。

 今は帰りの電車のなかだ。

 実家からでも通える、勤務先なのに、わざわざ隣り街のK市に住んでいるのは、実家から離れたい気持ちがあったし、この街は若干拓けていて、総合百貨店に映画館があるから。

 映画館で映画を見ることは、私の1番の趣味だ。

 O市駅からK市駅まで乗車時間は15分。短くはない。

 仕事で疲れた夕方は電車の座席に座りたいものだが意外と座れない。

 スマホを観ている人ばかりの車内だから、私も映画情報サイトを閲覧した。

 今月は、特に観たい映画はないな。

 スマホをカバンにしまい、電車から車窓を見る。

 外は薄暗く、信号機などの灯りが目立つ。

 電車の窓ガラスには、私の顔が映っている。

 冴えない女。

 ポスターを見るように、客観的に自分をみつめる。

 自分をじっと眺めて、なにか良い点はないかと探す。

 が、ない。

 むしろ、伸びた前髪が目にかかり、根暗さが増しているではないか。

 でも、容姿は平凡だけど、普通じゃない要素もある。

 死にたがりだからだ。

 けど、口に出さないだけで、人間誰かしら思っているのかもしれない。

 なにか失敗すれば「あぁー、死にたい!」って、普通に口に出す人は、普通にいっぱいいるし。

 軽口から重度までの意味合いがある言葉が『死にたい』だ。

 私は、重度のほうだ。死にたかった。早く。

 朝起きた時からそう思う。

 今みたいな、仕事帰りにも、電車の窓ガラスに映る自分の姿をみつめて、死にたいよねぇ裕子さんと問いかける。重度だよね。これは。

 まぁ、今に始まったことではないが。

 思い起こせば、子供時代を過ぎたあたりからは、心の底には、その気持ちが沈殿していたし。

 ふとした事でも、自分の心は直ぐに撹拌され、死にたい願望が水に浮いた油のように表面に浮かび上がってくる。

 今晩は、特にそんな日だ。

 自分は、何故そんなに死にたいのか。

 毎回その理由も考えてみるが、明確な答えは出ない。

 死にたいと思うことに、理由なんて必要ないよね。

 その反対の、生きている意味ってなに?

 私は、生きていることが、ただただ面倒。

 15分が経過し電車を降りて、駅に駐めてた原付きバイクでアパートまで行く。

 10分程で住んでいるアパートには着くから、アスファルトのあなボコ面で体にくる振動の不快もまだ我慢できる。


 我慢かぁ。

 我慢、努力、根性、目標、忍耐、あとなにがあったかな。

 全部キライな言葉だ。

 キライついでに、自分の平凡な名前について、姓名判断で調べたことがあるけど、意外とこの名前は良い名前だった。

 総格が大吉。天格は吉。地格は大大吉。外格は大吉。仕事運は吉。家庭運は大大吉。

 一つだけ凶があった。

 人格だ。

 人格が『凶』って笑える。

 他が良い分、この一つの凶こそが浮かび上がって、真実味を感じるし、凶が輝いているようだ。

 人格ってなに?

 その言葉を調べると『人がら。個人として独立しうる資格』

 人がらが凶な、高橋裕子さん。

 笑えるわ。

 この世を生き抜く上で、1番大切と思える、人格。

 姓名判断の人格の占い結果では『孤独、事故、失敗、天災、多難。自分はまったく悪くは無いのに、トラブルや困難に邪魔をされる。最終的には関わりのないとばっちりにあったりもする』

