第4話 命の重み

 裏通りを懸命に走る二人。元軍人のカーラの全速力に、まだ子供である少年が涼しい顔で付いていけている事実は、技能クローンとして必然ではあるが、カーラを驚かしていた。しかし、それでも現役の軍人を撒くことは難しいため、カーラは作戦を考える。


「あなたはこのままこの道を全速力で東に向かって、この案内に従って」


 そう言いながら、カーラは予めルートがインプットされたスマホを渡した。


「カーラは?」


「心配しないで、すぐに戻るから」


 背を向けようとしたカーラを見て、少年は不安そうな表情をした。カーラはそんな彼の頭に手を置きながら、笑顔で語りかけた。


「大丈夫だから」


 その一言だけで、少年はカーラとの見えない安心感に包まれた。そして笑顔で、カーラを見送った。




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 二人の足跡を追っていたアインズは、廃墟が密集する地域で、足跡が途中で別れたことを見てとった。小さい方は東の大通りに向かい、大きい方は方法が定かではないが左の建物に上ったようだ。あからさまに自分をはめようとしている状況を読み取ったアインズの口角は上がった。


(あいつはメタグラファーの存在を知らない。やはり、軍人ではないな)


 この状況はアインズにとって好都合だった。不意打ちは来るとわかっていれば、対策は取れる。今彼がやるべきことは一人になった技能クローンを素早く仕留めることだった。


 アインズは必死に走った。だんだんと足跡が新しくなってきているのを目に取ったアインズは高揚感で満たされた。その時、左後ろの建物から金属が光っているのを発見した。アインズが咄嗟に横によけると、銃弾がアインズのいた所とは少しずれたところで着弾した。


(射撃はいまいちだな)


 アインズはそのまま、銃の死角に入り、追跡を続行する。突き当りに来て、右方向に足跡が続いている。その先に目標が走っているのが見えた。アインズは自身の銃を手に取り、少年の背後に照準を合わせる。


「悪く思うなよ、坊主。少佐の意向だ」


 小声で呟きながら、引き金を引く。銃口から凄惨なガスの破裂音と共に解き放たれた弾丸は、少年の胸を貫通する。しかし、アインズは次の光景に目を奪われた。打たれたはずの少年が何事もなかったようにそのまま走り続けているのである。


「動かないで」


 後ろから女の声が聞こえた。冷たい銃口がアインズの後頭部を狙っている。


「なるほど、ホログラムか」


「そうよ、あなたがもう少し慎重なら、あの子の先に既に足跡があることに気付けたのに。もしくは足跡の経過時間かしら」


 アインズはため息をついた。


「メタグラファーのこと知っていたんだな。それで俺があの子の始末を優先すると思い、背後を取ったわけか。それにしてもさっきの射撃は何だったんだ?」


「街頭カメラよ。こんな人気のない場所を全力疾走する人ほど怪しい人はいないでしょう? 前に使っていた私の1丁目をワイヤーで取り付けて、更にカメラの動きでワイヤーを引っ張り、トリガーを作動させたの」


「それで刺客の心配を消し、暗殺に注力した俺をこのT字路で待ち伏せしていたわけか」


 アインズは自分がきれいに敵の手の内で躍らされていたことを恥じるより、カーラの遺伝子に対して尊敬の念を抱いてしまった。そして不気味に笑い始める。


「あんたカーラだな。軍を辞めて犯罪者に転職か?悪いが勝ったのは俺たちだ。いや、正確に言うと少佐の一人勝ちか」


 会ったこともないこの男が、何故自分の事を知っているのか、カーラは疑問に思ったが、もう一つの疑問を優先させた。


「どういう意味?」


「さあね」


「それが最期の言葉かしら」


「ふん、脅しにもならない。あいにく俺には契約を結んだクローン体がいて、俺が死んだらバックアップしていた記憶が共有化される。そいつを殺してから言いな」


 そう言うや否や、アインズは右手に持っていた銃を素早く背後のカーラに向ける。


「こいつっ!」


 再度、廃墟内に銃声がこだまする。しかし、今回は被害者を伴っていた。アインズは目を見開いたまま、冷たい地面に倒れこんでいた。カーラは敵軍の兵士や、アウトロー達の射殺経験はあったが、自国の軍人を殺めたのはこれが初めてだった。アインズの覚悟を見て、カーラは改めてこの国の未来を憂いた。そして荒れた呼吸をすぐに整え、彼女は少年のもとへと急ぐ。

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