第7話 市街地防衛3

 集落から近い森の中、少しだけ開けた場所に、俺たちのパーティは野営の準備を進めていた。


 日が落ちそうな夕方、俺は剣を構えている。剣自体は片手半剣程度の大きさで、大人であれば楽に扱えるものだった。しかし、俺には少々重量があり過ぎて、何とか両手で扱えるギリギリのものだ。


 一歩踏み込み、剣が交わる音が響き、俺は再度距離を取る。目の前にいるのは壮年の剣士。片手剣を肩に担いで、不敵な笑みを浮かべている。


「おい『――』、また息が上がってるぞ、体力配分を考えろ」

「っ……すぅー、はぁっ」


 剣士に言われて、俺は呼吸を整える。


――戦いの中で呼吸が乱れるような動きをしていては、長生きは出来ない。

 彼に直接口頭で教えられたのは、そのことのみだった。あとは気の遠くなるような回数の打ち合いと組み手、息が乱れれば即座に指摘され、その度に俺は深呼吸をする。


 汗は引かないが、呼吸は落ち着いた。俺は再び剣士と距離を詰める。


 俺のあらゆる攻撃は、いなされ、撃ち落され、弾かれる。すべての攻撃が無意味なのではと思うほど、彼の剣技は素晴らしいものだった。


「くっ……!」


 あまりに長い時間握っていたからか、握力が弱っていたところに武器へ強烈な打撃を与えられて、俺は剣を落とされてしまった。


「はい、これで終わりだな?」


 武器を拾おうとした瞬間、鼻先に剣を突き付けられて、俺と剣士の組手は終了した。


「……参った」

「へへっ、だから言ったろ、木剣なんか必要ないって」


 訓練とはいえ、実戦用の剣を使うのはやめたほうがいい。そう言った俺に対して、剣士は鼻で笑ってそんな必要はないと返した。


 実際その通りで、俺は一回も打ち込みが成功したことは無かった。


「訓練で息が上がる程度の実力じゃあ、俺に一発入れるのは無理だ」


 実際の戦闘では、ベストコンディションからどんどん下がっていく。その下降曲線をどれだけ緩やかに出来るか、それを考えて立ち回る必要がある。それが彼の考えだった。


「よし、じゃあ次は走り込みと基礎体力作り、型と芯のブレに気を付けろよ」


 剣士は大きくあくびをして、背を向ける。俺は彼の言葉に従うほかなかった。


「待って、『――』」


 走り込みに向かおうとした時、俺を呼び止める声が聞こえた。振り向くと、美しい金髪を持った柔らかな雰囲気の修道女が小走りでこちらへ向かってきている。


「肘、怪我してるでしょ。見せなさい」


 見ると、確かにどこかで引っ掻いたのか、赤い線がかすかに入っていた。


「いいよ、これくらい」

「ダメよ、どんなに小さな傷でも致命傷に繋がるわ」


 痛みもないし血も止まっているので、治療の必要もないと思ったのだが、彼女に却下され、治癒力強化の魔法を掛けてもらう。


「……ありがとう」

「どういたしまして、夕飯までには戻ってくるのよ」

「『――』、夕食後にちょっとだけ時間あるか?」


 治療の終わった俺に、リーダーである騎士が話しかけてきた。


「そろそろ本格的に依頼について来てもらうし、お前もそのヨレヨレのレザーアーマーじゃカッコがつかないだろ、採寸して新しいの買ってやるよ」

「ああ、わかった」


 その言葉を聞いて、俺は喜びで跳びあがりそうになるのを何とか抑えた。


 走り込みと腕立て、腹筋、スクワットを各々一〇〇回三セット。俺は浮ついた気分のままそれらをこなしていった。



――



「くかー、くかー……」


 懐かしい夢から目覚めると、周囲は未だに暗かった。隣のベッドではキサラが暢気に寝息を立てている。


 寝直そうかと布団を被るが、一度覚めてしまった意識は眠りを拒否してしまう。俺は仕方なく布団をどかして起きることにした。


 寝る前にも確認した収納袋と両手剣の位置を、もう一度確認して、俺は窓を開けて東の地平線を見つめる。川を挟んだ先に山が連なり、その輪郭は赤みが掛かったように光を蓄えていた。