 そんな残念な人格だそうだ。

 当て嵌まっている。

 救いなのは、全国に後19人はその凶の人格者がいるってこと。

 他の高橋裕子さんは、この占いが、当て嵌まりませんように。

 名は体を表す。

 凶が表にでないように、生きていけるのかしら。私は。

 良いことよりも、悪いことに比重をおく癖は、臆病な証拠だ。

 家賃五万円の、ボロ安アパートに到着した。

 どの洋服にも合う、時と場所にも困らないトートバッグにもなる黒いリュックの前ポケットからアパートの鍵を出した。

 1LK。

 台所とお風呂、トイレ、おしいれ付の和室6畳1間。

 玄関を入って直ぐ左は台所だったけど、まずはテレビをつけて、自炊のラーメンを作るついでに手を洗った。

 5袋入って、300円くらいの袋ラーメン。

 平日の夜は、毎日これだ。

 お風呂は、電気を消して暗闇の中でシャワーで済ませる。

 テレビっ子の私は、電気消費量は、テレビだけで済ませたい。

 髪の毛をタオルで拭きながら浴室から出てくると、バラエティ番組で愉しげに笑っている人物を眺めまくる。

 何で笑っているのか原因を観てないから、爆笑している様を観察した。

 テレビから入手できるのは、ニュースだけではなくて、相槌のしかたや、爆笑のしかた、気の利いた言葉の使い方も仕入れることはできるが、現実の生活で使用することは、ほとんどなかった。

 根暗さんだからね。


 台所のシンクで、ラーメン皿をさっさと洗って。

 押入れから出した布団にもぐった。



 朝日を浴びながら、従業員用入り口から病院へ入り、氏名の付いた下駄箱へ靴を入れる。

 2階の事務所へ階段で上がって行くと、タイムカードを押した。


 笑顔は、顔にはりつかせてある。

「おはようございまぁす」

 事務員、病院職員、先生、患者さん

 誰彼構わずに、笑顔で挨拶しまくる朝だ。


 さてと、家賃代食費光熱費を払うために、今日も稼ぐか。

 そして、何事もなく1日が過ぎてほしい。

 自分の持ち場は、婦人科だ。

 この病院では、入口から奥まった位置にある 。

 入口から正面は、総合受付で、その前から一直線に廊下が続いている。

 途中で、各診療科に廊下が分岐しており、分岐の中央が夜間診療や救急車に乗った患者さんを診る、中央処置室がある。

 自分の作業机でパソコンに入力しながら、早くもうんざりする。病状、患者さんの多さ。

 病院の雰囲気は、苦手だ。

 自分の調子が悪いときは、市販の薬で済ませていた。

 病院に勤めていながらも、病院嫌い。

 なぜ、14年もこの仕事を続けてこれたのか。

 それは単に、慣れだ。

 そして、もう一つの理由は病院は、倒産しないから失業者にならずに済むかもしれない。

 慣れれば、医療事務も単調な仕事だ。

 営業ノルマなんて物はないし、残業も、ほぼ無い。

 必要なのは、病院の院長に目をつけられずに、丁寧に患者様に接することと、看護師に、なるべく好かれること、派遣医療事務スタッフ女性50人に、嫌われずに働くことだけだ。

