〇一九 家族会議
ユウヅツは非常に緊張していた。
あの断罪劇の直後、ユウヅツは別室に連行されたのだ。妹との取り替えっこを宣言したトカクと共に。
「…………」
緊張と同時に、ユウヅツは疲弊しきっていた。
昨晩からトカクは、バカクを問いただすべく寝ずに動いていたのだ。ユウヅツの証言を元に裏を取り、ほぼ休みなく動き続けて、女装し、バカクを牢に入れ、そして今ここ。
ユウヅツもそれに付き合わされている。
——「殿下、僭越ながらあのようなことがあった直後に、お疲れではないのですか。お休みにならなくてもよいのですか?」という、ユウヅツの決死の『俺は疲れたので休みたい』アピールに、トカクは「残念ながら国政に休暇はない」と返した。
特に皇室でこんなメチャクチャがあった状況では、寝る間も惜しいのだという。今後のことを一刻も早く決めなければならない。
そう、今後のことを……。
「トカク、さっきのはどういうつもりじゃ?」
「言葉の通りにございます。ボクは女装し、ウハクになり代わり、女子生徒として連盟学院に入学します」
「頭がおかしくなったのか?」
と、ユウヅツの横で言い合う親子。
皇帝陛下、皇配陛下、そしてトカクの親子三人――に、何故かユウヅツまで混ぜられている……という状況だった。
「説明します」
トカクは自分の隣にいるユウヅツを手で示す。それだけでユウヅツは自然と背筋が伸びる。
「この男の証言によれば、連盟学院では、ツムギイバラの毒も解毒できる『万能解毒薬』が手に入るのです。ですから、ボクがそれを入手してきます」
「なんで女装して入学などする必要があるのじゃて」
「ですから……」
喧々諤々。
「…………」
……本来なら一介の男爵子息が踏み入れるはずのない、皇族のプライベートな空間に招待されて、ユウヅツはがくがくしていた。なるべく存在感を消そうとする。
ユウヅツは前世の記憶によって人格を上書きされたが、そうではない『単なる男爵家の三男』の自我もある。その自分が、この国で最も尊き方々と同じ空間に閉じ込められている畏れ多さにふるえているのだ。
「まあまあ、陛下。そう頭ごなしに叱らなくとも」
皇帝陛下とトカクの言い合いが険悪になりかけたところで、トカクの父親――皇配陛下がおっとりと声をあげた。
一言も喋らなかったが、実は先の断罪劇の場でもずっと皇帝陛下の横に控えていた。
基本的に『皇帝陛下の横にいるだけ』の男であることが多いが、意見がないわけではい。人前では黙っているだけで。……という設定があったなと、ユウヅツはゲームの知識を思い出す。
余談だが、トカクとウハクの華やかな顔立ちはこの父親ゆずりだ。
「トカク、最初から説明してくれるかい?」
「はい。ボクがウハクになり代わった場合の利点を説明します」
トカクはうなずき。
「まず、この国で継承権をめぐる泥沼の暗殺事件が起きた事実を、列強諸国に秘匿できます。『ウハク』が予定通りに学院へ通うことで、ウハクの皇帝としての正当性も誇示できる。同時に、ボクは『解毒薬』を探すこともできる……。最も合理的な判断と思います」
「問題だらけだ。男が女装して入学など……国内であれば誤魔化しも効くが。外国で事が露呈したらどうなるか」
「お母様、我々に選択肢などないのですよ」
トカクははっきりと断言した。
「この者。ユヅリハ男爵家の三男――名をユウヅツというのですが、預言者のような力があるようで。ツムギイバラの存在、ウハクが毒を盛られたこと、その犯人がバカクであること……、すべて当ててみせました」
「……それは聞いた」
「そのユウヅツが告げたのです。――このままウハクを皇太女の座から下ろせば、国が滅ぶと」
しかし、と皇帝陛下は言葉を返す。
「預言とは大袈裟ではないか? ……毒やウハクの容態に関しては、どこぞから噂が漏洩したのかもしれぬし、犯人は推理で分かったのやもしれぬ」
皇帝陛下は胡散げに目を細め。
「それを可能にしたという点でユウヅツとやらの有用さは認めてよいが、預言者扱いは首を傾げるぞ」