「んぁ……あれ、お兄さんまだ起きてるんですか……?」


 肌寒い早朝の空気が部屋に入ってきたのか、キサラが目をこすりながら起き上がった。


「ああ、少し眠れなくてな」


 今は早朝で、俺は今起きたところだ。そういうのは簡単だが、日も登っていない今、その説明をするのは面倒だった。


「ダメですよぉ、ワタシみたいに、しっかり睡眠を取らないと……お肌に悪……ふぁあぁ……」


 無防備にあくびする彼女を見て、小さく息を吐く。少し力が入り過ぎているのかもしれない。


「分かった。眠っておこう」


 眠れないとしても、布団の中で目を瞑っていれば身体も休まるだろうか。そう考えて、俺はベッドに戻ろうと窓際から離れる。


「……」


 ふと、ドアの向こう側で人が歩く気配を感じた。忍び足ではない。かといって俺のような人間が、朝の散歩に出かけるようでもない。取り繕う余裕もなく、ただ速さのみを考えた足運びだ。


「白閃様! 緊急の依頼です!」

「わきゃっ!?」


 案の定、ドアが乱雑にノックされ、名前を呼ばれる。俺は収納袋と両手剣を背負って、跳び起きたキサラを横目にドアを開けた。


「起きてください! 起き――」

「どうした?」


 騒ぎ続ける訪問者の言葉を遮るように、俺は扉を開ける。そこにはギルドの職員が立っていた。


「あっ、その、おはようございます! 緊急の依頼でして……詳しくはこちらを!」


 ギルド職員は、読み上げる時以外は依頼内容を口にしない。それは口頭で説明した結果、齟齬が発生するのを避けるためだ。俺は職員から依頼書を受け取り、内容を確認する。


――市街地防衛依頼

 この町の近郊まで、豚鬼を中心とした金等級の魔物を含む群れが接近中との情報が入った。今回、市街地の被害を抑えて魔物を討伐する事が依頼となる。集合場所はギルド前広場であり、作戦開始は本日太陽が昇った瞬間。


 報告によれば金剛亀や竜種の存在も確認されており、参加者の等級は最低でも銀以上に限定する。

報酬:結果と成果を勘案し、金貨一万枚を分配。


「なるほど、受けよう」


 俺は内容を確認すると、依頼書を巻いてキサラに投げつけた。彼女は内容を確認すると、慌てて身支度を開始する。


 職員は感謝を述べて、次の部屋を乱暴にノックしていく。緊急の依頼はこういった形で出されることが多い。


「……キサラ、行くぞ」


 俺は外套に袖を通し、準備に手間取っている彼女に声をかける。


「わっ、とと……ふふーん、お兄さんもワタシの重要性に気付いたようですねぇ?」

「お前も金等級の盗賊だろうが、人手はどれだけいても困らないからな」



――



 作戦開始時間までに集まったのは、金等級パーティが一組、銀等級が三組、白金等級は俺一人だった。早朝という事もあり、準備を終えていない奴らもいるはずなので、今の時点でこれくらい集まれば上出来と言っていいだろう。


 白金等級から銀等級までの人数比率は白金を一とした時、金等級が五、銀等級が一〇〇となり、銅等級以下は全てをひっくるめて二〇〇〇程度だ。この比率を元に考えれば、これから先、金等級以上のパーティが加勢に来ることは無いだろう。そう判断して、俺は金等級を中心とした防衛線を構築させ、自分とキサラは金等級以上の魔物討伐を担当することにした。


「よく考えましたよねぇ、コミュ障じゃ連携が必要な防衛部隊には参加できませんし」

「行くぞ」


 あおるような言葉をささやいてくるキサラに声をかけて、俺は両手剣に巻き付くバンデージの留め具を弾いた。


 刀身を見せた無骨な両手剣を握り、魔物の群れが迫る方向へと駆けていく。


「よーし、頑張っていきましょう。どうせお兄さん一人いても、防衛なんて連携が必要なお仕事できませんしねぇ」


 キサラの言葉は正しい。


 俺が一人で町の一角を守ったところで、大勢は変わらない。局所的な戦果では大局を動かすことはできない。俺の戦力を最大限生かすならば、取りこぼしがあることが前提で、最前線で可能な限り魔物の勢いをそぐことだ。


 街道まで出たところで、暁の薄明りの中、視線の先にくすんだ色の塊が見える。魔物の集団だ。俺は治癒力増強と持続治癒のスクロールを破り捨て、足を速める。


 回復役も騎士役も範囲魔法もない自分には、回復をしている時間がない。持続的な回復を先にかけておき、怪我に備えるのが最良の対応だった。


 魔物一匹一匹の姿を視認できる距離で、なおかつ道幅が広く、足元の安定した場所を選び、そこに陣取る。視線の先には豚鬼――醜悪な豚の頭を持った魔物が武器を手に雄叫びを上げている。


