【KAC2024】空、眺めれば【KAC20247】

御影イズミ

今も昔も変わらぬモノ

「……」


 仕事を終えたフェルゼンはふと、窓から夜空を見上げる。

 現代。50歳となった今、夜空を見上げても、今や感傷に浸ることはない。

 だけど、こうして夜空を見上げていると色々と思い出すことがある。





 45年前。

 まだ、父スヴェンと母ザビーネが健在で、違法薬物に手を出す前の話。

 父は宇宙学の権威としてセクレト機関で働き、母は薬学者から退役して専業主婦となったばかりの頃。

 フェルゼンとその弟キーゼルは5歳、妹のマリアネラは3歳。ようやく3人で色々な遊びをするようになった時だった。


「家族で星空観察でもしないか?」

「まあ。どうしたの、急に」


 唐突に出された提案に驚いたザビーネ。スヴェンがこうして家族で何かをするという提案をあげるのは非常に珍しいため、そんな声を上げたそうだ。

 対するスヴェン曰く、新たな星の観察を行おうと考えていたのだが……最近、研究所では次の所長を決めるための対立が見られており、ゆっくりと観察が行えていない。故に家族とともに見に行ったほうが早いなと気づいたそうだ。


「おほしさま?」

「見れるのー?」

「みるー」

「よし、それでこそオレの子達。ザビーネ、明日の夜荷物をまとめて出発しようか」

「そんな急に!?」


 急に立案されて急にスケジュールを組まれて慌てたが、ザビーネ自身、それでこそ宇宙を愛する男・スヴェンだから仕方ないと考えているフシもある。

 故に彼女は、彼のことをよく知るザビーネはもう一段階上の提案を上げた。

 ――いっそ今から見に行こうと。


「む。天体望遠鏡の準備が」

「いいのよ、そんなの! フェル、ルナ、マリィ、準備なさいな」

「「「はーーい!!」」」


 ザビーネの提案に対し、フェルゼン達はせっせと外出用の服に着替える。唐突な提案だったとはいえ、子供達は今から一緒にお外に行けると知れて嬉しそうだ。

 なおスヴェンは少しだけ不服そうだが、肉眼でもまあ見れないことはないからいいか、と同じくコートを羽織って、ついでに自身の部屋から双眼鏡を4つほど持って行く。


 外に出ると、冷たい風が肌を突き刺す。この世界に季節は無いが、夜に凍えるように冷たい風が街中に吹くことはよくあることだ。

 寒い寒いとつぶやきながらも、一家は近くの公園へと辿り着く。誰もいない、閑静な住宅街に囲まれた公園の真上を見上げると、星が一面に広がっているのがわかる。

 そんな星の海の中からフェルゼンとキーゼルは赤い色の星や薄青い色の星を見つけた、と声を上げていた。マリアネラはよくわかってないためか、ザビーネに抱っこされて空を見上げるだけ。


「ふむ。フェルゼン、キーゼル、他にどんな色の星が見える?」

「えっと……」

「俺は黄色っぽいのも見つけたー! 父様、星って色ついてるの?」

「良い質問だ、キーゼル。それを説明する前にまず、光年について説明しなければな」


 突然始まったスヴェンの宇宙に関する話。その語り口はまるで授業を行う先生のようで、フェルゼンもキーゼルも思わず聞き続けてしまう。時には質問を加えて、2人に芽生えた新たな謎を解明させ、新しい解釈を作り出していく。


 星空を見るだけ。それだけでも、彼ら一家にとっては十分。テーマパークに行かなくても、ドライブに行かなくても、近所の公園で星空を見上げるだけで彼らにとっては良い思い出になるのだ。





 そうして、もう一度現代。

 あれから45年の時が経った。その間に、自分自身にも、家族達にも、色々なことが起こった。

 それでも色とりどりの星空を見た思い出が色褪せないのは、父スヴェンの解説がくっきりと頭の中に残るからだろう。


「入るぞ、フェルゼン」

「……ああ」


 そんな父スヴェンは、今や脳だけの存在となってしまった。

 脳だけを永遠に残す施術を施され、その肉体は機械の身体となった。

 ただ、彼自身にはもう、あの頃の記憶はどこにもない。星空を見に行ったあの日のことさえも、その脳の中には残されていない。


「フェル兄さん~」

「フェルー、入るぞー」

「ああ」


 弟のキーゼルは研究者の地位を剥奪されてから、ルナールと名乗るようになり。

 妹のマリアネラも父と同様脳だけの存在となり、機械の身体となった。救いなのは彼女には記憶が残されていることだ。


 あの頃と違うのは、母ザビーネがいないことと、スヴェンの記憶が失われていることだけ。母も同様に脳だけの存在となったとスヴェンは聞いているが、彼女が表に出ることは無いそうだ。

 己の子供達を虐待してしまった。そのことが、彼女に重しをかけているからと。


 それでも、この一家は変わることはない。

 ザビーネも今ここにいると仮定した上で、スヴェンは子供達に向けて言う。


「家族で星空観察でもしないか?」


 窓に近づいて、星空を見上げたスヴェンはあの頃と同じ言葉を、一字一句間違えずに言う。

 彼には過去の記憶がないというのに、全く同じ言葉を発せるのは……それだけ星を家族と見たいから、なのだろう。


「……私の研究が終わったらな」


 小さく微笑みを浮かべて、再び机に向いたフェルゼン。

 眼前に広がる机いっぱいに散りばめられた書類と、眼前に写されるモニターが彼の仕事量を物語っている。このままでは家族全員で星空観察など出来ないだろう。


「えっ。フェル兄さんまだ終わってなかったの」

「なーにやってんだフェル。ほら、どこが終わってないのか見せてみ」

「やれやれ。仕方ない、あなたの提出期限を少し改竄しておくか……」


 マリアネラは純粋に驚き、キーゼルは呆れながらも手伝い、スヴェンはシステムに介入してフェルゼンの提出期限の改竄を行っていく。


 あのときとは違う光景。

 だけど何も変わっていない家族のやり取りにほんの少しだけ、安心感を覚えるフェルゼンだった。

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