学内決闘戦 10

 度重なる攻撃を食らい、俺の熱量は危険ラインを超えている。


 放熱板は真っ赤に灼けていることだろう。

 蓄熱装甲はもう無い。


 レーザーをまともに食らえば終わる!


 だから俺は――、


 アクセルブーストでトンボへと距離を詰めた!


 熱量がさらに上がり、敗北ラインに迫る。


 自棄っぱちの行動ではない。

 中遠距離でトンボの攻撃を躱すにはアクセルブーストを使う他にない。

 だが連続でアクセルブーストを使えるほど熱量に余裕はない。

 至近距離で、メインブースターでの機動で、照準を合わせさせないのが唯一の安全圏だ。


 右へ、左へ、上へ、下へ、実弾を撃ってトンボを牽制しつつ、鵜飼ひとみのコーラスで踊る。


 ワン、ツー、ターン、テンポを変える、早く、時に遅く。

 リズムを変える。ワルツ、タンゴ、ジルバ、マンボ。

 嘘だよ。

 ダンスなんて詳しくは知らねー。


 アドリブで踊る、踊る、踊り狂う。


 亜音速のダンスだ。

 逃げるトンボに食らいついて踊る。


 ステップを外せば、そこで終わる。


 心を燃やせ! 頭は冷やせ!


 熱量が危険域を割る。

 ドレスは冷えていっている。


 だがここまでトンボの攻撃を避けられ続けたことがもう奇跡に近い。


 張り詰めた糸は必ず切れる。

 限界は近い。


 辛い。

 苦しい。

 寝不足と疲労で体が重い。


「三津崎くん、笑って――?」


 だけど、楽しすぎる。

 ああ、楽しい。

 クソ面白い!


「楽しい。楽しいなあ。お前もそうなんだろ、トンボ!」


「三津崎くん?」


 いつまでも踊っていたい。

 俺とお前で行けるところまで行き着きたい。

 限界を超えたその先へ!


「三津崎くん!」


 もしもひとりきりでこの戦いに挑んでいたらそうしていただろう。

 行き着くところまで行ったに違いない。

 トンボと楽しく遊べたなら、結果なんかどうでもいい。


 だけど今は違う!


 立川卯月が作り上げ、曽我碧と鍛え上げ、鵜飼ひとみにいざなわれ、俺は仲間と一緒に戦っている!


 俺には彼女たちに勝利を持ち帰る責任がある!


「勝つぞ、鵜飼さん!」


「はいっ! 三津崎くん」


 回避を指示するので精一杯だった鵜飼ひとみが、トンボの移動先を歌い始める。


 見え始めたのだ。

 彼女にとって未知だったトンボの動きを、もう彼女は先読みし始めた!


 一瞬先が、一秒先になり、二秒先になった。


 トンボの回避方向を鵜飼ひとみは的確に当てていく。

 俺の射撃がトンボに当たり始める。


「次、左六〇度」


 鵜飼ひとみの覗い知れないその奥深さは、彼女が俺から見た方向を指示するところにある。


 反重力装置を使って上下を忘れた俺は、彼女から見たら天地逆さまだったり、真横に向いていたりする。

 だが彼女はそんな俺から見た方向を指示できるのだ。


 俺は直感的に反応できる。


 もちろん声では追いつかない場合がある。

 そんな場合はマーカーを置いてくれる。


 眼表モニターに表示されるマーカーに向かって移動したり、あるいはそれを攻撃する。


 彼女はまさに通信士オペレーターになるべくして生まれてきたとすら言えるだろう。

 彼女がいなければ戦いにもならなかった。


 レーザーを掻い潜り、実弾の雨を避け、トンボの移動先にレーザーを置く。


 一度は冷えたトンボの放熱板が赤く灼け始める。

 空気が揺らぐほどに熱を持ち始めた。

 状況が傾き始める。


 熱量制のバトルダンスはある程度熱量に差が出ると逆転は難しい。

 何故なら熱量が溜まっている側は回避のためにアクセルブーストを使うのも難しくなるからだ。


 だがここに来てトンボは粘る。

 アクセルブーストを止め、四つのメインブースターを巧みに使ってこちらの照準をずらしてくる。

 鵜飼ひとみの指示に従っても命中しない。

 この動きはフルサポートでは無理だ。

 トンボはある程度のマニュアル操作を使いこなしている!


 お前、接近戦もできるようになったんだな!


 友だちの成長が素直に嬉しい。


 お前から見て俺はどうだ?

 あの頃とは見違えるようだろう?


