バトルダンスアンリミテッド -Reboot-

二上たいら

プロローグ

プロローグ 1

 バトルダンスという競技スポーツがある。


 それは直接反応型電子支援システムDirect Reactive Electronic Support Systemを使った全長十メートルほどの人型兵器バトルドレスを遠隔操作して強さを競う世界最速の競技だ。


 オリンピック競技には含まれていないが、世界で最も視聴者数を稼げるコンテンツである。


 仮面舞踏会マスカレイドと呼ばれる世界大会が毎年十二月に行われ、昨年大会では公式ライブ動画への接続数が合計で二二億アカウントに達した。


 広告配信会社の発表によると世界総人口に対する総合視聴率で三六%となっている。つまり全人類の三分の一以上がなんらかの形で大会の放送を見たということだ。


 現代、つまり二二世紀初頭に最も熱狂を集めている競技スポーツがバトルダンスと言えるだろう。


 細かいルールは山のようにあるが、観戦する上で覚えておけばいいことは少ない。


 二一〇〇規則トゥーワンハンドレッドにおいては試合時間は最大で一時間、インターバル無し、時間切れは両者敗北、制御不能に陥ると敗北。以上だ。


 要は一時間以内に相手をぶっ壊したほうが勝ち。


 この分かりやすさこそバトルダンスが広く受け入れられている理由の一つで間違いない。


 それでもオリンピック競技にならないのは、安全性の問題で競技場に観客を入れられないためだ。


 実弾を撃ち合う世界で最も危険なこの競技スポーツは、防弾隔壁で覆われた閉鎖環境で行われる。


 隔壁には無数の中継用カメラが埋め込まれているが、一度の試合で破壊されるカメラの数は平均で七十個ほどだという統計が出ている。


 ライブ中継で放送中のカメラが破壊されることは稀だが、実弾に撃ち抜かれる瞬間の当該カメラの映像を集めたクラッシュムービーは人気コンテンツの一つだ。


 公式がちゃんと編集して配信しているのである。




 そしていま俺はバトルドレスの遠隔操縦席で点火イグニッションキーの上に指を置いて、わずかに押し込みすらしている。


 物理キーのわずかな遊びによって生まれる遅れすら、バトルダンスにおいては致命的な差となる。――こともある。


 五百メートルの距離を置いて向かい合うのは二機のバトルドレス。


 試合バトルダンスの開始を告げるカウントダウンはすでに十秒を切っている。


 カウントダウンがゼロになる瞬間、俺はもう点火イグニッションキーを押し込んでいた。


 つまりカウントダウンがゼロになった瞬間を目で見て、脳で考え、指先に電気信号が送られる、その遅延すら計算に入れた先行入力!


