第40話 収穫祭1

「まあ、しばらく滞在してもいいか」

「やったあ!」


 わたしはとうさまの言葉を聞いて、うれしさで跳び上がった。


 ルクサスブルグという街では、今ちょうど収穫祭っていうお祭りをしているみたいで、きれいな飾りとか、カラフルなお店が街のいたるところにあった。


「僕も丁度ルクサスブルグのヘルメス図書館でしばらく調べ物をしたいし、そうしてもらえると助かるよ」

「ああ、じゃあ別行動か?」

「そうなるかな、でも明日くらいは一緒に観光でもしようかな」


 とうさまはなるべく先に進みたかったみたいだけど、わたしたちがお願いして、お祭りの間はここで泊まれるようにしてもらったのだ。


「じゃあ明日は観光ですね、ワタシ的には街の真ん中にある噴水を見に行きたいですねぇ」

「そうか、じゃあキサラは別行動だな」

「はぁー? 何でそうなるんですかぁ? ぼっちの方が過ごしやすいお兄さんと違って、ワタシは――ぎゃああああああああああ!!! 何で今それをやるんですか!??!!?」


 とうさまがキサラに近づいて、何かをする。とうさまの影に隠れていて、なにをされたのか分からないけど、なまいきなことを言ってるので、何かおしおきをされたんだと思う。


 一度なにをされたのか聞いてみたけれど、キサラは「え、あれ、なんで見えてないんですか?」って訳が分からないみたいなことを言っていた。


「いや、別に一人が楽なのは確かだけど」

「じゃあなんでデコピンしたんですか!??!!!?!!?」


 言い方は怒ってるように聞こえてるけど、こうしているときのキサラはとても楽しそうだった。だから、何をしているのは分からないけど、本当にいやなことはしていないと思う。


「じゃあ、明後日はボクに付き合ってよ」


 ティルシアさんがとうさまの腕にしがみつく。わたしはすこしうらやましさを感じて、その姿を見ていた。自分の気持ちを素直に表現できるのは、すごいと思う。


「ああ、構わないが」

「お兄さん、なんかティルシアに甘くないです? やっぱりおっぱいには勝てないんですかねぇ」


 とうさまとティルシアさんの話に、キサラが割って入る。旅の途中でお風呂に入ったとき、ティルシアさんの身体を見ていたから、姿勢で隠れているだけで、わたし達とは違うゆるやかな体つきをしているのを知っていた。


「何を言ってるのか分からないが、お前もそう言えば良いだろう」

「え、じゃあワタシも明後日付き合ってほしいんですケド」

「ああ、じゃあ午前午後で予定を分けるか」


 その話を聞いて、わたしはとうさまの袖を引っ張った。怪我をしている方なのでなるべく優しく、それでも気づいてもらえるように気をつけて。


 何度か引っ張ると、とうさまが気づいてくれる。


「わたしも、一緒に遊びたい」

「そうか、じゃあ夜はシエルと一緒だな」

「うん!」


 やった。わたしはとうさまに頭をなでられて元気に返事をした。



――



――ルクサスブルグ

 人類圏の中央部に位置し、四方に広がる大街道は、世界のあらゆる場所へとつながっている。東西南北に構えられた門は、北方の門が最も堅固で、その理由としては大陸北部に存在する魔物圏に対する警戒からだった。


 南方の軍事国家、アバル帝国に対する脅威から南門の防備もおろそかではないものの、人類に対する最大にして共通の敵である魔物に、対抗する設備が最も重視されるのは当然とも言える。


「ねえ、とうさま。人がいっぱい!」


 シエルは俺の手を握って目を輝かせる。


「そうだな、今は収穫祭だから、特に人が多いらしい」


 四方に広がる街道は、人類圏全てとつながっている。と言うことはこの町にはあらゆる人や物資が集まり、取引されていることになる。


 これだけ人がや物が溢れていると、当然ながら経済が発展している。人類最大にして最も繁栄している都市と言って差し支えないだろう。


「初めて来ましたが、シュバルツブルグと比べると本当に華やかな街ですね」

「まあ、あっちは学術都市だからな」


 最も歴史ある。人類がこの地に降り立ってから初めて作った都市、アルカンヘイム。


 先進的な魔法工学を求め、魔物圏に食い込むようにして存在する都市、シュバルツブルグ。


 魔物圏から遠く、人類圏の覇者を目指す都市、ヴァントハイム。


 そして商業の中心地で、最も資本の集まる都市がここ、ルクサスブルグ。


 人類圏の四大国家は、この都市群を中心に発展しており、各々が誇りを持って人類圏を護持している。


「もー、折角普通の観光できるって言うのに、お兄さん平常運転過ぎ、ちょっとは浮かれるとか、楽しもうとか思わないんですかぁ?」

「そうはいってもな……」


 唐突に降ってわいた休暇では、何をするかすぐには浮かばない。大体普通の休みでさえ、寝るか鍛錬するかのどちらかなのだ。観光などほとんど経験が無い。


「だったら、そうだな、昨日お前が行きたいって言ってた噴水を見に行くか」

「えっ、ちょっ、駄目ですよ! 明日のお楽しみです!」

「そうなのか?」

「そうです!」


 どうもそうらしい。


 ならどうしようか、普通に収穫祭を見て回っても良いが、どうせなら目的があったほうが楽しめるはずだ。


「じゃあ、とうさま、わたし、あのお店が気になる!」


 すこし考え込んでいると、シエルが右手を引っ張って射的の屋台を指さす。なるほど、シエルの社会経験という名の遊びに付き合うのも悪くないか。


「ああ、わかった。行こうか」


 屋台の方へ五人でぞろぞろと歩いて行き、一回分の値段を主人に渡して、受け取った銀玉鉄砲をシエルに渡す。よく狙うように言い聞かせると、彼女は元気よく頷いて銀玉鉄砲を構えた。