 午前中の込み具合が落ち着き、順番にお昼の休憩時間をとっていく。

 今朝、タイムカードをつくときに聞こえてきた情報だと、本部社員が事務員の詰め所へやって来るらしい。

 休憩は、病院1階にある食堂か、チェーン店のカレー屋かどちらかになるな。

 作業机の足元に置いていたカバンを持つと、食堂へ向かった。

 車で通勤している事務員は、持参の弁当なり、病院の売店で弁当なり買って、マイカーのなかで休憩を満喫する人もいる。

 その点において、マイカー通勤に憧れた。

 誰にも合わずに休憩が取れるなんて、最高じゃない。

 しかし、車はおろか 、免許証自体持っていなかった。

 あるのは、原付き免許だけ。

 高校卒業間近に、自動車運転免許証を取るのは、学生の間では主流だったけど、私はお金が無くて、免許証取得とは行かなかった。

 ほとんどの学生は、親からの援助で免許を取り、運がいい子の場合は、親から車も貰える。

 うちは、母子家庭で余計な出費ができるような余裕があると思えなかったし 、母親に免許取得についての相談などもしなかった。

 そんな事よりも、母親と暮らす生活を早くやめたくて、家を出ることをまず優先していた。

 2つ上の姉も、高校を卒業すると地元の車販売店の事務員に就職して、それから間もなく結婚して子供が1人いた。

 義兄の実家は、隣の県で旅館業を営んでいて、子供が幼稚園に通い出す頃には、姉夫婦は旅館業の仕事へ就く話しを聞いていた。

 姉が家を出た後の、母親との2人暮しは、嫌でしょうがなかった。

 洗濯以外の家事は、私の担当だった。

 短気で、口の悪い母親は、自分が仕事から帰ってきて夕飯の用意が出来ているのは当たり前だと思っている。

 ろくに口もきかずに、さっさと食事を済ませると、自分の使った食器を洗い、自室に引き込もる。

 だいたいいつも、機嫌の悪い顔をしていた。

 可愛がっていた、姉が家にいたころは、こんな雰囲気ではなかった。

 だが、ほっといた。

 母親との距離を縮めようとも、思わなかった。

 母親が私に愛情がないように、私にも母親は嫌悪感を感じる存在でしかない。

 嫌いな相手が、死んで布団に寝かされている姿を想像しても、悲しいと感じるなら、憎しみは捨てたほうがいいとか聞いたことがあるけど、それを実践しても悲しいと思う気持ちは出てこなかった。

 7年間で結婚生活を終わりにした母親は、父親を追い出して、家に住んでいた。

 離婚の原因は、度重なる父の女遊びだ。

 そのせいなのか、私が物心ついたときから、母は不機嫌な顔でいた。

 姉以外には。

 母親は、父親の悪口、結婚の馬鹿らしさを度々話してくる。

 私と2人暮しになっても、むくれた顔しか見せないのは、余程私が嫌いなんだろうと察しがつく。

 どちらかといえば、私の顔は、父親に似ていたから。

 自分の部屋で寝ていると、母親が車で出かけたのがわかった。

 パチンコに長いことハマっているから、仕事が休みの日でも、早々とパチンコ屋に行く。

 これがまた、勝ってくればいいけど、負けて帰ってくると、普段の機嫌の悪さが倍以上になって、私にあたってくるから、母親の顔色をうかがっては観たいテレビ番組も中断して、自分の部屋へ逃げ込むなりしなくてはならないのだ。

