真珠を産み出す貝になりたい

世界には貝殻の中で真珠を産み出す貝がいる。


あの真珠はもともと、貝の中には無かったものでできている。貝が体内に入ってきた異物を、貝殻と同じ成分で何層にも積み重ねること(こうして出来たものは真珠層と呼ばれる)によって、あの真珠は生まれるのだ。


貝は吐き出すことができない異物をそのままにせず、真っ白で綺麗な美しい宝石へと作り変える。


その過程にこそ美しさがある。真珠はもちろん美しい。だがそれは見た目だけだ。子供の頃は夢中になっていたビー玉のようにいずれは見慣れ、飽きが来る。だがその真珠を産み出す仮定は違う。それは永遠の美だ。決して飽きることなどない『在り方』だ。私はそれに憧憬を抱く。


知性を持たない甲殻類の行動に、なぜ憧れを抱くのか。その理由を話す前に、貝と私の違いを述べよう。


当たり前だが、貝と私は別の生き物で、生物学上の分類はもちろんのこと、異物を取り込んだ時の行動もまるで違う。

私は異物が中に入ってきた時、吐き出せないとわかったなら意図的に無視を行う。異物が気にならなくなるまで、意識することさえなくなるまで無視をし続けるのだ。


この異物は食べ物や飲み物などではない。私にとっての異物とは、私を否定する全てのものである。


私の言葉を無視するもの、私に対して一方的に毒を吐き出してくるもの、私が大切にしてるものを笑うもの…それら全てを私は、『汚い』と吐き捨て、敬遠し、侮蔑する。


汚いものを敬遠するのは自然なことだろう。だから私は私の在り方に対して、何ら問題を抱かない。当たり前のことをしているだけなのだから当然だと、言えてしまう。


だが…しかし、貝を思うと私の心には羨ましさと悔しさの波が押し寄せるのだ。もっと良い『私』になれるのではないかと、自問する声が警鐘のように聞こえてくる…。


貝は自分の体内に必要のない汚いものを使って、この世にたった1つしかない輝ける物を産み出している。私が貝に憧れを抱く理由はそれなのだ。


汚い物に触れるのを嫌がりただ『汚い』と吐き捨てることしかできない者と、誰の賞賛を受けるわけでもないのに汚い物を自らの力で美しいものに変えていく者。私は前者だ。ただ生きているだけだ。


私は貝には程遠い。汚いものを取り込んでも、それを利用して綺麗なものを産み出せる力など私は持ち得ない。だが…憧れはある。


私は、『産み出すもの』になりたい。


私は私から掘り出せるものだけではなく、外から侵入した異物さえ噛み砕き、私のものにして何層にも言の葉を重ね、それを1つの作品として世に出す。そうして生まれたものはきっと、白く眩い輝きを放つだろう。


汚物を取り込み、私の言葉でそれを私のものに変える…そしていつか私の殻を開き、私だけの宝石を取り出すのだ…そんな日が来れば、どれだけ嬉しいことだろう。

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