第46話 聖女奪還3

「はぁー? お兄さん融通利かなすぎぃ、石頭も良いところじゃ――」


 彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああああああ!!!! 手を出すとか男として恥ずかしくないんですか!?」

「いや、イラっと来たから」

「だからムカついたからって、そういうことするなって言ってるんですけど!!???!?!??」


 正直なところ、俺自身も後悔している部分がある。交渉の基本としては、双方の希望を主張し合った上でどこで妥結できるかを考えるべきだった。だが、それ以上に名誉のためだけに情勢を無視する枢機卿に腹が立ったという事がある。


 今日の宿は、昨日と同じように壁街の中にある廃墟だ。ギルド支部が無いわけではないものの、あの支部は間違いなく教会の息がかかっており、枢機卿の不興を買った俺達が安心して寝られる環境ではなかった。


 そして――


「? どうしたの、とうさま」

「いや、何でもない」


 シエルの姿を見る。彼女を教会の権力が強い街中に入れるのは避けたかった。最悪の場合、彼女の身柄が教会に奪われる可能性すらある。


「ごめん、そもそもボクが油断しなければ……」


 ティルシアは俯いている。俺は気にしなくていいようにと、首を振ってその言葉を否定する。


「冒険中の負傷は全部自己責任だ。俺が勝手に助けただけ、そう考えておけ」


 そもそも、この傷が治らないわけではないのだ。


 魔法以外の方法、医術や自然治癒に期待することもできる。回復阻害の付与がされている以上、回復はかなり遅いが、不可能という訳ではない。


「僕としても、なんとか上書きできないか考えてみますが……上位のデバフ付与は上書きがかなり難しいので、あまり期待しないでください」


 付与魔法は、組み合わせにもよるが強力で特殊なものが優先される。


 練度の低い人間が、熟練の支援魔法で掛けた筋力増強を上書きしようとしても不可能であり、回復阻害などの特殊なデバフは、上書きが困難である。


「治癒力促進のスクロールを使ったとしても、通常時の一〇%しかない回復速度が二〇%になったところで、という話だしな」

「ええ、とりあえずは、本部に事情を話して、ギルド上層部に交渉をお願いするしかないでしょう」


 ヴァレリィの言葉に同意する。恐らく枢機卿の間でも、俺の情報は共有されている。これ以上事をこじらせる前に、さっさとギルド本部へ行ってしまうのが一番だろう。


「明日、少数民族同盟へ向かうための買出しをしておこう」


 少数民族同盟とは、オース皇国南部に位置する様々な国家が集まって出来た地域で、各々が独特な文化を育んでいる場所だ。


「分かりました。食料品はともかく、冒険に必要な消耗品で良質なものは壁街では手に入りませんでしたから、明日は僕たちが街に入ります」


 ヴァレリィがそう言って、俺は頷く。今回は少々強行軍な側面もあった。キサラも含めて、消耗品を買い揃える必要があった。


 となると、出発は明日の夕方という事になる。体力の消耗を避けるため、出発は夕方以降のほうが良いだろう。



――



「じゃあ、昼過ぎには戻るよ」

「久々のお買い物なんで楽しんできまーす」


 二人の歩いていく姿を見ながら、ボクはちらりと白閃の方を見る。彼は傷に負担を掛けないように、丁寧に包帯を巻きなおしている。回復が阻害されているとはいえ、ゆっくりと傷口は塞がっているようで、黒ずんでいた患部は、ようやく広がることを止めていた。


「とうさま、大丈夫?」

「ああ、気にするほどじゃない。本部につく頃には傷も塞がるはずだ」


 シエルとの会話を、それとなく耳をそばだてて聞きつつ、ボクは考える。


 もし、ボクが解呪を使えたら、こんな事をしなくても良かった。油断しなければ、彼が怪我を負う事もなかった。考えたくはなかったけれど、それは紛れもない事実だった。


 そして、ボクはこうも考えていた。なぜ僕が解呪を使えないのかと、何故あの時油断してしまったのか。それは、あの瞬間までそれでいいと思っていたからだった。


 だけどまだ、アルカンヘイムで彼の傷が治れば、その気持ちをごまかすことができた。喉元さえ過ぎればそれを忘れることができたから。


「どうした?」

「ううん、何でもないよ」


 彼が心配そうに声を掛けてくれるが、ボクは嘘をついてごまかした。彼はボクを責めることはしないし、他の人たちも、ボクのせいで苦労をかけていると言うことを何も言わない。


 これなら、責めてくれた方がいくらかマシだった。今更ながら、ボクはそんなことを考えた。だけど、叱る人も責める人も居ないのだ。


「あ、あの! 白閃様!」


 ボクの思考は、切羽詰まった声によって中断させられた。声のする方向を見ると、身なりの良い、金髪の若い聖職者が、息を切らしてかけてきている。


「白閃様! お助けください!」


 ボクは彼が昨日とは別人ではあるけど、服装から、その人が高位聖職者――枢機卿であることが分かった。


「何があった?」

「聖女が……賊に捕まって……!」


 聖女が賊に捕まる? ボクは訝しんだ。


 普通、聖女には護衛が複数ついていて、聖職者すらそう易々と会うことが出来ない。ましてや、ならず者が誘拐できるほどの隙を作るはずがないのだ。


「わかった。行こう」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 枢機卿について行こうとする彼を引き留める。いくら何でもおかしすぎる。