 バトルドレスの動力である反応炉が開放されて酸素と反応しエネルギーを発生させ始める。


 世界最速の競技スポーツの立ち上がりはとても静かだ。


 反応炉の臨界まではおよそ二八秒。武装制限の解除までは三十秒。

 武装が使えないだけで行動に制限は無いが、何らかのアクションを取ってエネルギーを食われると、臨界までの時間も延びる。


 戦術は日々更新されているが、現状では最低でも十五秒は動かないで反応炉の出力を上げるべきとされている。

 だがそれも昨日までの常識だ。今日この試合で新しい戦術が使われないとは限らない。


 バトルダンスのマニアにはこの武装制限解除までの三十秒が最も面白いという者もいる。


 反重力装置を搭載しているバトルドレスだが、一般的に上を取ったほうが有利だとされる。

 銃弾は重力の影響を受けるので、真上から撃つのが最も命中させやすいという道理だ。


 ゆえに操縦手ダンサーは武装制限解除までに自分のバトルドレスを相手の上方に移動させたい。


 だが如何に遠隔操作のバトルドレスが加速性能に優れていようと反応炉の臨界から武装制限解除までの二秒で相手の上方にまで移動するのは不可能だ。


 操縦手ダンサーはエネルギーか、有利位置かの選択を迫られる。


 この駆け引きこそがバトルダンスの醍醐味だ、というわけだ。




 俺は対戦相手のことを考える。


 操縦手ダンサーのコードネームはトンボ。

 彼は後手を好む。


 有利位置より、エネルギー運用を重視するスタイルだ。

 加えて中遠距離での射撃戦を得意とする。


 近接戦を得意とする俺が接近しようとすれば、距離を取ろうとするに違いない。


 それでも武装制限解除時に近距離まで詰めておかなければ、相手の土俵で戦うことになる。


「行くぞ、トンボ!」


「それ言っちゃうのブルーらしいなあ」


 武装制限解除まで残り十秒で、初手アクセルブースト!


 加速用アクセルブースターによってバトルドレスは一気に時速九百キロメートルほどにまで加速する。


 トンボのバトルドレスまで五百メートルが二秒だ。


 だがバトルダンスにおいて二秒という時間はあまりにも長い。


 トンボは反重力装置を起動して、アクセルブーストで真っ直ぐに上昇する。


 俺がトンボの進路に交錯するためにはアクセルブースターを再使用するしかない。

 一方的に俺のエネルギーが少なくなる展開だ。


 武装制限解除まで残り八秒!


 だからアクセルブースターは使わない。


 メインブースターを吹かして移動方向を上に向ける。


 トンボの真下を通り越して防弾隔壁に接触するギリギリを抜けて上へ。


 バトルドレスは基本的に飛行機とは違い空力を利用できるような設計ではない。

 横向きの勢いを縦方向に変換はできない。


 上昇速度でトンボに負ける。


 俺のバトルドレスは防弾隔壁に沿うように上昇する。


 バトルアリーナは構造力学上の問題から半球形だ。

 上昇するに従って狭くなる。


 接近戦を得意とする俺にとっては狭い空間は歓迎だ。

 

もちろん射撃を得意とするトンボは俺から距離を取る方向に進路を向ける。


 だが背後に集中的にブースターを配置するバトルドレスの設計上、後進は速度が出ない。


 全速で俺から距離を取るならば背中を向けなければならないが、操縦手ダンサーは本能的に相手がモニターから消えることを嫌う。


 トンボとの距離は詰まる。

 彼我百五十メートル。


 まだ中距離だ。


 バトルダンスの近距離とはつまりアクセルブーストで十分の一秒の距離。

 つまり二五メートルだ。


 これくらい接近しなければ近接武器は命中しないと思っていたほうがいい。


 トンボは一度上げた高度を下げる。

 広い空間に逃げる。


 俺も追いかける。


 トンボはメインブースターで、最大限効率的な旋回を行っている。


 俺は旋回の内側に切り込んで距離を詰めることができるが、接近できるのは一時的に留まるだろう。


 トンボの航跡を追いかけるように飛ぶのが正解だ。


 まだだ。まだだ。まだ――。


 武装制限まで一秒。


 彼我百三十メートル。心臓が一回鼓動を打つのを待った。


 アクセルブースト!


 トンボのバトルドレスがモニターの画面いっぱいに広がる。


 その瞬間、武装制限解除までのカウントダウンはゼロになった。


 自分にできる最速で攻撃行動を入力、済みだ。


 近距離特化の操縦手ダンサーは反射神経に自信が無ければとてもできない。


 セットアップ次第では時速千五百キロメートルに到達する速度で、刀身わずか五メートルほどの近接武器を遠隔操作のバトルドレスで当てるのだ。


 百分の一秒を認識できることは必須。遠隔操作ゆえの遅延すら計算に入れる!


