第39話 不死系討伐6
――不死操者
不死系魔物の大量発生時には、警戒しなければいけない金等級の魔物で、姿は人型をしており、小鬼や大鬼と同じように異常な体格と緑色の肌で人間と明確に差異がある。
不死操者自身は不死系ではなく、通常の魔物に分類されており、理性の存在しない不死系魔物を統率することで活動している。
「ちょ、ちょっと待って! 今回復を――」
「無駄だ。不死操者の杖には回復阻害の付与が掛かっている」
傷を負ったのが左肩で良かった。利き腕を潰されては俺一人はともかく、ティルシアを庇いながらの戦いは不利すぎる。
「ウロロロゥッ!!」
声と共に、不死操者が杖を振ると、新しく壊死百足が三体現れる。こいつが金等級に分類されているのは、不死系魔物を大量に生み出す特性からだった。
「雑魚の処理は頼んだ。俺は親玉を狙う」
「っ……わかった。ボクが召喚を抑えるからその間に倒して」
力が入らない左肩を庇うように立ち、ナイフを構える。
「――浄刹顕現(プロテクション・アンデッド)」
短い詠唱の後、地面に白い網目が走りそれが強く発光する。その光を浴びた不死系魔物は塵となり、崩れていく。
不死操者以外を倒した後でも、白い網目は消えることなくその輝きを維持している。ティルシアが魔力を流し込む限り、新規に不死系を呼び出すことはできないだろう。
俺は地面を蹴り、不死操者へ肉薄する。左肩の傷が痺れと共に鈍い痛みを伝えてきて、俺はそれを無理に嚙み潰した。
「っ!」
両手剣の間合いで戦わないのは久しぶりだ。俺は横薙ぎに不死操者の首を狙ってナイフを走らせる。
「ウゥッ!」
しかし、魔物は骨で出来た杖を掲げてそれを弾く。両手剣の重量と勢いがあればすぐにでも壊せそうな杖だが、前腕ほどの刃渡りしかないナイフでは破壊力が足りない。
俺は防がれたナイフをそのままに、左足を軸に下段蹴りを行う。しかしそれも魔物が跳び上がることで回避されてしまう。
俺は蹴りの手応えが無い事が分かった時点で次の攻撃を繰り出す。ティルシアは不死反転を三回は使えないと言っていた。そして既に二回使っている。だとすればそれほど時間に猶予は無いはずだ。
「ウロロロゥ!!」
不死操者の杖が突き出されて、俺は身体をよじって躱す。杖によってこれ以上傷つけられるのは避けなければならない。
不死操者が作る杖は、不死系魔物を操作するためのものであるのは確かだが、それ自体にも魔力がこもっている。杖によって傷つけられた箇所は、回復阻害の呪いが付与され、特殊な手順を踏まない限り治療が無効になってしまう効果があった。
特殊な手順とは、高位の聖職者のみが扱える解呪(ディスペル)という魔法で、あらゆる呪いや効果を消去する魔法だった。
ただ、この魔法は使える人間が非常に少なく、教会が聖女・聖人と認定する際にはこれを習得しておく必要があり、最も難しい条件の一つと言われている。
当然ティルシアのような巡礼者がおいそれと使えるはずも無い。治療が無駄だと言ったのはそういうことだ。
「ごめん、そろそろ……」
ティルシアの声が聞こえると同時に、周囲の光が弱まるのを感じる。それを察してか不死操者は距離をとって不死系魔物を呼び出そうとする。
「しっ!」
しかし、戦いの最中に隙がある能力発動を許すほど、俺は甘くは無い。一足で間合いを詰め、ナイフを突き込む。
「ロロゥッ!?」
とっさに杖を突き出して防御しようとするが、俺は防がれたのを見計らってナイフを杖と平行にして、刀身を滑らせる。
「グロロロゥッ!!?」
小さな手応え。しかしそれは致命的な効果をもっていることを俺は知っている。
ぼとぼとと、腐った外套の袖から赤黒い血と腸詰めのような肉片が落ち、骨の杖が地面に落ちた。 杖は剣や槍と違い、切り結ぶことを想定していない。だから護拳や柄が存在しない。隙を突くとすればそこが最適解だった。
不死操者は自分の指が切断された事実に狼狽え、一瞬俺から意識が外れた。
無言で、言葉も発さずに、俺は最速でナイフを振り、辺りに血の飛沫をまき散らした。
――
「あっれぇ、お兄さんってば白金等級の癖に不死操者から攻撃くらったんですかぁ?」
夕方、依頼を済ませてギルド支部へ戻り、二人と合流したところでキサラがここぞとばかりに嘲笑する。ここまで生き生きした姿を見るのは久々だ。
「調子乗って舐めプしてるからそうなるんですよぉ、ワタシとシエルは無傷で――」
彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。
「ぎゃあああああああああああああ!! 自分のミスなんですから私に当たらないで下さいよ!!!!」
