第7話

 浦島太郎は実在していた。

 浦島太郎は、亀を救った後、助けた亀のお礼に渦潮を使って別の惑星にワープしていたのだ。私の言っていることは、誰も知らない昔話の裏の話だ。けれども、大昔から大勢の人々がとある事情で竜宮城へと行き来していた。当然、玉手箱での末路も皆同じなのだ。

 浦島太郎は乙姫という地球外生命体と宴会を開き。食べ飲み。乙姫の情が移りそうな頃に、妻子持ちの彼は地球へと帰って行った。

 

 有名な玉手箱は、本来はワープによる肉体的な過度の成長性疲労を和らげる効果があるのだが、浦島太郎の身体的には限界がきていたし、竜宮城へ向かった人々もそうだった。

 

 地球からおおよそ一万光年先の惑星へと行き来することが、人間では限界を引き出してしまっているのだ。

 乙姫自身はどうだろう?

 私の知ることにも限界がある。

 何を思っているのだろう?

 けれども、竜宮城のある惑星は徐々に地球へと接近していた。

 

 体育館裏では、麻生と湯築が何やら話していた。

「麻生さん。今日もどうせ断るんでしょ……こんなに強く誘っているというのに」

「ええ……」

 いつものことだった。

 麻生は芯の強い性格のようで、頑なに拒んでいるが、実は運動神経もかなり達者なのである。

 陸上部に来ないかと湯築がいつもしつこく勧誘しているのだが、きっぱりと断る麻生はいつもと何も変わらずであった。

「この学校での部活は、陸上部だけなのに……みんなすっかり元気がなくなって……でも、あなたがいれば……」

「ええ、でも日舞を家でやっているから。それから茶道部の本堂先生に特別に来てもらう予定よ。それから料理教室の先生が来るのよ。もう、こんな時でも毎日がいつもの日常と変わらないわ」

「……そう……武はどう? 誘えば部活には来るかしら?」

 湯築は諦め顔で少しだけ棘のある声音だ。

「あの人は私の父さんと空手よ。知っているでしょ。私の父さんって、空手の有名な師範なの。武はいつも上を向いているの」

 麻生は普段の声音で話しているのだが、湯築は棘以外にも何か含みがある声音だ。切羽詰っているのだろうか?

 

 日本が沈む。

 そう誰もが考えていた。

 どこにも心底明るい声音の人はいないのだろう。


 小一時間後。

 話が終わり。

 体育館裏から体育館の入り口付近まで歩いていた麻生と湯築の耳に、体育館の窓からの部活の活動的な声が大きくなりだしたようだ。部活が活発に行われていることがわかる。

 当然、湯築は男子に人気があったが、女子にも人気なのだ。

 湯築の強い勧めで、今の唯一活動している陸上部の部活は女子よりも男子の数が多く。湯築が率先して皆が日常を取り戻そうとしていた。

「そう……仕方ないか……」

 湯築はサラッとそう呟くと体育館へと歩いて行った。

 麻生と少しでも仲良くなりたかったのだろうか?

 部活の活性化だけではないのだろうか?

 湯築も武を好いていたのであろう……。


 湯築は彗星のごとく現れた転校生だった。ここ鳳翼学園で短期間で陸上県大会二年連続優勝を勝ち取っていた。あの日から、湯築の周りにはいつも体育館での地響きのような足音が響いていた。湯築のお蔭で今では日常となっている。ここ半年間で不安を払拭してくれる心強い足音である。

「ねえ、まだ部活に来ないの?」

 一人の女子が湯築に不満を漏らしている。

 いつの間にか、湯築の周りには人だかりができていた。

 皆、学校生活と部活だけは少しでも明るくしようと湯築と一緒に努力しているのであった。

「……麻生さんは来ないわ」

 湯築は俯き加減だ。

「もう、麻生さんも武も来ればいいのにねー」

「毎日がデートって、感じでくっ付き過ぎよねー」

「湯築さんでも無理かー」

 皆、女子たちは勝手なことを言っているが、内心はやはり不安なのだから仕方がないのだろう。

 体育館では、いつもは元気だが、今は俯き加減の湯築は、更衣室で体操着に着替え、ふくよかな胸を強調している。その胸は今まで走るときにも自分へ自信をつけてくれていた。

「そう……じゃあ、武はどう?」

 女子たちは、武は来ないかとしつこかったが、湯築にやんわり「来なかったわ」と言われ、皆ふて腐れている。


 中学の頃からだ。

 成長過程で、背が伸びると同時に湯築は急に足が速くなっていた。ある出来事からマラソンやジョギングをし続けていた。その出来事とは、湯築が好きな男子に一度フラれたことだった。

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