自信と覚悟 エピソードファイナル あの味をまた

鈴木 優

エピソードファイナル 

    自信と覚悟

                 鈴木 優

     エピソードファイナル あの味をまた

 あれから週末だけ、束の間の時間 片道約1時間あまりの行き来が続いていた

 最初の半年は週末が待ち遠しい思いだったが それが、段々と減っていき 1年が過ぎようとした頃には、月に2度程になっていった 

 決して気持ちが冷めたと言う事では無く 運転手になった為、仕事が不定期になり身体がキツかった為でもあった そんな言い訳...

『愛があれば』なんて言うのは物語だけの世界 現実は色々なしがらみや、世間体など

 あーちゃんは親戚の家で監視?状態

 そんな2人の時間がどれ位経った頃だろうか

『優君、叔父さんがねー縁談の話があるから 会って見ろと言ってるの どう思う?』

 仕事関係の付き合いがある所の次男坊らしく、もう親にも話は通っていて、後はあーちゃん次第 世話になっていると言う事もあり邪気に断れないと言う事情もある話しと思いを聞かされた

 タバコに火をつけながらコーヒーを一口

『ま〜立場がそうなんだから、会うだけ会って適当に断ればいいジャン』

 "あーちゃん ごめん 本音は そんなの辞めちゃえよ 今直ぐにでも帰ってこいよ"

 時間だけが過ぎて行き、気がつくと東の空が開けて行く様子が見えていた

 気の利いた事の一つも言えなかった日から普通に連絡だけはとっていたが、3日おき、十日おき、と間が空くようになって行った 時間だけが過ぎて行く

 半年を過ぎようとしていた頃、あーちゃんからの電話

『あのね〜優君...』

 暫く間を置いて 意を決したように

『私、私ね 秋に結婚するの』

 受話器を持つ手が震えていた 目の前が真っ暗になって行くのを生まれて初めて経験した 

 そのまま何も言わないままそっと置いたが、手が離れない 

 そんな様子を見て、普段とは違う唯ならぬ雰囲気を察知してか、親父が一言

『仕事、最近はどうなんだ』

 有り難い話だったが、今は、今は何も聞いて欲しく無かった

『うん』

 ただそれだけが精一杯の気持ち、言葉だった

 

 あれから十年、人並みに?それなりに幾つかの恋愛をして 仕事も運転手から廃車係の事務職に変わっていた あの時の車も、普通のセダンに変わっていた

 それでも、夜明け『明』とか美しいの『美』とか数字の『1209』とか見かけると思い出すワード?

 人への思いとは好きになると言う事は、その人が何をしてようと、何処で誰と居ようと決して変わらない ただ幸せでいてほしい

 "女々しい"話のようだが

 

 会社の飲み会での事、先輩のやっこから、こんな話しを聞いた 

 それは あーちゃんの兄貴との共通の友人を返しての事らしい

『優 あーちゃん居たろ〜お前の元カノなァ あの子今どうしてるか聞いてるか?』

 素知らぬ振りをしていた

『あの子な〜アレから3年程してから離婚して、こっちに帰って来てるらしいわ 今は、近くにアパートを借りてスタンドで事務やってるらしいぞ』

 やっこには悪いけど『そうなんですか〜』

 素知らぬ振りと言うか、嘘をついていた

 あの街の事はよく知っていたし、今はちょっとした観光地 あの時2人で乗ったボート乗り場も、とうの昔に無くなっていた

 "そうか〜あのスタンドの事務員なんかして暮らしているんだ"

 元気でさえいてくれているだけでよかったはずだった

 

 親父が叔父の所へ用事があるようで 俺が一緒に行く事になった 面倒臭そうに返事をした物の 本心はそうでは無かった

 そう、あの子が居るあの街だ 妙な期待と不安

 叔父の所へ送り届けた後、懐かしい街並みを見ながら

 給油の為スタンドへ向かう 一昨日入れたばかりだったが それが目的では無かった

 町外れの小さなスタンド 近くにセルフ式の大きなやつもあったが

『満タンで』

 灰皿を渡し、フロント窓を拭いてくれている ついでに、時間稼ぎでボンネットを開けて簡単な点検を頼んだ

 事務所に目をやると、此方を見ている人が居る 

 その子はその手を停め、じっと此方を見ている

 もうあの頃の少女から女に変わろうとしていた姿ではなく、立派な"女性"になっていた

『優君 どうして?』その顔には驚きと懐かしさを感じとれていた

 差し出したその手は、あの時のあーちゃんの手だった 取り敢えず、携帯の番号を伝え仕事も今は運転手から事務に変わった事を伝えた 

 窓を拭いてくれているオッちゃんもいたし 色々と...

 その日の夜 あーちゃんから早速電話が来た 携帯からだった あのまま別れてしまった事、離婚して帰ってきた事、今の仕事の事 色々と話してくれた

 俺はあの時、ろくな返事も出来なく気持ちを受け止めて上げられなかった事 情けなかった事を詫びるしか無かった

 それからは普通に、本当に普通にあーちゃんとの時間が過ぎていった

 俺は日々仕事をこなし、アパートに帰る

『そうか今日は、カレーの日』かァ〜

 ただ一つ変わった事と言えば、目の前にはあーちゃんが居て 一緒に特製カレーを食べていると言う事と"3人家族"になると言う事

『明日は久し振りに実家に行ってみようか』

 

 頬を少し赤らめ、初めて見たあーちゃん 

 あの日から約三十年が昨日のように思えていた

 ベランダからは綺麗な星空が見える

『優 明日もきっと天気だね〜』

 

                  完

 

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自信と覚悟 エピソードファイナル あの味をまた 鈴木 優 @Katsumi1209

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