「一体どうやって聖女をさらえたのさ、普通の人じゃ会うことも出来ないのに」

「それは……」


 枢機卿の男が言いよどむ、もしかしたら、依頼を断った腹いせにボクたちを罠にはめるつもりかもしれない。


「依頼と報酬の詳しい話や説明は道中で聞く。シエル、ティルシア、行くぞ」

「はい、とうさま」

「えぇっ!? 待って待って!」


 明らかに怪しい懇願を、彼は迷うことなく承諾する。ボクはそれに驚いて、おもわず声を上げていた。


「何でそんな怪しい話についていくのさ、そもそも昨日無茶な要求してきた相手に――」

「必要とされているなら行く、それだけだ」


 ボクの言葉に、彼はそう応えた。その言葉の裏には、絶対の自信があるように思えて、ボクはそれ以上何も言えなかった。


「無理についてこいとは言わない。自分で選べ」


 そう言われて、ボクの身体は反応する。


 自分で選ばなくてはならない。それが正解でも、間違いでも、誰も間違いを指摘してくれない。


「……ああ、もう!」


 なら、せめてボクがしたいと思ったことをしなければ、そう思って、彼の後を追いかけ始めた。



――



――聖女奪還

 アルカンヘイム近郊で、聖女が野盗に拉致された。身代金の要求は金貨五〇〇〇枚、教皇庁は身代金の支払いには応じない考えであり、教皇庁諜報院から野盗のアジトは特定されている。しかし現在即応できる教皇軍が存在しない為、冒険者に委託することにした。

 なお、この依頼は確実性を期すため、最低でも金等級以上の、現在アルカンヘイムにいる最高の冒険者が受注する事。



 文章に起こすとしたら、こんな感じだろうか? 俺は案内役の枢機卿とシエル、ティルシアと共にアルカンヘイム近くにある洞窟へと急いでいた。この辺りはごつごつとした、入り組んだ地形のため、身を隠すには好都合な地形だ。


 身代金の支払いには応じない。それは一度応じてしまえば、前例となって、それ目当ての人間が続いてしまう可能性があるから、当然そうするべき事なのだが、被害者の安全が脅かされてしまう諸刃の剣だった。


 キサラたちには置手紙を残しているし、距離を考えれば明日の明け方には戻れるだろう。旅の遅れはそこまでではないはずだ。


「とうさま!」


 シエルの呼びかけに足を止める。彼女が指さす方向には、男が一人立っていた。俺は昨日買っておいた片手剣を鞘から抜いて、左手を添える。力を込めなければ、問題なく動けそうだ。


 男は未だにこちらに気付いていないし、俺のいる反対方向を警戒している。有利を取るのは簡単だった。


「動くな」

「っ!?」


 叫ばれないよう、先に刃を首筋にあててから声を掛ける。相手は野盗である。必要ならば殺す事もできたが、可能ならば情報が欲しかった。


「ま、待て……殺すな……」

「素直に答えたらな、さらってきた女はどこにいる?」

「この先に、洞窟がある。そこの一番奥だ……団長と一緒に――」


 そこまで聞いて地面に引き倒すと、剣の柄で殴打して意識を奪う。少々痛いだろうが、まあ死ぬよりはマシと我慢してもらおう。


「最奥か……」


 少し考える。洞窟という狭い環境の、一番奥に行くとすれば、嫌でも相手に準備させる時間を与えることになる。間違いなく人質を取られることになるが、それ以上の事をしでかさない保証は何もなかった。


「ティルシア、シエル、二人はここに残れ」

「え――」

「うん、とうさま」


 少なくとも、不死系魔物相手以外には、簡単な支援と回復しかできないティルシアと、擬態を解くなら閉所に圧倒的な不利があるシエルは、連れていくわけにはいかないだろう。俺とついてきている枢機卿の二人で向かい、残ったティルシアをシエルが不測の事態から守るのが最適解だろう。


「ま、待ってよ、ボクも行く!」

「駄目だ。危険すぎる」


 こちらとしても、手負いの状態で全員を守り切れる自信が無いのだ。ここは分かって貰うしかないだろう。


「お願いっ! 絶対役に立つから!」


 しかし、ティルシアは俺の提案を拒否して、絶対について来ると言ってきかない。俺は溜息をつき、金髪の若い枢機卿に向き直る。


「仕方ない。シエルとお前の二人で残ってくれ……それと、聖女の人相を教えてくれ」

「え、あ、はい……では――」


 俺は聖女の人相を枢機卿から聞いて、その特徴を頭に叩き込む。


「それと――お付きは何人いる……と聞いてください。ハヴェル一人と言うか、お付きはいないと答えるはずです」

「一人?」


 ハヴェル。というのは彼の事だろうか。しかし、聖女とあろう人間にしては、お付きと護衛が少なすぎるのではないか。


「ええ、彼女の名前はセラ――巡礼の聖女です」

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