新説 水の失われた神々

主道 学

第1話 深海探査

 西暦2031年

 海洋古生物学高エネルギー科学研究局 



 機械音と明滅を繰り返す機材のある狭い一室だった。そこに四人の白衣の研究員たちがいる。それぞれノートパソコンの前に座っているのだが、一人だけ立っている研究員は、なにやら偉ぶって葉巻をくゆらしていた。

 古びた椅子やディスク。また古びたOA機器のプリンターからは、膨大な量のプリントが吐き出され、床に散らばっていた。

「この座標ではどうかね?」

 私がここから見ていると、偉そうだった感じの研究員が一人のノートパソコンを覗いている。

「まったくないですね……」

「では……眉唾ものだが、あの巫女の言う通りの座標を調べてくれたまえ」

「いや巫女の言う通りだと……ちょっと……それは、深海のビーコンの場所ですが……」

 研究員が怪訝な顔をした。

「あ! ありそうですね! ……宮本博士……あ! ありましたよ! 目的の古生物反応です! 大っきいですね……この影? 魚影でしょうか……。し…信じられない大きさですが……」


 もう一人。別の分厚いメガネをかけた研究員が隣から同じディスプレイを見つめて、すぐに驚きの声を上げ口を挟んだのだ。

「あれ? 竜宮城への空間らしきものも感知しちゃいましたよ……。やっぱり渦潮の中にありました……巨大すぎますね……これは。それに昔話から飛び出してきたような形の城壁がありますよね。多分、これがあの竜宮城ですよ! その座標のビーコン付近にありました……これって、予言とかなんですかね? ノストラダムスの大予言みたいな?」

 また一人。ディスプレイを覗く。かなり細いと形容できる体格の研究員がぶるぶると震えながらジョークを言った。

 ディスプレイには、小型深海専用探査機によって巨大な渦潮の中心の城のような外郭に、色とりどりの魚や貝が彫り込まれた様子を映し出していた。私の知っている竜宮城は東京ドームの10倍ほどの大きさなのだ。


 その顔は真っ青だが、期待と脅威が両存している宮本博士と呼ばれた研究員は、

「よし、日没までに詳しい座標を……って、やはり渦潮か……」

 ここは、様々な機器が所狭しとある一室だった。


 今でも端末に向かっている葉巻の匂いに顔をしかめた偉そうにしている宮本博士は、一人煙を吐き出していた。実は日本の海域で、遥か彼方の銀河にある水でできた惑星の調査と、その惑星にある竜宮城の存在。彼らが言う古生物反応である龍神を探していたのだ。これらは世界の危機を回避するための大規模なプロジェクトだった。

 このプロジェクトを立ち上げたのは、東日本高エネルギー科学研究所と政府である。


 数年間と続いたこの海の探求は、ついに一人の巫女が授かった予言によって、成し遂げようとしていた。今は、研究員たちが渦潮を探査機で竜宮城の外郭を水に沈む鏡を見るかのように、渦潮の中を覗いていているのだった。徐々に他の研究員たちの顔にも、緊張が走りだした。


「太陽系じゃなよな。この距離は……。渦潮の中は、宇宙と繋がっていてNASA特性の赤外線ビーコンの反応が全くなくなっているんだし……。確か竜宮城は海にあったんだよな。良く見えるのは障害物のない海ならばだ……本当だった……な。そして、外郭だけでこんなにも大きいんだから、恐らく竜宮城の巨大さはとてつもないのだろうな……」


 葉巻を靴でもみ消しながら、宮本博士は訝しんでいるようだ。その眉間には、深い皺ができはじめている。今はその欠片にも満たない外郭が渦潮の中心に見え隠れしているのだ。

「ええ、この地球上では誰も知らないでしょうね。あ、宮本博士。すぐにあのべっぴんの巫女に知らせないと。あの巫女の名前は……知っていますか?」

 この一室は、研究員たちが竜宮城をやっと発見したと口々にジョークを飛ばし、笑いながら言い合っていた。無理もない。数年間も続いたのだから……。


 ビーコンの反応は主に交通や船舶とのやり取りとして使われている。双方向通信をするためであったが、NASA特製のビーコンは、その反応の距離は尋常ではないのだ。不思議ではあるが地球の海の中の渦潮から、遥か彼方の銀河へと空間が繋がっているのである。


 やはり、それぞれのリンクしたパソコンのディスプレイに映る巨大な渦潮は、驚くべき速さで広がっていた。

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