第37話 不死系討伐4

 作戦としては、シエルとキサラが後方に待機し、アンデッドが町の方へ行かないよう守備に回る。彼女たちにはティルシアから聖水が渡されており、アンデッド特攻を常に発揮できるようにしている。


 ヴァレリィは俺達の予定通り、ガドと一緒にいる。何か話したいことがあるのだろう。彼自身からの申し出があったので、特に何も追求せずに承諾した。


「じゃ、よろしくお願いしますねぇ」

「ああ」


 俺の隣で、ティルシアが曖昧な笑みを浮かべた。彼女は相変わらず猫背で、不健康そうな顔色をしているが、調子は悪くないらしい。


 俺はティルシアと討伐に専念する。キサラたち二人と騎士団による守備で、それができるという訳だ。


 俺は両手剣の鞘代わりになっているバンデージの留め金を弾いた。青い燐光を微かに纏った刀身が露わになり、その表面に施された波紋状の酸化被膜が陽の光を浴びて自己主張をする。


「へえ、不思議な加工だね」

「まあな」


 イクス王国の最新技術です。と説明するには些か面倒事が多かった。今は依頼に集中したほうが良いだろう。俺は周囲を警戒しつつ洞窟へと向かう。


 アンデッドは自然発生的に出現する魔物だが、ここまで大規模だと彼らを取りまとめる強力な個体がいてもおかしくはない。俺とティルシアは、それを討伐することを主目標に魔物を倒していくつもりだった。


 洞窟の入り口近くまで来ると、死臭が辺りを包んでおり、俺は外套で口を覆う。入り口の周囲には骸骨戦士(スケルトンウォーリア)や、壊死百足(ネクロピード)が這い回っていた。


 死体が直接、不死系魔物になる事は少ないが、不死系魔物が発生する時は、何故かそこで死んだ個体と同じ種族で発生することが多い。


 原因や原理は分かっていないが、これを見ると、この世に未練のある魂が云々みたいな話を、信じてしまいそうになる。


「さて、始めるか」

「はいはーい」


 両手剣をティルシアの前にかざすと、彼女は刀身に手を添えて呼吸を整える。


「狩魔付与(エンチャント・エクソシズム)」


 ティルシアの魔法が両手剣に流れると、白い光が青い燐光をかき消した。魔法による付与効果は抜群だった。


「カカッ」


 その光に反応して壊死百足がこちらを向く。俺は無造作に地面を蹴り、頭から真っすぐ両断する。


 死臭すら切り裂くような光と共に、魔物の身体を切ると、それは腐汁をまき散らして動かなくなる。凄まじい悪臭だが、白く輝く刀身に触れると、それは白煙を上げて浄化されていく。


「ギシッ、カコッ、コッ」


 不死系魔物は、声を上げることはない。骨格のみとなった身体から、骨や甲殻がぶつかる音のみが不気味に聞こえる。普通の生物や、魔物とは根本的に違う為、不意打ちに気を付ける必要があった。


「いや、すごいね、さすが白金等級」


 入り口あたりにたむろしていた不死系魔物を、粗方討伐し終えた段階で、少し後方に控えていたティルシアが追いついた。


「並のアンデッドじゃ相手にならなそうだ」

「いや、狩魔付与が無ければ俺もここまで戦えない」


 不死系魔物は、胴体が千切れようと行動する。それは生命力が強いというよりも、既に死んでいるから痛覚もなく「これ以上死ねない」と言うのが正しい。


 通常の武器ではもうまともに動けない状態にまで、身体を損傷させることでなんとか討伐しているが、不死系への特攻を付与出来ていれば話は変わる。


 特攻状態の武器で切られた不死系魔物は、通常の魔物と同じように戦うことができる。腕を切り落とせばそう時間を隔てずに動かなくなり、頭を潰せば死ぬ。


 特に今は魔力伝導率の高い、神銀製の武器を装備している。たとえかすり傷であろうと、不死系魔物にとっては致命的な攻撃となるだろう。


「なんにせよ、付与が途切れないように頼む。洞窟内では離れすぎるな」

「りょー……ふへへ、今回の討伐は楽で助かりますな」


 油断だけはしないよう、ティルシアに声を掛けて、俺達は洞窟の内部へと入っていく。前回来た時点で把握していたが、内部は思う存分武器を振り回せる広さはない。部屋の中はそれなりに広かったが、通路で挟撃されると咄嗟の反応が遅れることもある。俺一人なら何とかなるが、今はティルシアがいる。警戒はしておくに越した事は無いだろう。



