桃色吐息

さいとう みさき

一目会ったその時から花咲く恋もある

 いや、まさか……

 自分の人生でここまで衝撃を受けた事はない。


 だって、私は一目惚れって今まで信じていなかったから。

 しかし、今私の目の前には理想と思われる、いや、完璧な姿で彼は存在してた。


「信じられない、この私が一目惚れだなんて……」


 つぶらな瞳なのに、凛々しさも感じるそのいでたち。

 それでいて、愛らしさも感じられる。

 少し長い前髪がふさぁ~っと揺れる。

 どこをどう取っても理想のまま。

 良いのだろうか、こんな理想どうりで。


「ぜ、ぜったいに私に染めたい……」


 他の人に聞かれたら、私は痴女じゃないかと思われるかもしれない。

 でもこの動き出した心は彼を自分のモノにしたい、自分に染め上げたいとその欲求の鎌首を持ち上げる。

 恋とはこう言うモノなのだろうか?

 理屈じゃない、常識じゃない、この私がこんな思いをするだなんて。


 思えば、幼いころから家の方針で厳しくしつけられた。

 子供の頃はお稽古事で忙しい毎日。

 ピアノに、スイミング、英語に塾にと。

 そんな甲斐もあって、有名な国立大学の付属小学校へ入学できた。


 しかし、そこからも私を取り巻く環境は「競争」の二文字に捕らわれていた。

 中学までは同じく付属の中学だったが、その後は良い高校へ入るために、そして良い大学に入るために、更に良い会社に入るために私の人生は「競争」の連続だった。


 だから恋などする暇さえなかった。


 そして教育改革と言われながらも、その実「競争」激烈社会であることに何の疑問も持っていなかった。


 そんな私がだ。


「だめ、いけないわ…… 私、でも……」


 理性とは何だったろう?

 そんな言葉も一目惚れの前には何の役にも立たない。

 自分の社会的地位も、外聞も何も殴り捨てて彼が欲しい。

 

 今の私にはその事しか頭にない。


 もう、あと先なんて考えられない。

 私は一歩ぐっと足を前に出す。


 もう後戻りは出来ない。

 でも後悔はない。


 だから私は……



「すみません、この子見せてもらえますか?」


「あ、はい、このヨークシャテリアですね? それじゃぁ手の消毒お願いします」


「うわぁ、かわいいぃ♡ 男の子で、三ヶ月ちょっとかぁ~。ねぇ君、うちの子になる?」


「きゃん♡」



 こうして私は彼をお持ち帰りするのだった。

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桃色吐息 さいとう みさき @saitoumisaki

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