 俺の振ったエネルギーブレードはドンピシャのタイミングでトンボのバトルドレスを捉える、かと思いきや空を切った。


 熱量上昇のリスクを取って、トンボはカウンターブーストを行ったのだ。


 カウンターブーストとは慣性無効装置で運動エネルギーを一度ゼロにしてからのアクセルブーストで進行方向を強制的に変更するテクニックだ。

 瞬間的にとは言え停止するので、慣性無効装置を使ってからアクセルブーストを使うまでの間隙をどこまで減らせるかが肝になる。


 そしてトンボはカウンターブーストが抜群に上手い。だからッ!


「予定通りッ!」


 アクセルブースターを左右逆方向に吹かして回転し、半周したところでカウンター、ブースト!


 回転する慣性は慣性無効装置で消え、トンボを真正面に捉えて真っ直ぐにアクセルブースト!


 トンボの撃ったレーザーが俺のバトルドレスに直撃するが、レーザー吸収膜がそのエネルギーを熱量に変えて放熱板に、そして放熱板では追いつかない熱量を蓄熱装甲に送る。


 実弾が蓄熱装甲に命中するが、まだそれほど熱の溜まっていない蓄熱装甲は頑丈だ。

 トンボの持つアサルトライフルでは蓄熱装甲を貫通することはできないし、俺の勢いを止めることもできない。


 食らうと分かってて突撃してんだよッ!


