第6話 市街地防衛2
あてがわれた部屋は複数人向けの部屋だったが、部屋の仕切りは無く、簡素なテーブルと椅子が二脚、そしてベッドが二つ並んでいるだけだった。
「調子が悪いなら寝ておけ」
「……うん」
俺はキサラをベッドに座らせると、椅子に座って装備をテーブルに並べ始める。
革のバンデージを巻いた両手剣を立てかけ、採取用のナイフ、外套、常備薬等が入った収納袋をテーブルに並べる。収納袋から道具箱を取り出して、一つ一つの装備を確認する。ほつれや欠けがあれば修繕か買い替えの必要があった。
魔法灯の光を反射させて、採取用ナイフの刃こぼれを確認していると、小さな歪みがあった。両手剣はともかく、採取用ナイフは消耗品だ。あまりに目立つようなら買い替えも視野に入れていいが、このくらいなら砥石で何とでもなるだろう。
手入れの必要なものを別にして、他のチェックへ進む。幸いなことに、回復薬の使用期限が迫っている以外は問題無かった。
「で、どうした?」
キサラに声をかけつつ、道具箱から砥石・油・布の三つを出して手入れしはじめる。彼女は部屋のベッドに腰掛け、浮かない表情のまま動こうとしない。
大体の見当は付く。あいつは元パーティメンバーで、何かしら仲違いをして追放なりなんなりされたんだろう。
「まあ、話したくないならそれでいい。ただ、俺はお前が何だろうと気にしない」
ゆっくりと反射を調整して、歪みが無いことを確認すると、俺は油をしみこませた布で全体を拭いていく。
刃物の油は多すぎれば刃が滑り、逆に少なければ刃が通らないし、刃こぼれも起こりやすくなる。微妙な調整が必要で、これは人ごとにベストな量が違う為、自分で見つけていくしかない。この手入れをどれだけやってきたかが、冒険者としてどれほど優秀か計る指標の一つだった。
「あいつ……昔、私が居たパーティのリーダーなんです」
手入れを終え、荷物の整理を始めた段階で、キサラがようやく口を開いた。
「私のミスで依頼が失敗して……えと、頑張ったんですけど……でも罠に気付かなくて、死人は出なかったんですけど……」
ぽつりぽつりと語るその調子は、消え入りそうなほどで、いつもの挑発的な物言いからはとても想像できなかった。
「そ、そう! あの時のリーダーが酷くて、ワタシの言い分何にも聞かないで、それで追い出したんですよ! それって酷く……ないのかなぁ……みんなすごく怒ってたし」
外套をドア近くのフックにかけると、俺は全てをしまい終えた収納袋と、両手剣を持ってベッド脇の壁に立てかける。明日出発する時はこの二つを持てば大丈夫だろう。
「やっぱり私、お兄さんと組むの迷惑ですかね? こんなダメダメな盗賊じゃ……」
寝る準備を終えた段階で、俺はキサラに向かい合うように腰掛けた。
「迷惑だと思ったことは無いな、あと、もう一度言うが、俺はお前が何だろうと気にしない」
「えっ、じゃあ――」
額を指で弾く。とてもいい音が鳴った。
「ぎゃああああああああああああ!!! 何ですか!? 今完全にこれをやる流れじゃなかったでしょ!!?」
「いや、元気が無いなと」
「デコピンされて元気になる女の子がどこに居るんですか!?」
随分元気になったように見えるが。とは言わないでおいた。
「っ……何にしても、お兄さんにそういうこと聞くこと自体が間違ってましたね。陰キャでぼっちなお兄さんに構ってあげる人なんて、ワタシくらいしか居ませんし?」
「ああ、そうだな」
俺はそう答えると、背を向けてベッドに横になる。古びたスプリングが、少し過剰なほど身体を優しく包み込んだ。酔うほど飲んではいないはずだが、今日はぐっすりと眠れそうな予感がする。
「そうですよぉ、お兄さんはもっとワタシに感謝――え? ちょ、ちょっとお兄さん」
キサラは俺の言ったことが気になるのか、背中越しに声をかけてくる。しかし俺は鬱陶しいので無視を決め込んだ。
「いや、そうは言っても白金等級だけあってパーティを組もうとかそういう話もあったんじゃないですか? ほら、お兄さんも冒険者生活長いですし」
「……」
「え、嘘っ? もう寝てるとか寝つきよすぎないです?」
――
翌日以降も、難度の高い依頼は張り出されることはなく、俺達はただ掲示板とにらみ合う日々が続いていた。
「あっれぇ? お兄さんってば依頼を選り好みしてるんですかぁ? 腕が立つからってお高くとまり過ぎじゃないですぅ?」
キサラの言う事は半分は当たっている。冒険者と魔物に等級があるように、依頼にも革から白金まで等級がある。俺はその中から金等級以上の依頼しか受けないことにしていた。
理由としては後進の育成機会を奪わない配慮など、いくつもある。その中で、下級の依頼は誰でも受けられるが、金等級以上の依頼は受けられる人間が限られて来るから、というものが最も大きい。
加えて、金等級以上の依頼は緊急性も高く、即応することが求められる場合が多い。依頼を出したが受けられる人間がおらず、守るべき集落が破壊される。などという状況には、極力陥らないように心掛けなければならないのだ。
「そもそもワタシと二人なんだから、受けられる依頼がそもそも……」
キサラが言葉を切ったのを不思議に思い周囲に気を配ると先日のパーティが依頼を物色していた。確かリーダーはロウエンという男だったか、等級は銀で、この間見たギルド登録者目録では、中堅あたりの評価だったはずだ。
「依頼番号『銀ー〇一〇四』を受注したい。パーティの識別票は……」
彼は俺たちを気まずそうに一瞥した後、この町近郊で発生した豚鬼の討伐依頼を受注したようだ。黙りこんで震えているキサラを撫でてやりながら、それとなく視線で追うと、彼らは俺たちに構うことなくギルドを出発していった。
「もういいぞ」
「……」
頭を二、三回つついてやると、キサラは周囲の様子を窺ったあと、大きく胸を張った。
「ふ、ふふふ、お兄さんってば、ワタシへの気遣いができるようになったじゃないですかぁ。この調子なら友達の一人くらいは、なんとか出来るんじゃないですかぁ?」
「要らないな」
パーティを組む利点は考えるまでもない。総合火力、対応力、弱点補完……むしろこれらの利点はソロで活動するデメリットをありありと示している。
だが、俺はソロを貫いてきた。欺瞞に満ちた会話や薄っぺらい信頼を信じたところで、最終的に待っているのは裏切りや追放なのだ。俺に言わせれば結局のところ、実力がものをいう冒険者稼業では、他人という不確定要素は、足枷でしかない。
「うえぇー、お兄さんって陰キャでぼっちな上にコミュ障じゃないですかぁ、もしかしてコミュ障だから陰キャでぼっちになったんですかぁ?」
「否定はできないな」
小馬鹿にしたような調子でキサラが俺をなじるが、言い逃れができないので、そのまま受け取る事にした。
「クスクス、お兄さんかわいそー……っ!?」
そのまま俺への嘲笑を続けていたキサラだが、何かに気付いたように自分の額をさっと手で覆った。
「どうした?」
「またデコピンされるかと……」
「今そんなことするわけないだろ?」
「いやいや、お兄さん結構やりますよ……」
「そうか?」
キサラの話はともかく、俺は今日も身体を動かした後に酒場へ向かう事にしたのだった。
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