如月姫蝶

「ねえ、私たちって、どんなふうに見えるのかなあ」

 私は、彼と二人きりで、森の中を歩いていた。

 季節外れの避暑地だ。人は滅多にいないけど、誰かに姿を見られたとしたら……

「恋人同士?」

 彼の囁きが耳をくすぐる。クスクス笑いながら言うから、余計にくすぐったい。

「そうかもね……それがいいかも」

 私は、彼の肩に頬を預けた。

 私たちは、今まで二人で随分と秘密を共有して、胸を高鳴らせてきたのだ。

 あれこれ計画を練り、お買い物をして、別人のようにお洒落したりもした。

 私は、彼の掌を、胸へと誘った。

「ほら、まだドキドキしてる」

「俺もだよ」


 その時、景色が開けた。森が切れて、その先に湖が広がったのだ。

「わぁ……」

 私たちは、水辺に駆け寄った。

 空は晴れ渡り、明るい陽光が、凪いだ湖面に降り注いでいた。

 ふと、一陣の風が吹いて、私の髪をたなびかせた。

 彼と共に思いを遂げるべく時を過ごすうちに、随分と伸びた、私の髪……


「ねえ、どうしたの?」

 顔をあげたまま、撃たれたように立ち尽くしてしまった私を、彼は気遣ってくれた。

「ん……あぁ……空って青いんだね……」

 私はいつしか、涙声になっていた。

 晴れた空にも、白い雲が少しばかり流れていて、濃淡を形成していた。

 ゆっくりと水面を見下ろせば、そこには森の木々が映り込んでいて、空よりもいくらか黄色みを帯びた青に煌いていた。


 ああ……世界は、こんなにも色づいていたんだ……


 私たち二人には、お互い以外に頼れる者なんていなかった。

 もう何年もの間、あたかも狩人のように息を殺して、一方で胸を高鳴らせてきたのだ。

 いつしか、世界の色彩なんて、目に入らなくなってしまっていた。


「もう大丈夫」

 彼は、背後から力強く抱きしめてくれた。


……そういえば、さっき二人で殺して埋めたアイツ、血を流していたけど、何色だったかしら?

 ふと、そんなことを考えたけど、私たち兄妹の両親を惨殺した犯人の血が、人並みの色をしていたはずもないのだ。

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如月姫蝶 @k-kiss

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