 十分の二秒、トンボは俺の突撃を回避するためにアクセルブーストするはずだ。


 問題はどの方向にするか、だ。


 上か、下か、右か、左か。


 俺は右手でエネルギーブレードを振る時、意識的に左から右に振るようにしている。 姿勢の問題でそれが最速だと思っているからだ。

 振り終えた時に体は右に向かって流れる。

 自然と視線もそちらに向く。


 トンボがそんな俺の癖を覚えていないわけがない。


「だから左ッ!」


 トンボのバトルドレスがアクセルブーストですっ飛んでいく。


 上に。


 左へのアクセルブーストを準備していた俺のバトルドレスは、ブースターが右を向いていて瞬間的に反応できない。


 トンボにとって上への移動はハイリスクハイリターンだ。


 空間が狭くなり逃げ場が減るが、上方からの攻撃は当てやすいし、またバトルドレスの上部には重要装備が集中している。


 メインカメラ、メインアンテナ辺りを撃ち抜かれるとほぼ負けが確定する。


 だから予想が外れたからと言ってゆっくり考えている暇は無い。


 止まれば負ける。


 動き続けながら考えるしかない。


 ブースターの向きを変える時間を嫌って俺はそのまま左へとアクセルブーストした。


 一瞬前まで俺のバトルドレスがあった場所にレーザーと実弾が降り注ぐ。


 トンボとはよく言ったもので、彼の動きはいつもこうだ。

 触れようとすると一瞬で消えてしまう。


 それは近接武器でも射撃でも同じことだ。


 当たると思ったらそこにいない。


 だからトンボを相手にするとき俺の武装はエネルギーブレードと、マテリアルブレードの二刀流だ。


 接近しなければ反撃すらできないが、攻撃力は半端なく高い。


 エネルギーブレードはレーザー吸収膜によって防がれるが、結果として生じる熱量上昇は一撃でバトルドレスをオーバーヒート直前まで持って行く。

 レーザー吸収膜のおかげでバトルドレスのどこに当ててもいいところも便利だ。


 一方マテリアルブレードは剣の形状をしているが、切るというよりは叩き壊すための武装だ。

 装甲の上から打っ叩いても効果は薄いが、装甲を施せない重要部位に命中させられれば一撃必殺の威力を持つ。


 俺の射撃の腕前では、トンボを相手に削りきることはほぼ不可能なため、この一撃必殺の装備で回避方向を当てるしかない。


 アクセルブースターを何度か使い上方に方向転換。


 トンボからの攻撃が激しくて真っ直ぐに向かうことができない。


 トンボは空中で足を止め、射撃に集中しているようだ。


 静止状態からのトンボの射撃は言葉通り針の穴を通す精度だ。


 ただ狙ってくるんじゃなくて、重要部位を狙ってくる。


 一秒間でも向きを変えなければ致命傷を食らう。


 とにかく動き続けて狙いを逸らし続けるしかない。


 それでも完璧に回避し続けるなんてことは不可能で、じりじりと損傷部位が増えていく。


 リスクを嫌って大きく回避すればトンボとの距離を詰められない。


 どこかで被弾を前提に突っ込んでいく必要がある。


 だがそれは今じゃない。


 射撃に集中している時のトンボに突っ込んでいくのは愚策というものだ。


 注意を逸らすか、あるいは――。


 レーザー光が俺のバトルドレスを掠める。


 外した?

 いや、違う、移動方向を制限された!


 追撃を回避しようと反射的にアクセルブースターを点火させかけて、指先を意思の力で捻じ伏せる。


 移動しようと思ってた方向に実弾の雨が降る。


 ちくしょう、避けながら接近するはずがいつの間にか移動方向を誘導されている。


 このままだと追い込まれる!

 だが回避しない手は無い。


 いくつかの蓄熱装甲は熱が溜まりきっていて切り離すか迷うところだ。


 脆くなった蓄熱装甲でもいくらかの防弾性能はある。

 だが信じて身を任せられるほどではない。


 切り離して重量を軽減させた方が運動性能は上がる。


 切り離すべきか?


 いや、まだだ。


 まだ我慢だ。


 今はトンボの誘導に乗れ。


 避けて、避けて、避けて、そして壁際に追い詰められた。


 と、思ったよなァ!


 防弾隔壁との衝突警報コリジョンアラートを確認して、蹴りつける。


 壁を。


 同時に蓄熱装甲を全部切り離す。


 熱の溜まってないヤツも全部だ。


 防弾隔壁の曲面の関係で俺のバトルドレスは急降下する。


 熱の溜まった蓄熱装甲は欺瞞熱源フレアとしても有効だ。


 トンボ自身はともかく、機体AIは一瞬混乱する、はずだ!


 アクセルブースターを全開にしてトンボのバトルドレスに向けて加速する。


 蓄熱装甲を全部切り離した以上、熱量の上昇には限界があるが、軽くなった分だけ加速性能も増した。


 この一回の接近が全てだ。


 それ以上は反応炉が持たない。


 この一撃にすべてを賭ける!


 マテリアルブレードを構える。


 壁際に追い込まれた時点でトンボとの距離は二百メートル以上に広がっていた。


 接触まで一秒。


 長すぎる時間だが、蓄熱装甲をばら撒いたことが目眩ましになっていれば、あるいは!


 狙うのは重要装備が集まった頭部だ。


 下方から接近して頭部を狙うのは難易度が高いが、それ以外に勝ち筋は無い。


 大丈夫だ。


 できる。


 自分を信じろ。


 百分の一秒を感じ取れ。


 最速で勝利を掴み取れ!


 人間の反応速度の遅延や、遠隔操作による遅延を百分の一秒単位の感覚で探り当て、攻撃行動を入力する。


 左手に持ったマテリアルブレードを右から左に振り抜いた。


 それは吸い込まれるようにトンボのバトルドレスの頭部に吸い込まれていき、そして空を切った。


 その瞬間、張り詰めていた糸が切れた。


 極限まで集中していた意識が、まともな時間感覚に戻る。


 とっさに右にアクセルブーストするが、その行動は完全に読まれていた。


 移動先にレーザーと実弾を置かれ、アクセルブースト後の硬直時間が俺に回避行動を許さない。


 蓄熱装甲の無い本体に銃弾を浴び、レーザーを食らった吸収膜が放熱板に熱を送ろうとするが、すでに放熱板の熱量は飽和しており、反応炉の温度が急上昇する。


 反応炉の温度計は一瞬で真っ赤に染まり、そして俺のバトルドレスは爆散した。

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