――



 僕個人の事情で旅を後戻りして、そのうえ今日に至っては僕の事情で依頼に同行していない。なんとも自分勝手なことをしている。そういう自覚はあった。


「おう、起きてきたか。小僧たちと一緒じゃないんだな」


 朝早くから鍛冶場で鉄を打つ祖父――ガドは、僕を見つけると髭を揺らして目を細める。


「ええ……少し話したいことがありまして」


 そう言って、僕は手直な椅子に腰かける。ガドの嬉しそうな表情にまた心が軋むのを感じた。


「なんだ、かしこまって、ここ二日くらいで色々話しただろ、まだあるのか?」


 不思議そうな表情をしつつも、彼は手を止めずに赤熱した鉄を冷水に浸す。作業が一区切りしたのを確認して、僕は改めて呼吸を整えた。


「正直に話すと……僕は、貴方を祖父だとは思えない」


 それが今まで話して――今朝ようやくまとまった結論だった。


「すまないと思っているし、僕自身、冷たい奴だとは思う。でも、初対面の人間を指して『おじいちゃんだから仲良くしましょう』なんて思えないのが正直なところなんだ」


 父が言っていた「会わずにそう思うのと、実際会って思うのは違う」という言葉が思い出される。なぜあんな事を言ったのだろう。会っても会わなくても、僕は祖父の評価を変えなかった。むしろ、わざわざ迷惑をかけた白閃たちに、迷惑をかけただけかもしれない。


 僕自身も、彼を面と向かって拒絶しなければならないという事で、申し訳なく思っている。祖父も、孫からこんな事を言われるのは嫌だろう。こんな事ならば、会わずにそのままでいた方がよかった。


「へっ」


 一晩悩み抜いた結果の答えを、祖父はあろうことか鼻で笑った。


「俺だって『孫が訪ねてきたからもてなさなきゃならねえ』なんて思ってねえよ。そもそも、出てった女房と息子ならまだしも、お前とは初対面だろうが」

「え……?」


 僕はその言葉に耳を疑う。彼は僕が孫だと言った時、確かに喜んでいた。その延長線上で僕に接しているんだと思っていたが、そうではないのか?


「確かに、孫が訪ねてきたと知った時は嬉しかったがな。俺がお前をかまう理由はそんなんじゃねえ、心意気――姿勢よ、魂と言ってもいい」


 祖父は、自分の右胸を親指で指差して、僕をまっすぐと見た。


「一度決めたら一筋、手前の仕事を一意専心で取り組む。俺も、お前の親父も、お前も、それを持ってるだろうが。血のつながりなんて動物にもある。それより強いのは魂よ」


 そう言われて思い当たる。僕がシエルちゃんを観察している時、ティルシアさんに彼女の美しさを説いている時、彼は僕を諫めなかった。


「……あの小僧も、お前と――いや『俺達』とおんなじ物を持ってる。だから武器を作ってやった」


 祖父は髭を更に膨らませて、その下にある頑丈そうな歯を見せる。僕はその表情を見て、何か言葉にできないあやふやなものが、あやふやなまま心の中で形作られたのを感じた。


「人間関係だとか、血のつながりだとか、もっともらしく考えてんじゃねえよ、俺達にそれはどうでもいい事だろ?」


 そうか、そういう事なんだ。僕はようやく理解できた。


「はぁ、暑苦しい……」

「お?」


 僕は頭を掻いて、もう一度目の前にいる男、ガドを正面から見返した。


「そうですね、貴方は鍛冶、僕は魔物研究、打ち込むものは違っても、そこにある心は違わない。祖父だとか孫だとか、そういうこと以前に共感する部分がある」


 父さんも、きっと父と子供として接していたから、ガドとそりが合わなかったんだと思う。会う前に相手はどんな存在か、それを決めつけて会ってしまうのは、視野が狭くなってしまう。きっと父さんが言った意図と違う形だろうけれど、僕は直接会ってその人との関係性を決めることの大事さを学んだのだった。



――



 狩魔付与を切らさずに戦う事は、意外と難しい。


 魔力の消費量が多い事もさることながら、更新時には集中と同時に武器に手をかざす必要がある。そのため、効果が切れるより前に魔物の来ない場所を作る必要があった。


「ふぅ……」


 狩魔付与のおかげで、不死系特有の悪臭はかなり抑えられているものの、通常の魔物とは違う手応えに、俺の体力は確実に削られていた。


「ねえ、そろそろ切れそうだからここで更新しようよ」

「ああ」


 足元の腐乱死体を跨いで、俺はティルシアに両手剣を差し出す。


「いや、君には驚かされるね」


 付与の掛け直しが終わったところで、ティルシアが声を漏らす。


「白金等級との仕事だから、期待してなかったわけじゃないけどさ、まさか付与魔法以外何も使わなくて済むとは思わなかったじゃん」

「元々、一人で戦っていたからな」


 彼女の言葉に応えて、俺は両手剣を構えなおす。


「え、ちょっとまってよ、そろそろ疲れてない? 回復魔法を――」

「不要だ。疲労を取るためだけの回復は必要ない」


 回復魔法は傷を治すだけではなく、疲労を回復させる効果もある。だが、それは疲労をなかったことにするのと同義で、それに頼り続ければ回復が前提の体力になってしまう。それはつまり、回復役がいなければ長期戦闘ができなくなるのと同義だった。


「いや、でも……」


 ティルシアが何か言いかけるが、それは襲い来る不死系魔物の不気味な音にかき消されてしまう。俺は彼女に危害が及ばないよう、両手剣で骸骨の身体を両断する。

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