「しかし異能と言わざるを得ないのです」
「…………。では、どうして国が滅ぶのか説明せよ」
「ユウヅツ。ボクに言ったのと同じことを申せ」
「は、はっ」
臣下の礼を取り、ユウヅツは緊張した声で承った。
「恐れ多くも両陛下に申し上げます」
皇帝陛下――最大の国家権力を目の前にした動揺で礼の仕方すら忘れそうで、ユウヅツの手が小刻みにふるえる。
「あなた様方はウハク皇太女殿下が自死を選んだものと偽装して、列強諸国の目を欺くつもりでいらっしゃいますが、敵は狡猾にございます。彼らは我が国の粗探しに躍起になっておりますゆえ、かならずウハク皇太女が倒れた本当の理由を調査しに参ります」
「ふむ」
「そして奴らの知るところになれば……隠したということは、やましいことがあるに違いない、と。皇帝陛下並びに皇族が寄ってたかって姫君を謀殺したと断じられ、大陸連盟で槍玉に上げられるのです。その結果……」
「侵略の大義名分を与えてしまう、と?」
「…………」
ユウヅツは無言によって答えた。
「では貴殿は、ウハクが倒れた理由を国際社会に向け正直に発表すべきであると申すのか?」
「……そうしても、列強諸国のやることは変わらないでしょう。姫君が暗殺される蛮族の国と扱われるだけです」
「…………」
皇帝陛下が扇子を畳んだ。
「……可能性の話として、まあ無くはないが」
まず、そう認める。しかし。
「だからと言って、替玉や性別詐称の罪を犯すほど危険とは思えん。……仮にトカクがウハクのふりをして学院に入学したとして、それが失敗したらどうなるのか……。貴殿に未来予知の力があるのなら分からんか?」
「それは……私めには分かりません」
「どうして?」
「……げ、原作にない展開だから、です」
「げんさく」
呆けた表情を、皇帝陛下は扇子で隠した。
座敷牢で喋った時、トカクにも同じ顔をさせてしまったな、とユウヅツは頭の隅で思う。
ユウヅツがどう説明しようか困っていたところ、トカクが割って入ってきた。
「お母様。ボクから説明いたします。この者は神がかり的な何かによって一方的に知識を植えつけられたというだけで、狙って必要な情報を得られるわけではないらしいのです」
「にわかには信じられぬが、」
皇帝陛下は、「トカクが簡単にユウヅツ卿に騙されるとも思えんのよなぁ」と溜息をついた。
「…………?」
「……ユウヅツ卿。貴殿のことは前々から報告を受けておった。ウハクが、随分と貴殿を気に入っていると」
との言葉に、ユウヅツの背筋が凍った。
知っているか、そりゃそうか。
ムダと分かりつつ、ユウヅツは首を横に振る。
「と、んでもないことでございます……恐れ多い……」
「よい。貴殿に娘をたぶらかす気はなかったのじゃろう」
「…………」
「顔を見るのは初めてじゃが、なるほど良い具合に愛らしい顔立ちをしておる。ちょっと、そこに立ってみよ」
皇帝陛下にうながされ、ユウヅツは疑問符を飛ばしながらも立ち上がった。
皇帝陛下は、ユウヅツの頭のてっぺんから爪先までながめて。
「うむ、背格好もよい。トカクよりは少し大きいかの? かわゆいかわゆい」
「お母様、なんの時間ですか?」
「朴訥な雰囲気が、幼き日の我が夫に少しだけ似ておるの」
「陛下、よしてくださいな」
皇配陛下は照れたように、かつ嫉妬をにじませて言った。
「ま、ともかく。ウハクが一方的に貴殿に想いを寄せておっただけ……と、わらわは信じてやれるが、トカクはそうも行かぬじゃろう?」
こいつは気性が荒いからの。と皇帝陛下はトカクを指す。
「そんなおまえが、どうしてユウヅツ卿の未来予知を信じる気になった?」
「この男が、心のうちという、誰にも知られるはずのないことを言い当てたからにございます」
「なるほどの」
それを聞いた皇帝陛下は、茶目っ気たっぷりに笑ってユウヅツを扇子の先端で指した。
「ではユウヅツ卿。わらわの秘密は分かるかの?」
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