 ごま油を使って料理した炒飯を、台所のシンクに捨てられたこともあった。

 理由は、ごま油の味が気に入らないそうだ。

 高校生になってからは、新聞配達や縫製工場、産直市場でアルバイトをして、原付きの免許を取得した。

 中古のスクーターを自力で購入してからは、アルバイトに出れる日数も増えた。

 産直市場でアルバイトをしているとき、箱入りのみかんが、とても美味しそうだったから、バイト代金が入った日にみかんを買った。

 スクーターの足元に、箱を置き両足で挟んで家へ持って帰った。

 家の玄関の鍵を開け、箱みかんを玄関内に置いて、スクーターの駐車し直しへ外へ出たところに、帰宅した母親の車が家の前に駐まった。

 母親は、開いていた玄関に入ると「なんだこんなもん!」そう言って、家の玄関から外へ、箱みかんをぶちまけた。

 ショックだった。

 なにが悪かったっていうのか。

 道に転がったみかんを一つ一つ拾いながら、涙がポトポトと道に落ちる。

 玄関に置いてあるゴミ袋にみかんを入れて持ち、ゴミ収集場に捨てに行った。


 それよりも、もっとも嫌なのは、母親が交際していた男、阿木が、合鍵を持っていて、家に出入りしていたことだ。

 阿木と母親が家のリビングにいるときも、私は自室へ逃げた。

 阿木は、でっぷりと太った躯でギョロ目顔だ。

 昔は自衛隊で働いていたらしいが、今は自営の造園業をしていた。

 阿木は、母親がまだ家に帰宅していないうちに、家に上がり込んでは、リビングでテレビを観ていた私に、しょっちゅう卑猥な話しをしてきた。

 日を追う事に段々と阿木の態度は、エスカレートしていった。

 トランプのように束になった、モノクロの写真を、ある日、テーブルにばら撒いて私に見せたのだ。

 その写真には、全裸の女性が、淫らな姿で痴態を繰り広げている。

 阿木は、その写真を私に見せて、私の反応を観察しているのだ。

 この男は、気持ち悪い以外の、なにものでもない。

 トイレに入っていると、ドアを開けようとしてくる。

なぜ、母親がこの家の合鍵をこの男に渡しているのか、悲しくなってくる。

 そんな中学生時代だった。私には、自分の部屋へ逃げ込むしか、方法がなかった。

 夕方家にいると、こんなことは度々繰り返えされた。

 酷いときには、阿木にリビングで押し倒されたこともある。

 阿木は私に、のしかかった上に、キスをしようとしてくる。

 巨漢の阿木に、必死に抵抗した。

 太ももの奥の内側まで、阿木の手で、まさぐられた。

 私は大声で叫び、阿木の体の下からなんとか逃げて、自分の部屋に逃げ込む。

 机を引きずり、机で自室のドアを塞いだ。

 とにかく、嫌で嫌で泣いた。

 逃げる手段の少ない、そんな中学生時代だったが、暗い家庭環境とは違い、学校はとても楽しかった。

 今、思えば私の人生で1番キラキラしていたのが、中学生の学校生活だ。

 自分を取り囲む友人に、とても恵まれていたのだとわかる。

 出会う人に恵まれることは、すごく幸福なのだ 。

 これ以上の幸福ってあるのだろうか。

 私は、自宅の花壇に咲く花を新聞紙に包み、学校へ持って行って自分の教室の、前の出入り口わきにある長机の隅にそっと飾った。

 学校の生活が幸せだったから、そんなこともできたのだ。

 休み時間には、女子友達で群れた。

 雑誌を広げたり、部活の話しをしたり、みんなとくっついているだけで楽しい。

 他のクラスの女の子も、混ざっていて、いつも女子の団子状態だった。

 そのうち誰かがいいだした。

『レズっ子会員証を作ろうよ』と。

 なんてことはない、小さな紙にレズっ子軍団とタイトルが書いてあり、その下に会員証番号と名前が書かれているだけのものだったけど、友情の絆が確かなものに感じて、嬉しかった。

 私は、会員証番号は4番だった。

 レズっ子軍団には、美人な子やかわいい子が多くて、群れていると人目を惹いていたであろう。

 その中でも特に可愛い、真子は部活のバスケットボール部で、ギャラリー集団の男子生徒の注目の的だった。

 しょっちゅう告白もされていた。

 可愛いくて、性格もよくて、付き合いのいい子で、私は真子が大好きだった。

 私自身は、部費や送迎の必要なクラブ活動は選べず、帰宅部だったけど 、真子の部活姿が見たくて、ギャラリーに混ざっていた。

 その後は、真子の家に遊びに行ったりもした。

 自分の家に、早く帰らないようにするためもあった。

 真子の両親は共働きで、私が遊びに行っても、親の姿を見ることは、ほとんどなかった。

 お腹が空いたという真子の弟の訴えもあって、真子は台所へ立つと、手早くナポリタンをよく作ってくれていた。

 私の分も。

 イチョウ切りの人参は、だいたいやや固めだったけど、それを含めても真子の手料理が、大好きだった。



 そんな大昔のことを思い出しながら、私はカレー屋で昼食を食べていた。

 本当は食堂で、自分の唯一の栄養補給となる、野菜の入っている定食を食べたかったけど、今日はいつも以上に混雑していたから。

「あら、来てたの?」

 食べ終わりかけに、千代田さんがカレー屋に入ってきた。

「食堂、混んでるもんねー。詰め所に本部来てるから、皆んな逃げてるよね。聞いた話しによると、従業員に宿題出すらしいよ、今日」

「宿題ですか?また、面倒くさいものを」

 うちの派遣会社は、実力確認のために、時々そんな事をするのだ。

「大丈夫、明日、模範解答を仕入れておくからさぁ」

「わぁ、千代田さん、嬉しすぎます」

「家に帰れば帰ったで、子供たちの相手や家事炊事に追われるのに、宿題とにらめっこなんか、していられないよねぇ。今週は4日連続勤務で、もうヘトヘトよぉ」

 千代田さんが、カレーを食べながらいう。

 パートタイムと社員がいる医療事務の派遣会社。

 千代田さんのような、私より年上の勤続年数の長いパート勤務もいれば、英語をペラペラ話せる大卒の正社員までいる。

 私は、高卒で正社員として就職したけれど、日々の自分の面倒をみるだけで疲れきっているのに、千代田さんみたいに家庭を持ち、更に仕事をするなんて、やる前から無理だとわかっている。