「シエルちゃん頑張って! 僕応援してるよ!」

「うるさい」


 上機嫌に応援しているヴァレリィを一蹴しつつ、シエルは狙いを定める。どうやら大きめの、どこか不細工な謎生物のぬいぐるみが狙いらしい。彼女は慎重に引き金を引くが、軽快な音を立てて飛んでいった小さな銀玉は、景品からすこしそれた位置を通過していった。


「むぅ……」

「くふ、残念残念、次は当たるかな?」


 不機嫌そうに次の弾を装填するシエルに、ティルシアが楽しそうに声をかける。銀玉は銅貨一枚で十発、シエルは残りの弾数を数えつつ、慎重に一発ずつ撃っていく。


「あと一発……」


 手元に残った一つの銀玉を握りしめて、シエルはそれを鉄砲に込める。身を乗り出して狙い澄ますと、引き金をゆっくりと絞った。


「!」


 軽い音を立てて発射された銀玉は、ぬいぐるみの中心に当たる。しかし、当たりはしたもののぬいぐるみはすこし揺れただけで、じっとその場に鎮座していた。


「あー、残念ですねぇ」

「……とうさま! もう一回!」


 キサラが揶揄するように笑うと、シエルは俺に向き直ってムキになった表情で訴えてきた。


「それは構わないが……」


 見たところ、他の景品は袋に入った焼き菓子や木彫りの人形で、あのぬいぐるみだけ他の景品に比べて重すぎる上に安定感がありすぎる。銀玉の威力を見るに、あの景品を落とすのは難しいだろう。どうやら、あのぬいぐるみを狙わせて収支をプラスにするのが、この射的の作戦らしかった。


 ただ、無理だと学習するのも一つの経験か、俺はそう思って主人に銅貨をもう一枚渡す。シエルは銀玉を受け取ると、再び身を乗り出して引き金を絞る。


 今度は十発中三発は当たったが、それでもぬいぐるみは微動だにしていなかった。


「とうさま! もう一回!」

「シエル、それくらいに……」


 これ以上ムキになられて擬態を解かれでもしたら大事になる。彼女には悪いが諦めて別のぬいぐるみを買ってやることにしよう。


「あっ! すごい偶然! 貴方たちも来てたんだね!」


 シエルにどう諦めさせようかと考えていると、聞き覚えのある明るい声がすぐ後ろで聞こえた。振り向くと、濃紺のツインテールが鮮やかに揺れていた。


「それで、何してるの? 射的?」

「エリーさん!」


 シエルが嬉しそうに彼女の名前を呼ぶ、青い血特有の髪色と、人なつっこいカラッとした笑顔は、間違いなくイクス王国第一王女・エリザベス殿下の物だった。


「来ていたのか」

「イクス王国からの国賓としてね、ビッキーも来てるよ」


 確かに、考えてみればルクサスブルグの収穫祭は人類圏の中で最大の物だ。友好国では無いアバル帝国はともかく、イクス王国の次期女王候補である二人は呼ばれてしかるべきだろう。


「とうさま、もう一回やらせて!」


 シエルが改めて俺にねだってくる。


 どうするか迷ったが、まあ三回目くらいなら許容範囲か。俺は今回が最後だという約束をして、それから主人に銅貨を一枚渡した。


「ん、シエルちゃんが射的やってるんだ。何がほしいの?」

「あのねこさん!」


 そう言ってシエルは、少々不細工なぬいぐるみを指さす。しかし、改めて見ると結構な大きさだ。旅の途中は倉庫に預けておこう。それにしても猫だったのか、アレ。


「なるほど、難しそうだね。よし、私がやってあげよっか」

「できるの!?」

「もちろん! 小さい頃からこれは得意だったんだ。お姉ちゃんに任せなさい!」


 自信満々に胸をたたくエリーに、俺は銀玉鉄砲と弾を十発渡す。お手並み拝見というわけでは無いが、一体どうやってあの落としにくいぬいぐるみを落とすのか純粋に気になった。


「じゃ、いくよ」


 エリーは左手に弾を持ち、鉄砲を右手に持って身を乗り出す。


「こういう重い奴は連射と正確に同じ場所を撃つのが大事でね……」


 一息ついて、エリーが引き金を絞る。弾はぬいぐるみの上部に当たって、それがぐらりと揺れる。その揺れが収まる前にエリーは弾を装填して、再び引き金を絞る。


「おお……」


 シエルが感嘆の声を上げる。弾を撃つごとにぬいぐるみの揺れが大きくなり、十発目にして大きく揺れたぬいぐるみは、ついに棚から転がり落ちた。


「ふふふっ、どう? すごいでしょ」

「うん! エリーさんすごい! ありがとう!」


 苦い顔を隠しきれない主人からぬいぐるみを受け取って、満面の笑みでシエルはお礼を言った。

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