 お互いに攻撃が当たり始める。


 接近しすぎて細かく狙わなくても当たるほどになったのだ。


 亜音速で激しく撃ち合う。

 お互いのドレスが燃える。

 熱量が再び危険域まで溜まる。

 やはり排熱効率で負ける!


「カウンターブーストで決める! 鵜飼さん、タイミングを!」


「自滅行為です!」


「今ならギリギリ足りるはずだ! このままじゃ負ける! 頼む!」


「三秒後です。右六〇度から、左前一三〇度に切り込んでください。今ッ!」


 カウンターブースト!


 アクセルブーストによる慣性を打ち消すことで熱量がぐっと上がる。

 レッドゾーンの真ん中より少し上。


 重ねたアクセルブーストでさらに熱量が上がる。

 敗北ラインのギリギリ手前。


 目の前にトンボの赤いドレスが迫った。


 エネルギーブレードを振る。

 が、トンボはドレスを捻ってこれを躱した。


 予測されていた。

 そうだよな。

 俺がどう考えるか、お前に分からないわけないよな。


 俺なら決死の一撃に賭ける。間違いなくそうだ。


 俺なら――、な!


 リミッター限界で振ったエネルギーブレードなら終わっていた。


 冷却に六秒。

 熱量限界に達した俺に為す術はない。


 だけど、これは太刀川卯月のッ!


 アクセルブーストはもう使えない。

 体を無理やり捻って運動エネルギーを作り出した。


 仲間たちが用意してくれたッ!


 切り返す。

 熱量は限界だが、エネルギーには余裕があった。


 一振りなんだッ!


 一之太刀を避けるため体勢を崩したトンボは二之太刀を躱すことができない。

 エネルギーブレードが赤いドレスを捉える。


 俺は役割を終えたエネルギーブレードを捨て、左手に持った複合突撃銃をトンボに向けた。


 攻撃を緩めはしない!


 引き金を引く。

 レーザーを撃てば熱量が上がり自滅になるから実弾だ。


 だが弾丸は射出されなかった。


 ブザー音が鳴り響く。

 勝敗が決し、武装がロックされたのだ。


 俺たちは速度を緩め、並んでフィールドに降り立った。


「二度目の攻撃のために余力を残してるなんて、流石ブルーだ」


「トンボ……」


 言葉が出てこない。


 言いたいことは山のようにあった。

 伝えたいことが山のようにあった。


 だけど真っ先に言うべき言葉があった。


「ごめん、トンボ、引っ越すこと言えなくてごめんな」


「本当だよ。待ちぼうけを食らった私の身にもなれ。どれだけ探し回ったと思ってる」


「ずっと謝りたかった。トンボに見つけてもらうためにマスカレイドに出ようと思って、それで……」


「それは私が先にやった。なのにブルーは気付いてくれないんだものな。てっきり私を追いかけてここにやってきたんだと思った。秋津瑞穂だなんて呼ばれた時の私の気持ちが分かるか?」


「だって! 仕方ないだろう。トンボが女の子だなんて知らなかったんだ。トンボがこんなに綺麗な女の子になってるなんて、どうしたら分かるんだよ」


「私はひと目で分かったぞ。だけど許してやる。友だちだからな」


「トンボ、俺のこと、まだ友だちだと思ってくれるのか……」


「当たり前だろう。おい、泣くなよ。ブルー。お前は勝ったんだ。この秋津瑞穂に勝ったんだぞ。だから笑え」


 歯を見せて笑う。

 涙は止まらなかった。


「おめでとう。お前が学内一位だ。ブルー。すぐに引きずり落としてやるからな」


「やれるもんならやってみろ」


 声を出して笑い合う。


 ああ、本当にトンボだ。

 見た目は全然違ってしまったけれど、確かにトンボだった。


「ブルー、いや、青羽、トンボと呼ぶのはもう止めてくれないか。流石に恥ずかしい」


「なんでトンボだったんだ? 戦い方は確かにトンボみたいだったけど」


「昔はトンボのことを秋津と言ったんだ。調べればすぐに分かることだぞ」


 トンボは頬を膨らませてむくれる。


「そうだったのか……。じゃあ、これからはなんて呼べばいい? 秋津先輩か?」


「瑞穂……。瑞穂でいい。私も青羽と呼ぶ」


「瑞穂、なんか恥ずかしいな」


「私もだ。お互い様だよ。青羽」


 俺たちは笑い合う。

 十年という歳月がまるで無かったかのように。

 俺たちは友だちのままだった。

 そしてこれからも。俺たちは友だちだ。

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