 フルマラソンでも、ハーフマラソンでも、完走できる人もいれば、途中で限界がきて完走できない人もいる。

 人間、皆、同じではないのだ。

 仕事、結婚、出産、子育て、家事、育児が全部こなせる人はフルマラソンでいえば常に完走する強靭な人だとおもう。

 私は全然ダメ。

 マラソンどころか、学校の全校集会の朝礼で、貧血おこして校庭で倒れてたっけ…。

 カレー皿の隣に置かれた、氷の入った水を飲むと「休憩時間終わりそうなので、お先します」スマホを見ていた千代田さんは「うん」と片手を上げた。

 2階の詰め所に戻り、歯を磨くと、持ち場へ戻るために、1階へ向かう階段を下りた。

 そのまま、直線の廊下を歩く。

 こっちの廊下は、病院内では裏廊下で、階段脇は職員用玄関、廊下を少し進むと、霊安室、霊安室の隣には自動販売機が、1台置かれていた。

 北側にあるこの廊下は、いつも静かだ。

 自動販売機の前辺りを通ると、空気に混ざって、お線香の匂いがする。

 ご遺体が、このドアの向こうに安置されているのがわかる。

 病院に勤めていれば、普通の日常だ。

 生まれる人間も入れば、残念ながら寿命がつきる人間もいる。

 だが、人間のゴールは死だ。

 フルマラソンの様な生活は、放棄だが、私が望むのは、1日が問題なく過ぎることだけだ。


 直線廊下の突き当りを左に曲がり、外来患者がいるホールに入る。

 左側の奥まった、外が見えるガラス窓の手前に、白い衝立式のカーテンが立っている。

 今日は心療内科が、ある日か。

 衝立に隠されてはいるが、椅子に座り診察を待つ数人の患者さんの、背中が少し見えていた。

 心療内科。

 気になる。

 人気のいないのを見計らって、心療内科に置かれている『ご自由にお取り下さい』と貼り紙されている棚から冊子を何種類か取り、カバンに入れたことがあった。

 私は、病んでいる自覚がある。

 勤め先の心療内科の受診はしたくないけれど、自分の住んでいるK市のメンタルクリニックは予約していた。

 世の中、精神を病んでいる人は多いのか、初めて電話をかけたメンタルクリニックは『初診者は、1年後の受診予約となります』と言われて驚いた。

 何件か、メンタルクリニックに電話をかけて、3ヶ月後なら初診受付ができますと言われて、その病院に予約をお願いしたのだ。

 電話をかけていた自分を思い出す。

 泣いていた。

 泣きながら声をつまらせて、嗚咽混じりで電話相手と話していた。

 私は、鈍感になっている部分がある。

 人に指摘されて、そうだったのかと気づくことが多い。

 そして、その度に、そんな見方もあるのかと考えさせられる。

 だが、鈍感でいられないと、ここまで日常生活をおくってこれなかったともおもう。

 でも、限界だ。

 メンタルクリニックに救いを求めて電話をかけた時には、鈍感で覆われて形成されていた部分が、壊れてきていたのだ。


 仕事を終えて、いつも通りのルーティンで、部屋で過ごし袋ラーメンを食べて寝た。


 昨日、中学生時代のことを思い出したせいか、懐かしい夢をみた。

 森くんの夢だ。

 彼のことは、未だに私の心に、引っかかっていた。

 レズっ子軍団で、わいわいと女子同士で群れながらも、同じクラスの森くんのことが、私は気になっていた。

 彼はいつも3人くらいの男子と、休憩時間を過ごしていた。

 当時流行の洋楽を、オリジナルでパソコンからCDに収録し、表紙も凝った自作の絵だったり、雑誌の切り抜きだったりを付けて、彼は仲間内で楽しんでいた。

 時には、昼休みの校内放送で、彼が選んだ洋楽を流したりしていた。

 私が、いい曲ねって森くんに話しかけたら、彼はCDを貸してくれたりもしたのだ。

 淡い初恋。

 それ以外に、この年まで恋はしたことがない。


