同じ色の空を探して

五色ひわ

お題は『色』

『空の色を聞いてくる変な男がいるから気をつけなさい』


 そう言われたのは、いつだっただろう? 


 ここでの生活にも慣れて、冒険者として働き始めた頃だから五年ほど前かもしれない。


 私は捨てられた仔犬のような瞳に見つめられながら考えていた。


 忠告されたことも忘れていたし、誰に言われたのかも定かでない。それなのに、思い出したのは目の前の男のせいだ。


「僕が何を聞いてるか分かってる?」


「分かってるわよ」


 子犬のような瞳をした青年は、古ぼけたリクルートスーツを着ている。人畜無害に見えるが、この質問に答えるのは危険だろうか?


「……」


 呪いがあるような世界だ。忠告は素直に受け入れるべきだろう。


「じゃあ、答えてよ。今日の空の色は何色だと思う?」


 潤んだ瞳を見ていると邪険にしてはいけない気がする。何で気をつける必要があるのか詳しく聞いておくべきだった。


「どうかしたのかい?」


 声をかけられて振り向くと、たまに共闘する槍使いの女性が心配そうにこちらを見ていた。私が姉のように慕う女性だ。心配して声をかけてくれたのだろう。


「やっぱり、いいや。忘れて」


 青年はそう言うと、逃げるように去っていく。


「あんな変テコな服を着た奴の話なんか聞くもんじゃないよ」


「変テコ?」


「首に紐なんか巻いて、使役獣じゃあるまいしさ」


 その言葉に私はハッとする。この世界にはネクタイもリクルートスーツも存在しない。当たり前のように着ていたので気づかなかった。


「ねえさん、ありがとう。用事を思い出したから行くね」


 私は返事も待たずに青年を探して走り出す。


 話す言葉は同じでも、この世界と私が生まれ育った地球では違うことも多い。突然連れてこられたときから何度となく感じていることだ。


 私は久しぶりに空を見上げた。そこには何色にも染まらぬ真っ白な空がある。この世界の空はいつどこで見上げても真っ白だ。しかし、彼らはそんなふうには言わない。


『空に色はない』


 この世界に生まれたなら、幼い子供でも知る常識だ。彼の質問は、地球人に空気の色を尋ねているようなものなのだ。


 私はリクルートスーツを見つけて、しょんぼりとした背中に叫ぶ。


「空の色は白よ! 真っ白!」


 振り返った青年が、泣きそうな顔で笑った。


 終

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同じ色の空を探して 五色ひわ @goshikihiwa

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