1章12話 想定と祈り


「楽、仕事が終わったみたいで犬村のおばさんには連絡取れたよ……事情は伝えておいた。結論から言ったらこのまま五人で確認だね。一応近隣の保健所とかにも連絡はおばさんのほうでするからって。後、凄いありがとうって言われて、今度お礼に伺うからってさ」


 俺が確認のために店の中に入って話を聞いている間に、茜が犬村のおばさん、つまりは絵美と絵夢の母に連絡を取ってくれていて、その結果を知らせてくれる。

 二人は電話越しに叱られたようで、先程より少ししょんぼりとしていた。


「あー、乗り掛かった船だし気にしすぎなくても良いんだけどなぁ。こっちも確認取れた。ナビするからまた頼めるか? 車で15分程度、犬の移動速度はわからんけど、闇雲に探すよりは、な」


 そして、こっちの結果も思った通りだったことを伝え。後は実際に行ってみるしか無いが、十中八九あたりではあるだろう。問題はどちらかというと、トラさんの帰巣本能かもしれなかった。


「うん、正直良くわかっては無いんだけど、トラさんの行き先はわかったのね?」


「あぁ、多分でしかねぇけどな? ひとまず天気も崩れる予報だし、降ってくる前に車に乗っちまおう」


 その後、車に乗り込むとすぐに、気になっていたのだろう、詩音が不思議そうに俺に尋ねてくる。


「楽さん、確認って何を確認してきたの? なんで?」


 それに、俺は頷いて、答えた。


「まぁ、そんな大したことじゃあねぇよ。ただ、詩音よりはこの辺に詳しいからな」


「私も正直分かってないんだけど? とりあえずどこに向かえばいいの?」


 茜がエンジンをかけながら、そう尋ねてくる。


「山と街並みの夜景が見えて車が走ってると言えば?」


「あぁ、山麓さんろく線のどこかってこと?」


「そ、まぁそれだけだとビーナスラインや他のとこもあるかもしれないけど、住宅があって、散歩コースにラーメン屋があってみたいなのはそっちじゃねぇかなと」


 少しの会話で茜も思いついたように、山麓線と呼ばれるのはこの近くの地元民なら知ってる道路で、駅周辺よりも標高が高いので夜は綺麗な景色が見えたりもするのだった。


「じゃあとりあえずそっちに向かうね」


「あぁ、頼む」


「ねぇねぇ、そこにトラさんの元のお家があるのかな?」


 茜が車を発進させると、絵美がすこし不安げに尋ねてきた。


「あぁ、この辺りで保護されたって事だから、それなりに近くだって前提だけどな。流石になんで今?ってのはわかんねぇが」


 想像は出来ても、流石に犬の視点はわからない。

 いや、もしかしたら詩音ならわかることもあるのかもしれないが。


「ラーメンが関係あるの?」


 そう思っていたら詩音が今度は質問を投げかけてくるのに、俺は頷いた。


「ああ、まぁ半分当てずっぽうだけどな。詩音が話してくれたのがトラさんの記憶だとしたら、それはいつもの散歩風景だったりなのかなと思ってよ」


「うん、わからないけど、感じたのが懐かしい、だったから多分そうだと思う」


「あぁ、だとするとトラさんはあの場所で何かでその場所を強く思い出したんだろ? そんでな、あの店は魚介ベースなんだよ、塩や醤油、味噌やとんこつじゃない。この辺だと少し珍しいんだ」


 駅前などには勿論なくはないが、山に囲まれた街の事情か、比較的珍しい。

 ふうん、と詩音が少し感心したように相槌を打つのに照れ臭くなりながら俺は続けた。


「後はもう一つ思ったのが、だるまだ。縁起物だから時々置いてあったりはするけど、あの店のだるまは少しだけ特徴があったからな。詩音が同じだるまって言ったからもしかしたらと思って聞いてみたら、案の定、兄弟店があるらしい、山麓線沿いにな」


「だるま? そんなに変わってたっけ?」


「うん、だるまに小さい魚がくっついてたから」


 茜の疑問に詩音がそう言葉を発した。

 それに俺も補足する。


「あぁ、詩音がだるまの時だけ、さっきの店のだるまを指差して言ったろ? それで俺も見たんだが、ちょっと市販じゃ無さそうだったからな。知り合いに彫ってもらったものらしい。だからとりあえずその場所まで行って……後は黄色い屋根とクリーム色の車だけどな、そればかりはもう探すしかねぇな」


「探す!」「うん、黄色い屋根だね」


 俺達の会話を聞いていた絵美と絵夢も、先程叱られてしょんぼりしていたのを忘れて元気を取り戻したようにして言った。


「そこからは足を使う感じなのね」


「まぁ流石にな、でも、詩音の話的には家と同じ位の感覚で『懐かしい』だったなら、その店で聞いてみたら、何かわかるんじゃねえか? ただ……」


「ただ?」


 続けようとした言葉は、あえて言う必要もないかと思い俺は首を振って、もう一つ気になっていたことを告げる。


「いや、天気も少し崩れそうだから、すぐ見つかるといいんだがな、と思ってな」


 起きた時には存在を主張していた太陽も雲に隠れてしまっている。そんな、少し暗くなりつつある空を見上げて、天候の不穏さとは関係なく、無事見つかることを俺は祈ったのだった。

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