 見た夢の世界に浸っていたら、枕元に置いていたスマホのバイブ音が鳴った。

 スマホの表示を見ると、母親からだった。

 出たくもない電話だけど、出なければ、何度でも電話をかけてくるだろう。

 ならばさっさと済ませるべきだ。

「はい」

「裕子、今日さぁ三万円持ってきておくれよ」

 予想通り、お金の催促だ。

「今月は、生活費の三万円を、もう渡してあるよね」

 チッと母親の舌打ちが聞こえる。

「入り用なんだよ。だいたいさぁ、あんた育ててもらって、その言い草はないだろう!」

 いつもの調子だ。

「お母さん、私だって生活費がかかって、ろくに貯金もできない薄給なんだよ」

「家に戻ってくればいいだろう?何も出て行けって言ったのを、真に受けることないのに」アハハと母親は笑っている。

 私が気にくわないときには、この家から出ていけと何百回も言われていた。

「じゃ、頼んだよ」

 私の返事も聞かず、電話は切れた。

 朝から、嫌な電話だ。

 どうせ、ギャンブルに使うお金に決まっている。

 また、死にたい願望が私の心に渦巻く。

 他県へ行ってしまった姉が恨めしかった。

 もう戸籍も、名字も違う姉。

 さすがに、所帯持ちの姉には、お母さんは、金の無心はしなかった。

 姉の夫側の親への気まずさも、あるのだろうか。


 仕事を終えて実家へ行くと、阿木の茶色いセダンが駐まっていた。

 お母さんの車もあったから、警戒しないで実家へ入った。

 リビングのソファで煙草を吸っている母親に、自分の財布から三万円を出してそのまま渡した。

「おう、裕子、俺にも金かせや」

 阿木を睨みつける。

「薄給の私に、そんな余裕はないよ」

 阿木は相変わらず、あぶらぎった顔で、ヘラヘラ笑っている。

 気持ち悪くて、その場で吐きそうになった。

「明日も仕事だから、帰る」

「お前は、母親を1人暮しにして、それでいいと思ってるのかい?大した子供だよ。こんなことなら、もっと子供を産んどくんだったよ。はい、お母さん、お小遣いあげるねって言ってくれる子をねぇ」

 母親の言葉に返事もせずに、急いで実家の外へ出た。

 バイクを走らせる。

 イヤでイヤでしょうがない。

 お母さんにも、阿木にも会いたくなくて、1人暮しをしているのに。

 こんなふうに、金も取られてしまう。

 悲しい記憶も忌まわしい記憶も、断ち切ることができない。

 私の過去は現在と、同位置なのだ。

 息苦しくなってきた。

 暑くもない夜なのに、全身に冷や汗が出ている。

 両手が震えてきたので、スクーターを道の端に停めて、道に座った。

 うまく息が吐けない。

 両足もガクガクと震えてきた。

 浅い呼吸をしながら、スクーターと同じ色の緑色の半ヘルメットを頭から取り、道に横たわった。

 このまま死ぬのか?

 何度そう思ったか。

 この症状は、いずれおさまるのだ。

 こうして、じっとしていれば。

 涙で滲んだ目で、月をみつめる。

 所詮だれといても、満たされない。

 産まれる時も、死ぬ時も、人間は1人なのだからとダレかが言ってたっけ。

 満月の今夜だって、明日明後日と時間が過ぎていけば、欠けていく。

 永遠とはいわないが、長く満たす物など、この世には存在しない。

 月を見ていたら、雲に隠れてしまった。

 私の気持ちが、月に否定された気分だ。

 人ではないからまだいいけど、自分の経験や体験から出た言葉を、否定されるのは、大嫌いだった。

 否定者の思いや物の見方、経験は、私とは違うから。

 こんな自分に、寄り添ってくれるのは、自分自身しかいない。

 自分が、もう一人、いたらいいのに。

 脱力した体と、浅い呼吸の連続のなかで、そのままそこで眠った。

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