「歯を食いしばれよ」

「はぁー? お兄さんは誰に口きいてるんですかぁ? 凄腕のキサラちゃんにそんなこと言うとか、舐めすぎじゃないです?」


 接敵の直前、キサラに声をかけたがいつも通り自信に満ちた応えが帰ってきた。どうやら背中の心配はしないでよさそうだ。


「そうだった――なっ!」

「ブグギャアアアアアアッ!!」


 雄叫びと共に迫りくる豚鬼の先兵を、袈裟口から反対の脇腹まで一刀両断して、戦いは始まった。


 最初の一匹を切り殺したからと言って、集団の狂気に染まった魔物たちは止まる事は無い。だから俺は切り捨てた直後に一歩踏み込み、大きく横薙ぎに両手剣を振る。


「ブギィイイイイイイイイイ!!!」


 数匹の豚鬼が断末魔を上げ、首や腕が宙を舞う。そこで初めて集団の先頭あたりが足を止める。


――仲間が殺された。

――こいつは強い。

――殺さなければ。


 豚鬼たちの思考としてはその程度だろうか。という事はつまり、俺に敵意を向けている存在ばかりという訳だ。


「ブギィッ、ブギィイイッ!」


 案の定、俺に向かって豚鬼たちが殺到する。


 豚鬼は銅等級の魔物、束になって掛かってこられたとしても、それはたかが知れている。俺は両手剣を思う存分振り回して、なるべく目立つように戦いを続けていく。


「ブギャオ! ブギギィッ!」


 戦いを続けるうち、豚鬼の一部が声を上げて、俺を迂回するようにして先へ進もうとする。道幅が広い場所に陣取ったのは、足元が安定しているからというのもあったが、最大は俺を避けさせるためだった。


 街の防備は金等級が中心となっているし、銀等級はまだ増えるだろう。豚鬼程度ではたとえ一〇〇匹単位だとしても市街地に近づくことすらできないだろう。


 ……そう、豚鬼程度なら。


 俺はそうなるように動く必要がある。相手が向かってくる状況は体力も考えればなるべく避けたい。加えて、豚鬼よりも等級の高い魔物を探し出して、町に近づく前に倒さなくてはならない。豚鬼という雑魚が俺を避ける状況は、俺自身にとっても好都合だった。


「ふっ……」

「ブギャッ!?」


 距離を置き始めた豚鬼に飛びかかり、その顔面を踏みつけて周囲を見渡す。豚鬼の体格はそれなりに大きいが、金等級の魔物は大体が豚鬼よりも大きい。探すなら高い場所からのほうがいい。


「……居たな」


 視線の先に一つ目の巨大な魔物、単眼鬼を見つけて居る方向へ両手剣を振り回す。既に彼我の力量差を認識していた豚鬼たちは、俺を避けるようにして道を開けていく。


「はぁっ!」


 横方向へ一閃。単眼鬼の首を刎ね飛ばし、次の標的を探す。


「っ!?」


 その瞬間、小さな影が足元を駆けて行った。視線で追うと、赤い頭部が見える。レッドキャップ――赤小鬼だ。


 大きさとしては鉄等級の小鬼と大差なく、人間の子供程度の身長だが、その危険度は小鬼などとは比較にならない。


 残忍な性格で、身のこなしが早く、知能も高い。赤小鬼数体に銀等級のパーティが複数個全滅させられたという話もあるほどだ。


 どうにかして赤小鬼を町に到達する前に討伐しなければならないが、この密集した上に混乱している豚鬼の群れの中で追いかけるのは難しいだろう。


「グギャッ!?」

「くすくす、お兄さんのミスをカバーしてあげたんだから感謝してくださいよぉ?」


 赤小鬼が首筋からナイフを生やし、倒れる。キサラの投擲したナイフが正確に首筋を捕らえていた。


「ありがとう。助かった」

「ま、まま……ま、まあワタシに掛かればこれくらい楽勝――ぴぇっ!?」


 両手剣をキサラの頬を掠めるようにして突き出す。切っ先には豚鬼の顔面が刺さっていた。


「想像よりも豚鬼の数が多い。銀等級以上を狩りに行くぞ」

「は、はい……」


 微かに震えた声で彼女は答えると、切り開いた道を付いてくる。


 大型の高等級魔物を俺が、小型をキサラが処理をする。俺たちは最初に決めたセオリー通りに、魔物の勢いをそいでいく。実際に市街地を守る奴らの負担を下げるのが、俺達の役割だ。

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