ぼくは、おりこうになれないのかな。

空豆 空(そらまめくう)

【よみきり】ぼくは、おりこうになれないのかな。

「あら、レンくん、今日はお絵描きするの?」


「うん!!」


 今は保育園の延長保育の真っ最中。

 ぼくはママがお迎えに来てくれるまでお絵描きをすることにした。


 なんの絵を描こうかなぁ。


 本当は、ぼくが考えたモンスターの絵を描きたいんだけど、黒色をいっぱい使うとママが悲しい顔をするからやめておくんだ。


 子供が黒色ばっかり使って絵を描いてたら、心が病気のサインなんだって。


 こないだぼくが描いた、ヒーローが悪い奴をいっぱいやっつけてるところの絵は、見せたらママが悲しんだから、ぼくはもう描かないことにした。


 だって、ママが悲しむのはぼくも悲しいから。



 プテラノドンの絵を描きたいけど……紫色のクレヨンは、いつの間にか失くしてしまった。


 こないだ『オレンジ色のクレヨンを失くしちゃった』ってママに言ったら、『誰かにいじめられてるの?』って心配されちゃったから、紫色も失くしちゃったなんて、ママに言えない。



 ぼくは、青いプテラノドンがいてもかっこいいと思うけど……こないだピンク色でクマの絵を描いたら、『クマは茶色か黒でしょ?』って言われちゃったから、青いプテラノドンは描けない。お友達のお洋服のピンクのクマさん、可愛かったんだけどなぁ。


 うーん、どうしようかなぁ。


「あら? レン君、なんの絵を描くか悩んでるの?」


「うん。先生は、なんの絵を描いたらママが喜んでくれると思う?」


「レン君は、ママに喜んで欲しいんだね。でも、レン君の好きなものを描いたらいいと思うな」


 好きなもの……。先生はそう言うけど、好きなものを描いてママが悲しい顔をするのは嫌だしなぁ。紫色を使わなくて良くて、ママが悲しい顔をしないものってなんだろう。


「うーん……」


「レン君の好きなものや、楽しかったこと、びっくりしたこと、なんでもいいよ」


「あ!!」


 先生の言葉に、ぼくは描きたいものを閃いてクレヨンを走らせた。



 まずは水色を手に持って、ぐにゃぐにゃの丸を描く。水色は水の色。お空とおんなじ色。


 そしてね、雲もいっぱいあって、おひさまも出てたんだ。


 それでね、そこにね、飛行機が通ったの。


 鳥さんがつんつんってすると、飛行機がびくびくってしたんだよ。ぼくはそれがおもしろいなって思ったんだ。



 ぼくはぐにゃぐにゃの線で、飛行機を描いた。



「よーし、出来たぁ!! 先生、見てみて!!」



 ぼくは先生に描けた絵を見せに行った。



「あら、レン君、飛行機の絵を描いたの? ぐにゃぐにゃしてるね、どうしてかな?」


「あのね、あのね、水たまりに飛行機が映っててね、鳥さんが水たまりをつんつんってしたら、飛行機がびくびくってしたの!! ぼくはそれがおもしろいなって思ったの」


「へぇーそうなんだ。水たまりに映った飛行機が揺れて見えたのが、びくびくしてるみたいに見えておもしろかったんだね。それはおもしろい発見をしたね!!」


「へへぇー」


 先生がにこにこして褒めてくれたから、ぼくは嬉しくなった。



「あ!! レン君、お母さんお迎えに来たよ」


「あ!! ママー!! 見てみて、飛行機の絵を描いたんだよ!!」


 ぼくはママに絵を見せに行った。先生が褒めてくれたから、ママも褒めてくれるかなって期待したんだ。でもね。


「あら? レン、この飛行機、線がぐにゃぐにゃしてるじゃない。もっとまっすぐ綺麗に描きましょうね。……あ、先生、今日もお迎えが遅くなってしまってすみませんー……」



 ママは、褒めてくれなかった。


 それに、先生と話してて忙しそう。



 ぼくが描きたいなって思ったものは、やっぱりママには喜んでもらえない。



 本当は、お絵描きじゃなくて工作がしたいけど、ゴミがいっぱい出て掃除が大変だし、ハサミでぼくが怪我したら心配だからってママは言うし。


 本当は、外でお友達と戦いごっこがしたいけど、お友達を怪我させたらダメだからって怒られちゃうし。


 本当は……、静かに絵本を読んで待っているのが、一番ママが喜んでくれるって、ぼくは知ってる。でも、ぼくはまだ文字を読むのが苦手だから、絵本を読むのはつまらない。


 ママはぼくに、『おりこうにして待っててね』ってよく言うけど……


 ぼくが好きな事をして待ってるのは、おりこうじゃないみたい。



 ちょっとさみしくなって、ぼくの目にはじんわりと涙が浮んできた。

 そしたらぼくが見えてる世界全部が、ぼくが描いた水たまりの中の世界とおんなじに見えた。


 でも――。


 ぼくが泣いたらママが悲しむから、ぼくはぐいっと涙を拭って笑ってみせた。


 そしたら、ほら、世界の線は全部ママが好きな、まっすぐの線。


 きっとこれが、正しい世界。



 ぼくは、涙が水たまりになるのは阻止出来たけど――


 なんでかな、ぼくの心の中にはぽっかりと、穴が開いた。




――――――――――――――――――――――

読んでくださりありがとうございました。

KAC7回目のお題『色』を元に書かせていただきました。


正直、こういう話はPVは伸びないだろうなと思ってはいるんだけど……

読んでくださった方に少しでも、何か刺さる部分があったらいいな。


たぶん子供の心は無色透明。

成長過程でいろいろな色に変化していって、大人はみんなそれぞれ十人十色。


世界が虹色だといいなぁなどと思う詩人みたいな私ですが、普段は恋愛ものを書いてます。

よかったらぜひ、他の作品もよろしくね。

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ぼくは、おりこうになれないのかな。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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