「しかし、本部に向かう道中で聖女に会えればいいが……最悪オース皇国までこの状況は辛いな」
「せめてリアクションしませんか??!!!!?!?!!?」
いつも通り騒がしいキサラは置いておくとして、俺は左肩の傷に手を触れる。
内出血で傷口は開いていないが、それは些末な問題だ。不死操者に付けられた傷の本質は、あらゆる回復が阻害されるという事で、それは人体にある自然治癒力にも影響しているという事だった。
さすがに全く治らないという訳ではない。内出血で腕から手首にかけて赤黒く変色しているが、痛み自体は拡がっていない。破れた血管が塞がるのに、通常より何倍も時間がかかっているという訳だ。
人体の新陳代謝や自然治癒力は魔法よりもはるかに強力で、それを完全に抑えるなら、創世期くらいの魔法が必要になる。そんなレベルの付与を、魔物が行えるはずがなかった。
「でも、とうさま、どうしてケガなんてしたの?」
「それは――」
「っ……」
言いかけて言葉を切る。側でじっとしているティルシアに少し目配せをして、俺は適当にごまかす事にした。
主観的に言えば、あの状況では仕方なかったと言えるが、彼女がどう感じているかは別だ。特に今は魔力消費で体力も気力も尽きかけている。精神状態的にもいま負荷を掛けるのは避けるべきだろう。
「なんにしても、ヴァレリィと合流してルクサスブルグへの旅路を急がないとな」
エルキ共和国、オース皇国、倭、この先経由する予定の国だが、オース皇国のどこかには確実に聖女、聖人が居るとして、そこ以前の旅路で会えるとすれば、エルキ共和国の首都であるルクサスブルグ以外には無いだろう。
シュバルツブルグもなかなかに発展した都市だったが、カネとモノの流入量で言えば、大陸中心部を陣取るエルキ共和国には敵わないだろう。
「そうですねぇ、ルクサスブルグには色々と名産品がありますし、それを見てシエルが目を回すのを見るのも面白いかもしれませんしね、明日には出ましょうか」
「ああ」
キサラはティルシアの状態に気付いているのかいないのか、素直に返事をするとシエルを連れてガドの家へ行くべくギルド支部の出口へと向かった。
「……気にするな、よくあることだ」
俺はティルシアにそれだけ言って、足を一歩踏み出す。彼女はそれに追いすがるようにパタパタと足音を立てた。
――
ヴァレリィとガドは、どこか共感できる場所を見つけたようで、俺達が戻る頃にはすっかり打ち解けていた。血縁のある者同士、仲良くする事には越した事は無いだろう。
「こないだは両手剣、今回は左腕……小僧、お前は依頼をこなす度に毎回何か壊してんのか?」
「悪いけど、呪いの除去は専門外だ。君の言う通り、エルキ共和国かオース皇国で解呪をしてもらう事になるね」
あまり心配されていないような事を言われ、俺達は夕食を取って今晩は泊まる事にした。炎症止めの薬草を擦りこんで、患部を安静にすることで人体の治癒力に頼る形で治療を試みるが、治ったとしても回復阻害は残り続けるため、やはり早い段階で解呪をしてもらう必要があるな。
俺以外が食事と風呂を済ませ、ベッドに入った頃、俺は一人で薪割り場に出てナイフの扱いを練習していた。当面は右手のみで戦う事になるので、片手剣かナイフの扱いはある程度慣れておく必要がある。体裁きを中心に、仮想の相手とナイフでの攻防を行う。
両手剣は懐に入られない立ち回りが必要だったが、ナイフはむしろ懐に入る立ち回りが必要となる。そうなると必然的に傷を負う頻度も増える訳で、左肩を守りつつ戦うのは、一朝一夕で出来るものではなさそうだった。
だとすれば、しばらくはキサラとシエルに頼る形で魔物との戦いを考える必要がある。片手で扱える投擲武器は、威力が弱いか連続使用に耐えない。魔法を使おうにも、魔法を扱うには天性の才能が必要だ。
「ふぅ……」
慣れない動きを何度も繰り返し、息が切れ始めた段階で小休止を入れる。息が整えば再び身体を動かす。足腰が立たなくなるまでやりたいが、そこまですると明日の移動に響く。キサラたちにこれ以上の負担を掛けるわけにはいかなかった。
「えっと……いいかな?」
呼吸を整えて、再開するかというタイミングで、ティルシアが声を掛けてきた。その目元には、相変わらず隈が刻まれていたが、気のせいかその色が少し深いように感じた。
「どうした?」
てっきり寝ているかと思ったが、どうやら今日の討伐で思う所があったらしい。俺は休憩の延長を決めて、切り株の一つに腰掛けた。
「あのさ、君達の旅に、ボクも付いて行っちゃダメかな?」
「……急にどうした?」
