灰色の世界
野林緑里
第1話
僕の見える世界は灰色だ。
人も物もなにもかも灰色で僕も灰色をしている。
なぜこうなったのかはわからない。
確かにいろんな色で満ちていたはずの世界がある日突然灰色に染まってしまった。それとともに僕は一人ぼっちになってしまったのだ。
両親は交通事故にあって亡くなってしまい、ずっと僕の面倒を見てくれた姉は遠くにいってしまった。
大好きだった野球もできなくなり、友達とも疎遠になった。
もう何も残されていない。
行くべき場所も帰る場所もわからなくなった僕はただ漠然と灰色の世界を彷徨い歩くばかりだ。
そんなある日、僕はいつものように一人で住んでいる家を出て河川敷を歩いているとどこからともなく音楽が聞こえてきた。
どこかで聞いたことのある曲だ。
題名はわからないのだがクラシック曲であることだけはわかる。
クラシックには興味ない僕だったのだが、河川敷のいずこかで奏でられている音色に吸い込まれるように僕の足が向く。
音色は僕が歩くほどに近づいてくる。
もうすぐだ。
もうすぐ音色の正体がわかる。
そう思った瞬間、僕は走り出していた。
すると川の近くに一人の少女がいた。
高校生ぐらいだろうか。
制服をきた少女がバイオリンをもって音を奏でていたのだ。
僕は足を止めて少女の奏でる音色に聞き入っていた。
すると、聞いているうちに僕がいままでみていた灰色の世界に色がつき始めていくではないか。
赤や青、黄色に緑
白と黒だった世界が色に満ち溢れてくる。
やがて音楽がおわる。
僕が思わず拍手をすると彼女は驚いたように振り向いた。
「あっ、ごめん。あまりにもいい音色だったから思わず拍手しちゃったよ」
僕が正直に言うと彼女は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに「ありがとうございます」と微笑んでみせた。
「また聞かせてくれないかなあ」
「そっそんな私なんかでいいんですか?」
僕がそうお願いすると彼女は信じられないといった表情をした。
「私なんて全然下手なんですよ。それでもいいんですか?」
「そうかなあ? 僕にはものすごく上手に思えたよ」
「全然です! まだまだ練習しないとオケのみんなに迷惑がかかります!」
「僕にはそういうことはよくわからないけど、僕にとって一瞬で世界を変えてくれた音色だったよ」
「どういうことですか?」
「そういうことだよ。君のバイオリンは僕がみてきた灰色の世界にいろんな色をつけてくれたんだ。なんかすごく元気がでた。ありがとう」
「えっと、その。どうも」
彼女はためらう。
「あっ、ごめん。変なこといったね。練習の邪魔になるかな。僕はもういくよ」
僕は彼女に背を向けて歩き出そうとする。
「待ってください!」
すると彼女は僕を止めた。
「えっとまた聞いてくれますか?」
「聞かせてくれるの?」
彼女はこくりと頷いた。
それから僕たちは河川敷でよく会うようになった。
会うたびに彼女の音色はさらに素晴らしさをましていき、僕の世界も色鮮やかになっていった。
十年後彼女はバイオリニストとして世界を飛び回るようになり、僕は平凡なサラリーマンとしての時間を過ごした。そのせいで僕らが会う機会は減っていったんだけど、僕の世界が灰色になることはなくなったんだ。
だって彼女はいつも僕の世界を色づけてくれるから。
灰色の世界 野林緑里 @gswolf0718
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