第26話
「それから、不純異性交遊をしないため……鬼姫さん。毎夜、武に夜這いをかけないで」
高取の白々しい言葉に、鬼姫は顔を真っ赤にしている。
「すみません。もうしません!」
鬼姫は真っ先に甲板から船の中へと逃げて行った。
その後ろ姿はあまり懲りていないようでもある。
「気持ちはわかるわ。あたしも少し考えていたわ」
蓮姫がさりげなく言ったようだ。
「ええ、かっこいですものね」
地姫もまんざらでもなさそうだが、高取にとっては尚更そうであろう。高取はそんな二人を睨んでいた。
「ハイッ!」
ここは一際大きな船室? フロア? フロアと呼ぼう。殺風景な場所で気温も船内と変わらず。周囲には丸い窓が幾つもあるだけの広い空間だった。
そのフロアで、蓮姫と湯築が手合わせをしていた。
修練の間からめきめきと湯築は強くなっていたが、更に腕に磨きがかかっている。いつの間にそんなに強くなったのだろう?
蓮姫も真剣な顔を終始しているが、冷や汗は一切掻いていなかった。
天井の照明で照らされた二つの槍。
湯築の一際長い槍は、先端を厚いボールが付けてあり、蓮姫の槍には付いてはいない。
それでも、湯築の動きには、迷いもない。
湯築の振り上げた槍が、蓮姫の顔を霞めた。
次には、そのまま振り上げた槍が斜めに降りた。
蓮姫は自然な体捌きで、真横へ飛んだ。
槍は一本しかないのだ。
湯築の腹には、蓮姫の槍の反対側。
石突きが抉っていた。
「無事? 手加減はしているわ」
蓮姫が倒れた湯築に手を差し伸べると、苦悶の表情の湯築は手を取った。
「うっ」
時折、呻いては、蓮姫と一緒にこの船の医務室へと向かう。
武もそうであった。
鬼姫にはまったく敵わなかった。
当然だが、二人ともまったく実力をだしていないのだ。
恐らく、高取も面喰っているのだろう。
今は夜の七時。
大船での初めての夕餉の席だ。
あの三人組は丸テーブルの一端で何故かひそひそと小声で話し合っていた。
ここからでは、聞き取りにくいので、放っておく。
せせこましい食堂であった。
丸い窓に丸テーブルに丸い椅子とここも殺風景だ。
しかし、何故かとても温かい感じがする。
五十人以上での席で、男は武だけだった。
後は美女ばかりなのだが。まあ、三人組は実は可愛い姿形なのだが、あまり、気にしなくてもよかろう。
武はいつも精神を極度に集中しているかのようだ。箸が一定のリズムを醸し出しているようにも思えてくる。武は今でも、何かの修練をしているのだろう。
当然、寝床以外はそうなのだろうが。
そのため、より一層女子たちの視線が集まるようになっていた。
献立はカブと大根の酢漬けに、白米。味噌汁。後は、色とりどりの刺身であった。醤油もあり、陸と大差ないのではなかろうか。
後は、風呂の時間なのだが、まったく武は気にしていないようだが。私にはかなり困ったことが起きる予感がするのは、何故だろうか?
皆、何度も言うが、女子である。
そして、一人だけ男なのだし、思春期でもあるので嫌な予感が的中するような……。
ここは、激戦区となった。風呂場である……。湯気がたちこもる樫木でできた風呂場は大浴場といっても差し当たりはない。何も気にせずに、浴槽に武は湯に浸かっていたのだが……。
武の入っている湯船にまで、大勢の声が聞こえてきている。
そう、それは背中を流したいだの。これは三人組である。
武芸の稽古の疲れの取り方を教えるだの。これは鬼姫である。
切り傷の薬湯を持って来た。地姫。
マッサージでもと。蓮姫。
周囲を睨んでいる。高取。
湯築は、面倒だといいながら風呂場に入ろうとしていた。
「ちょっと、待ってー! はずかしいから来るなー! へっくしょん!!」
(来るのは、やーめーてーーー!!)
武は、必要最小限の入浴を余儀なくされ、およそ五分で風呂を上がった。
悪い予感があたったといったところだ。皆、女子たちは修練とは別に対抗意識を燃やしていたのだ。
武の休息の場は、かわいそうだが、これから食堂しかなくなるだろう。
寝床は鬼姫が占領し、日々の厳しい修練は武にとって、気が抜けないものであろうし。
やむなきことであった……。
「龍が一匹近づいている……」
高取が自室で占いをしている時に感づいたようだ。
「これなら………。私たちでも大丈夫……」
ここ大船の中でも、高取は武のことを頻繁にタロットカードで占っていた。先のことはあまりわからないが、そうでもしないとと思っているのだろう。
高取のライバルはほぼ全員なのだから。
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