イロメガネ

かわくや

電車に揺られて

 ガタンガタン、ガタガタガタガタ……


 「……ハッ!!」


 揺れる電車の中。ずり落ちそうになった頭を、持ち上げる。

 

「危ない危ない……いつの間に寝てたんだろう」


 未だかすかに脳にまとわりつく陶酔感。

 それをかぶりを振って追い払うとともに、僕はずり落ちた眼鏡をもとのところに押し上げた。

 ふと気になって辺りを見渡せば、そこにはガランと空いた車内。

 妙だな。

 その景色に僕はそんな感想を覚えた。この電車が向かっているのは、仮にもこの日本で首都とされている地域の筈だ。僕が眠りに落ちる前にはかなりの人が乗っていたのも、「隅とは言え、やはり首都は首都か」などと考えていたのだが、この感じを見る限り、その予想は間違えていたのだろう。

 それにしてもこの静けさ……


「やっぱり、あの噂はホントなのかなぁ。」


 僕はそう呟き、スマホの検索エンジンから既に開いていた一つのページを呼び出した。

 そこには、暗い赤と、金色の文字で描かれた「千夜ヶ原学園」のヘッダー。

 そう、この私立 千夜ヶ原学園こそが、この電車が向かう先であり、今年の四月……なんなら今日から僕が世話になる学校でもある……のだが。

 まっことひそやかに、ではあるが、この学校には、ある二つの噂が囁かれていた。

 

 曰く、年に数人。入学したは良いものの、何故か卒業してこない人間が居る。とか。

 それはもちろん、留年したとかそういう話ではなく。


 そんな物騒なうわさが流れる学校ではあるものの、意外にもその生徒数で困るような様子は今まで一度もなかったらしい。

 軽く調べてみれば、定員割れはおろか、二次募集があったこともない。

 なぜそんな物騒な噂があるにも関わらず、そこまでの生徒が集まるのかと疑問に思ったのだが、それにはどうやらもう一つの噂の影響が大きいようだった。


 曰く、卒業した者は成功への道が開かれる。とか。


 この噂単体で聞くのなら、「何を馬鹿な」と一笑に付してしまいたくなるような内容ではあるのだが、いまだ何もつかめていない前者とは異なり、どうやらこちらの噂はある程度の整合性は既に取れているようだった。というのも、今この国、日本で与党や大臣をしている様な人間。加えて、名高い企業の社長や、部下。そう言った所謂『成功』している様なグループには、必ずと言っていい程、ここの出身であると公言している人間が居る。

 それは、学校側に何かコネが有るのか、そういう教育をしているのか。はたまた賄賂でも贈って経歴を詐称させているのか。

 考えれば、いくらでも可能性は出て来るものの、その可能性がわずかでも有るということこそが、未来に夢を見る少年少女の心を引き付けるのだろう。

 あいにく、僕はそんな向上心とは無縁の人間ではあるのだけれど。

 

「……はぁ」


 そんな自分の現状を思い出して、僕はため息を吐いた。

 まさか面白半分で受けた記念受験に受かるとは……完全に予想外だった。

 確かに頭のいい学校の方が将来の助けになるというのは理解しているつもりではあるのだが……正直困ってしまう。

 だってそうだろう。僕の学力はせいぜい中の上といったところが関の山だ。それが自分のランクより遥か上の学校に受かってしまったとなればやはり努力をするしかない。

 それなら既に受かっていた公立の高校にでも行けばよかったのだが……何故か。本当に何故かではあるのだが、学費免除という破格の特待まで貰ってしまったのだ。

 地元に置いてきた家族と兄弟のことを想うのならやはり金がかからない方を選ぶべきだろう。

 

 ……などと、これまでしょうがなく来たというような言い方をしてきたのだが、実は僕にとっても一つ望むものがあった。

 というのも……


「ここでなら、僕も何か変われるのかな」


 そんな願いを胸に、僕は再び電車の振動に身を任せた。

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