〇五六 コソコソ

 


 寝ている間に船が出航し、もう港も見えないらしい。トカクは「そうか」とだけ答える。

 祖国を名残惜しむ感性が忙殺されていた。懐かしめるのは数日後あたりになるかな、と思ったり。


 トカクはゆっくりと朝食を取りながら侍従からの報告を受ける。ひさびさに余裕のある午前だった。


「皇太女殿下。この後はいかがされますか。本日の予定は空けておりますが、語学の時間などを入れることもできます」

「そうだな……」


 とトカクは考えるそぶりをしてから。


「ハナ嬢達……学院で側仕えをしてもらう者達から、共に勉強をしないかと誘われていた。何かするなら、彼女達の意向も聞きたい。この後は彼女達のところへ行く」

「呼び立てましょうか」

「いや、昨日は追い返してしまったし、今日はワタクシみずから出向こう」


 とトカクは決めると、支度を命じた。


 トカクはウハクと同じことを学んできているが、どうしても女子と男子で細部は異なる。特に礼儀作法だ。そのへんの矯正は船での移動中にできると思っていたので、城にいた間トカクは大陸の礼儀作法などについてノータッチだった。

 淑女教育を受けてきた令嬢達と並んで練習できるならそれに越したことはない。


 あと今日は、リゥリゥ含めた宮廷薬剤師の面々への挨拶がてら顔を出したい。それに、ユウヅツの野郎が女所帯に馴染めるかはトカクにとっても問題だし未知数だ。まだ一日しか経っていないが、どんな感じかは後で聞いておきたい。


 トカクは支度を済ませると船室の外に出た。


 留学隊の面々は揃って中央広間にいると聞いたので、そこに向かう。


 通路を歩いていると、歓談する少女達の声が聞こえてきた。キャアキャアとかしましく騒いでいる。


「あ」


 広間には、六人全員が揃っていた。ハナ含む五名の令嬢達とユウヅツである。

 華奢な令嬢の中に混ざっていると、「男がいる」異物感でユウヅツは目立つ。


 六人は中央の大きなテーブルを囲んで、ペンを片手に紙を広げて楽しそうに何やら話し合っていた。


「…………」


 あのバカ、もう馴染んでる!


 早え~と思いつつ、トカクは六人のもとへ近づいた。


「! 姫様」

「!!」


 ひとりがトカクの来訪に気付くと、六人は一斉に立ち上がってトカクを出迎えた。


「よい、楽にしろ」

「おはようございますわ、姫様。ご加減はいかがですこと?」

「ああ、充分に休養は取れた。今からライラヴィルゴ語で読書会でも、と思っていたのだが……いそがしかったか」

「いいえ! 素敵ですわね、是非ご一緒させてくださいまし。ああ、でも……ネッコさんとユウヅツさんは、ライラヴィルゴ語の覚えが無かったのではなくて?」


 ハナは心配そうに眉尻を下げて背後を振り返った。


 ちゃんと情報共有もできている、とトカクは感心する。出航前にトカクの方から令嬢達に「ユウヅツって奴が入るからよろしくな」程度に頼んではいたが、ちゃんと面倒を見てくれていてほっとした。


「そうか……。……では、今日のところは大陸共通語での読書会にしようか? 初日くらいは、親睦を深めるのを目的にしてもよいだろう」

「まあ、姫様ったらお優しいこと! でもよろしいのですか? ライラヴィルゴ語で読みたい本がおありだったのではありません?」

「船路は長い。いつだって読めるさ」


 トカクは髪をかきあげた。それが『トカク』のしぐさになりかけて、トカクはあわててウハクの仮面をかぶり直す。

 いけない、ボクはウハク、ボクはウハク……。


「……では談話室で」


 にこっ。と微笑んで見せる。


 連盟学院で長い時間を過ごすことになる。そうでなくとも、ウハクと華族令嬢とのつながりは強固にしておいた方がよい。

 トカクは社交に取り組んだ。




 それから数日、トカクは連盟学院の予習に励みつつ、女の礼儀作法を学んで『ウハク』の変装の完成度を高めていった。


 ユウヅツはと言えば、令嬢達と楽器を弾いたり書き物をしたりと、トカクが見かけるたび友好的に過ごしていた。正直ありがたい誤算だ。不和があると面倒くさい。


 にしてもアイツ、やっぱり女に対する人付き合いにだけ特効がないか? 懐に入るのが早すぎる。トカクはいぶかしむ。

 ……ユウヅツが馴染めなかったら、の心配はしなくてよくなったが。まさか、ユウヅツをめぐって令嬢達がいがみ合うような事態が起きたりしないだろうな……。


 トカクは自分はいったい何の心配をしているんだと思いたかったが、奴が『主人公』という立場である以上、ありえないとは言い切れない。ウハクの執着の仕方も異様だったし。


 今のところはユウヅツが令嬢と二人きりになったりということはなく、大人数でしか交流していないようだが、……もしも二人きりで会うような動きがあったら要注意だな。トカクは思考をそう締めくくった。


(……それはそれとして、あの六人、いつもコソコソ何かやってんだよな……。……隠しごと?)


 トカクは、幼少期のウハクが自室に野良猫をかくまっていた時のことを思い出していた。ふとトカクが近付くと、あわてて何かを仕舞って、何もないふりをするような。


(……海鳥を保護して、こっそり飼ってるとか、ないよな……?)


 もしそんなことがあったら寄生虫や病原菌が怖すぎる。そんな愚行はしないと信じたいが、ご令嬢とはいえ十代の若者ばかりだし、やるかもしれない。


(今日あたりユウヅツかハナに探りを入れてみるか……)


 と考えていたら、ちょうどハナからだという手紙が船室に届いた。


「……なんで手紙? 直接来ればいいのに」


 トカクは中身をあらためる。


「……明日、中央広間に来られたし?」


 その内容を読んで、トカクは。


「……果たし状?」と思った。


 他には時間帯やドレスコードなどが書かれている。お茶会への誘いだろうか。変わった趣向だ。

 とりあえず「出席」に○を付けて、トカクは返信を侍従へあずけた。

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