俺は静かに問いかける。非難する意図は無い。依頼をこなす過程での負傷は各々の責任だ。
「ほら、君も肩に傷があって大変でしょ? それに、聖職者のボクがついて行った方が解呪を使える人を探すとき、何かと便利だし」
確かに、肩の傷には回復が効かないとはいえ、聖職者がパーティに居るのは何かと有利だ。それに解呪を使えるのは聖職者だけ、同業者なら何かとコネクションもあるだろうし、断る理由が無いだろう。
「それは構わないが、左肩のことで負い目を感じすぎるなよ」
冒険者にとって、仕事を続けられないほどの事態になることはよくあることだ。その状況で「私を守るために貴方はこうなったので責任をとります」なんて言い出したら、負債で潰れることになる。
さらに言うと、わざとらしくゆすりたかりの口実にする冒険者もいるのだ。同じパーティメンバーならまだしも、つい先日会ったばかりの相手に、そういう考えを安易に持つのは危険だった。
「うん……ボクも軽率だった」
ティルシアはそう言うと、言葉を続ける。
「今までは、墓地とかで発生した小規模なアンデッドたちを相手にしてたんだ。あそこまでの規模は初めてだったけど、数が多いだけで難度は変わらないと思ってた」
偶発的に生まれる不死系魔物は、大体が数匹程度で簡単に討伐される。それを基準に考えてしまうと、大規模発生をした時に失敗をする。
大規模発生はそうなる理由があり、その原因も様々だ。今回のように不死操者が居る場合もあれば、単純に戦場跡で偶発的に大規模となってしまった場合もある。
「それに気づけて死んでないなら、それでいい」
冒険者を含め、各地の集落を転々とする俺たちみたいな存在は、簡単に死ぬし簡単に食い扶持を失う。その中で死なずに教訓を得ることが出来たのなら、それで十分だろう。
「そっか……じゃあ、気にしないことにするね」
「ああ、そうしてくれ」
そう答えると、ティルシアは俺の背後に回り、覆い被さるように抱きついてきた。思わず身じろぎするが、左肩の痛みと唐突に感じた柔らかな感触に、脱力せざるを得なかった。
「今度は何だ?」
「ちょっとの間だから、さ」
「……そうか」
返ってきた反応が、思ったよりもしおらしくて、俺は面食らう。どうやら観念してじっとしているほか無いらしい。
身体を動かしている間は特になにも感じなかったが、じっとしていると頬をなでる風には、冬の気配が混ざっていることに気づく。そして、それと同時にティルシア自身の暖かさも。
目の隈と姿勢の悪さから異性として意識していなかったが、こうも密着されると、考えないようにしても身体の柔らかさを意識してしまう。
「うん……ありがとう」
どうするべきか、困惑しているとティルシアは静かに身体を離してくれた。
「気は済んだか?」
「くふふ、君って意外と朴念仁だね」
いたずらっぽく笑う彼女に、俺は「そうだな」とだけ応えた。
――
「さて、次の目的地はルクサスブルグでしたっけ?」
翌朝、町の出口を通ったあとでヴァレリィが旅路の確認をする。
「ああそうだな、通商路を辿っていくから楽な旅路になるはずだ」
「たのしみ、どんなところなの? とうさま」
ヴァレリィとシエルはルクサスブルグを見たことが無い。人類圏で最も栄えている街をこれから見られるということで、二人はどこかそわそわしていた。
「……むぅ」
「キサラ、どうした」
「べっつにぃー」
一方でキサラは、むすっとした表情で俺をにらんでいた。
「といってもな……」
「そうそう、どうせ旅するなら楽しく行かなきゃ、くふふ」
俺の左肩をかばうように寄り添って、ティルシアが続ける。
「誰のせいで不機嫌なんだって思ってるんですか!?」
「だれだろうねぇ、くふふふふ」
……どうやら、俺の知らないところで俺の知らない戦いがあるらしかった。
「キサラ」
一つ溜息をついて、不機嫌そうにそっぽを向いているキサラに声をかける。
「なんですかぁ?」
キサラはそのまま、こっちを見ようとしない。仕方なく、俺は彼女に歩み寄る。
「っ……だって、勝手に新しい女の子――」
彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。
「ぎゃああああああああああ!!!!!! 何考えてるんですか!???!!?!?!?? 今それをやる雰囲気じゃ無かったでしょ!!!!!!!!」
「いや、不機嫌そうだったから」
「どうしてデコピンしたら上機嫌になると思ったんですか!!??」
いや、いつも割と機嫌直さないか? とは言わないでおいた。
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