魔王に手折られた勇者

城間ようこ

第1話

「……とうとう魔王城の内部だな……恐ろしいくらいに魔物の気配を感じないが……」


女勇者ガレナは小さく身震いした。その肩を戦士マクシーが力強く抱いてみせる。


「魔王も家臣を犠牲にしたくないだけだろう。もしかしたら魔王自身も震え上がっているかもしれないな。二百年ぶりにエクスカリバーを手にした勇者が、最強のパーティで挑んでくるんだから」


「マクシー……そうだな、私は魔族や魔物から人々を救う。こんな悲劇はここで終わらせるんだ」


「ああ、そうしたら次は俺達の結婚式が待ってるぞ」


ガレナが、かっと顔を赤らめる。僧侶と魔法使いの冷やかすような視線を背中に感じて、慌てて気持ちを切り替えた。


「──この扉の向こうに魔王が待ってる!行くぞ、皆!」


いかにも重厚な扉は黒々として、闇への扉のようだ。押し開こうと手を伸ばすと、扉は奇妙な事に触れるより早く軋みながら開いた。


「──来たか、女勇者よ。お前を待っていた」


「魔王……!」


獅子が巨大化したようなモノが、玉座からゆったりと立ち上がったのが見えた。そのモノの背後では何かが蠢いている。


躊躇う隙は与えない。むしろ相手が油断しているかのごとく悠然と佇んでいる今こそ好機。ガレナは駆け出してエクスカリバーを魔王に向けた。──だが、そこで信じられない事態が起きた。


「──何?!エクスカリバーが……!」


ガレナは目を見張った。ありえない光景を眼前にして凍りついた。


しかし、確かにガレナが魔王に斬り掛かろうとした時、魔王の背後から四本の触手が伸びてきてエクスカリバーに絡みつき、──時間にして人がまばたきする瞬間程度、その刹那にエクスカリバーをへし折って、床に落ちる金属片でしかない物に変えてしまった。


試練と命運を共にして戦ってきた得物を、あまりにも容易く奪われ、喪い、愕然としている間にも触手が魔の手を伸ばす。


「くっ、何なんだ!この触手の硬さは!」


「魔法が通じないわ!助けて!」


「祈りが神に届きません……!」


ガレナが我に返った時には、パーティの皆が──戦士マクシーも魔法使いユンディも、僧侶ハーニアも触手に絡め取られて身動きが取れなくなっていた。


そして、残る一本の触手がガレナを非情にも捕らえる。


魔王は何の感慨もなさそうに、ガレナの仲間達を時空の歪みの向こうへ放り投げていった。


残されたのはガレナのみ。


「くっ……仲間達をどこにやった?!」


「人間界に送り返してやっただけの事。今頃は国王の前で無様に倒れ込んでいるだろうよ」


「なぜ私だけを残して……この、こっ……一人生き残るくらいならば死んだ方がましだ!私を殺せ!」


「何、殺すまいよ。我が求めていたモノがようやく手に入ったのだからな。……感触はどうだ?触手の微細な毛は針になり、お前の全身から自害する気概を奪う物質を流し込んでおろう?」


「……っ!」


自身の、触手でガレナを捕らえた魔王は、そのままガレナを連れて歩み出した。


長い回廊を行き、地下への階段を降り、蝋燭が妖しく照らす中でガレナを待ち受けていたのは、拘束具の揃えられた地下牢だった。


「お前……私をどうする、気だ……!」


触手から注がれる物質で激しい倦怠感に襲われ、意識も朦朧とする中で、ガレナは声を振り絞った。


すると、魔王は──笑ったのか?口元が微かに上向いて歪んだ。


そうして、にわかには信じ難い事を言ってのけた。


「人間界の国王と和平を結んでやった。お前という勇者は平和な世界では用済みだ。代わりに、国王はお前を私の花嫁とする事を認めた」


「なっ……?!」


花嫁?魔王の?──私は勇者だ。エクスカリバーを手にして死闘を繰り広げ、魔王に挑みに来たのに──国王は、その間に私を見限っていたのか?


「この地下牢でしばし、身を休めるといい。満月の夜に備えて、な。」


「お前っ……何を……する気で……」


身の毛がよだつ。動かせない体に拘束具が取り付けられてゆく。そして地下牢には相応しくない見事な寝台に横たわらせられた。


魔王は満足そうに見下ろし、一言告げた。


「花嫁とは、初夜を迎えるものであろう?」


初夜?魔王と──魔物と何をする?


私には、そもそもマクシーという将来を誓った相手がいるだろう。


ガレナの脳内は重苦しい程混沌としている中で、動揺を来たした。


マクシーは既に人間界へ送り返されている。ここに人間はガレナ一人しかいない。ガレナを救う存在はないのだ。


「旅の疲れもあろう。今は眠るといい」


「なっ……私……は……」


魔王の一言は何の魔法なのか、凄まじい睡魔がガレナを襲った。


そして、抗う事も叶わず、ガレナは深く長い眠りに落ちていったのであった。


それを見届けた魔王は、側近に命じた。


「交尾には体力が必要だ。この雌には力こそあれど、どうにも栄養が足りておらぬ。長旅のせいであろう。しっかり滋養を与えておくように」


「はっ、仰せのままに……」


待ち望んだ花嫁となる雌を手中に収めた魔王は、ガレナを見やって低く唸るように笑い声を立てたのだった。


満月まで、あと数日。

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