〇九一 恋仲にならなくても(回想1/7)
回想。
帝立学園に入学したばかりの頃、自分が『主人公』であると察したユウヅツは、まだ自分の身の振り方を定められていなかった。
ゲームでは、『主人公』がメインヒロインであるウハクと交流を深めて恋仲になり、ステータスを上げて優秀さを認められ、皇婿になるのがハッピーエンド。
普通に考えれば、そのハッピーエンドを目指すのが王道なのだろう。
問題は、ユウヅツがとてもそんな器ではないということだ。
「ぅぅ〜〜……」
定期試験の結果を見ながら、ユウヅツは頭痛がしてきた。お世辞にもよろしくない。これが今のユウヅツの限界だった。
(……というか俺、『夕也』になってからアタマが悪くなった気がする!)
ユウヅツはちょっと泣きそうだった。
前世の記憶を取り戻す前のユウヅツは、計算だってもうちょっと早かったはずなのに。入学して初の試験では、緊張のせいだけにできないくらい能力が発揮できなかった。
兄に鍬で殴られた頭の打ちどころが悪かったせい……かと最初は疑っていたのだが、どうも違う。大学生だった『夕也』もこんな感じだったから。
ユウヅツは前世の知識と引き換えに、脳みその回転の早さを失った可能性があった。
だって、この世界がゲームの通りなら、『ユウヅツ』は学園の上位層に食い込めるくらい成績が伸びる余地があるはずなのだ。なのに、とてもじゃないが今はそんな感じがしなかった。
なんというか、これまでは頭の中に空の引き出しがたくさんあって、好きなところに新しい知識を入れられた。どこに何の情報が入っているかもラベリングできた。
なのに今は、引き出しは少ないし開け閉めしづらいし、中身がゴチャついているし、仕舞ったファイルが目を離した隙に消える。
一方で、歌や運動はむしろ得意になっていた。領地から帝都に琵琶は持ってこられなかったが、なんだか運指の調子もいい。
どうも現在のユウヅツの中身は『夕也』に寄っているようだ。
「……ゲームとか関係なく、成績は良いに越したことないのに……」
ユウヅツは卒業後は実家から放逐される。身寄りもないし頼れる相手もいない。絶対に自活しなければいけないのに、成績不振は致命的だった。
「…………」
生きて卒業できれば、の話だが。
トカクの脳裏に、ゲームの『バッドエンド』が浮かぶ。トカク皇子殿下に斬り伏せられる自分の姿だ。
先日の舞踏会でウハクとダンスを踊った時は、単に、これをキッカケにお友達になれればと思っていた。
だが、どうやら自分は悪手を打ったのだと、ユウヅツは周囲からたしなめられて悟った。ダンスの誘いは、お友達の第一歩ではないと。姫君と踊るのはあんまり良くなかったらしい。
「ゲームに無いし、領地でも習ってないし、知らないよ……」
ユウヅツは机に突っ伏した。
「…………」
ユウヅツは、自分がこれからどうするか決められていなかったが、ひとつだけ確かなことがあった。
『皇婿にはなれない』——つまり、ウハク皇太女殿下と恋仲にはなれないということだ。
……いや、仮にユウヅツの頭の出来が今より良くて、「おまえなら皇婿にふさわしい」と言ってもらえるものだとして。だからといってゲームのシナリオをなぞり、『ウハク皇太女殿下』を攻略するかと言ったら、それは別の話なのだ。
ウハク皇太女殿下とは、まだあまり話したことがないが、ゲームをプレイした限り悪いひとではない。キャラクターとしては好きだ。
だからといって、じゃあ恋仲になってやろうと近付くのは、すごく不誠実な気がする。
そもそも俺なんかが、恐れ多い。
となると、ウハクと接触しないようにするのが吉?
だが、ユウヅツはゲームで知ってしまっている。彼女の苦悩を。皇太女の重圧に耐えきれずにいる少女の苦しみを。
本当ならゲームの『主人公』が掬い上げ、癒してあげるはずだったのに、ユウヅツのせいで行き場がなくなっている。
ユウヅツは皇婿になるのを「俺には無理」で避けようとしているが、ウハクは責任から逃れられないのだ。生まれた時から決められているから。
お忍びで街に出ていた彼女を道案内した時の、あの気弱そうな姿が素に近いのだろう。それを、虚勢を張って統治者たろうとしている。
それを放置するのが、はばかられた。
「……よし! お友達作戦で行こう」
ユウヅツは勢いよく立ち上がった。勢いをつけなければ椅子から動けそうになかったからだ。
ユウヅツは使用人に「学園の自習室で勉強してくる」と言い置き、家を出た。
ユウヅツは思う。
……ウハクに必要なのは婚約者なんかではない。あれはスタ☆プリが『恋愛ゲーム』である都合だ。
本当にウハクに必要なのは政治と無関係な人間との忌憚なき交流であり、親しい者からの励ましであり、共感であり、理解者だ。
そんなのは恋仲にならなくてもできる。
「入学直後に行われる試験……、結果が振るわずに落ち込んでいる皇太女殿下を校内で見かけて、お声がけするイベントっ! これをうまく利用して、まずはお姫様のお友達になる!」
——という。
ユウヅツの、失敗することになる作戦が始まったのだった。
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