第3話 見えない繋がり

 軍から指令を受け、技能クローンの捜索に出たのは今朝のことだった。軍人としてはあまり気乗りのしない仕事であったが、アインズは不平を言う様子はなく、素直に上司とその任に就いた。つい先刻、目標を発見したと無線で連絡が来て、現在二人は現場に向かっている。朝慌ててセットした自慢のブロンドが雨に濡れて、アインズは不愉快な様子だったが、それに構わずユーリ少佐は事務的に尋ねた。


「他の技能クローンの様子は?」


 アインズは、不機嫌な様子を隠しながら、スマホに届いたメールを確認した。


「工場は閉鎖して隔離済みらしいですが、そもそも他の作業員には逃走の意思が無いみたいです」


「逃走方法は?」


「警察は新道教などの外部犯の線も追っているらしいですが、俺は自己の意思で脱走したと思います。工場内は、窓もなく、カメラ越しにしか監視を行わない程、外部の刺激が内部の作業員に加わらないように、細心の注意が払われていますから、入場者は限定されます。しかし、逆はその限りではありませんからね」


 自信満々に言うアインズに対して、ユーリの目は冷ややかだった。


「自己の意思?」


 少佐が自分の意見に納得していないのを感じると、アインズは言葉を重ねた。


「そうですよ。昔一度技能クローンがストライキを起こしましたし、同じような感じですよ」


「それこそ外部犯がいたから」


 ユーリはアインズより年下であったが、短く切り返すその姿には存在感があった。その姿にアインズは一瞬言葉に詰まった。


「わ、分かってますよ。だからそれ以来、個性を消すほど監視が厳しくなって、反乱が起きなくなったって話ですよ」


 そこでアインズは、『ならその自己の意思はどこからきたのか』、という根本的な疑問にぶつかって、頭を抱えた。


 そのようなやり取りを続けていると、二人は現場に着いた。


「兵士の話ではここで見失ったらしいです。しかし、一見手掛かりがありませんね」


「足跡は?」


「調べてみます」


 そういうと、アインズは懐からスコープのようなものを取り出し、自身の特徴的な黄色い左目に当てる。すると、何もない道路から足跡をかたどった光の鱗粉が現れ、別の場所へと続いていく。


「協力者は一人。身長163㎝、全体の重量が53㎏。大通りの方へ向かってますね。街頭カメラで溢れているというのに……。最も記録を見てもこの通りから出た子連れの人は見つかってないとのことですから、上手く人影に隠れたのでしょう。このメタグラファーのことも知っていた可能性がありますし、かなりのやり手ですね。軍人かもしれませんよ」


 メタグラファーは指紋や足跡などの小さな痕跡に加え、物体が最近に受けた圧力を求め、当時どのような動きがあったかを視覚化する。しかし、大人数の動きには対応できない。


「目標が見える位置でも普通に歩いているところを見ると、銃を向けられていたから助けたってとこでしょうか。やっぱり一般人ですかね。俺はとりあえず日常的にここを通る人物の中から、先ほどの特徴の人物を当たります」


 それまでアインズの話を黙って聞いていたユーリが静かに呟いた。


「いや、心当たりがある」




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 食事時ということもあり、通りはサラリーマンを中心に人で溢れ返っていた。街頭カメラで見つかるリスクも避けられるから、カーラたちにとってはありがたかった。


「カメラは見ないでね。最新のカメラは事故が起こりそうなところや不審な人物を注視するの」


「はーい」


 少年はわかっているのかどうかよくわからない返事をする。呆れているカーラに気を留めず、周りの人達を見回していた少年は、脱走してからずっと疑問に感じていたことを口にする。


「皆、見た目が違うんだね」


「まあ、大半はね」


 同じ顔をした、二人の女の子が歩いてくる姿を見つめながら、カーラはぶっきらぼうに答えた。


「カーラは何人いるの?」


「私は一人だけど、私のクローン体は他に七人いる。三人は私と同じ世代、残りはまだ子供」


「カーラはオリジナル?」


「オリジナルという概念は無いわ。私はさっき言った同世代クローン三人と生まれてきた。家は大半が別々だけど、四ツ子みたいなものと考えてくれて問題ないわ」


 カーラは、少年から目線を逸らし、辺りを見渡した。


「この国ではDNAごとで人を見るの。責任も功績も共有。一人が悪いことをすれば、他のクローン体も相応の罰をくらい、最悪一生子供もクローンも作ることが許されない。逆にいいことをして自分の遺伝子の凄さをアピールしたら、給付金が出たり、子供やクローンを作れるようになるの。私の残りのクローン四人は次世代クローンって呼ばれて、その流れで生まれてきたの」


 少年が納得したような表情を浮かべた。


「全員で一人みたいな感じだから、オリジナルという概念がないんだね。でも理不尽じゃない? 育った環境が違うなら、それは全くの別人なのに」


 カーラは驚いて、まだあどけない少年の目を見つめた。そして、静かに笑い出した。


「本当にその通りよ。その純粋さはこの社会では貴重だから、今後も大切にしなさい」


「もしかして、この社会で生きるのって大変?」


 カーラの顔から、笑みが消え、悲壮感が漂いだした。


「つくづくそう思うわ。どこに行っても、一人としては生きられずに、常に遺伝子競争にさらされるもの」


 カーラの変化に気付いた少年は怪訝な表情を浮かべ、彼女の顔を覗き込むように少し前に出た。そして、からかうような表情を見せる。


「でも、カーラは優秀だったんだ」


 それを聞いたカーラは少し俯いた。


「……私自身の功績じゃないんだけどね。てか、それを言うならあんたがこの国一位よ。まあ、単純作業という分野においてだけど」


「僕はここの人達とどう違うの?」


「本質的な違いはないけど、より作為的に生み出され、育てられ、特定の分野で人間の頂点に立っているところかしら。だから国はあなた達の反乱を恐れるし、国民は自分達が社会に不必要となることを恐れているの」


 実際、カーラたちが遭遇した兵士も、個人の判断で捕獲より射殺を優先していた。そんなこともつゆ知らず、少年は気楽そうな反応を見せる。


「へー大変なんだね」


 カーラは改めて彼の今後に不安を覚えていた。この社会でゲノムはIDのようなものだ。すぐではなくてもこの子の正体がバレることは十分に考えられる。けれどその時一体、誰がこの子の味方になってくれるのだろう。




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 しばらく歩いた後、カーラは金髪の男がずっと自分たちをつけてきているのを感じていた。体格の良さから恐らく軍人であることは推察出来るが、カーラが軍にいた時には見たことのない顔だった。いずれにせよ、足跡から自身に到達する早さに驚いたカーラは一段と警戒した。


「後ろを見ないでね」


 前方を捉えたまま、呟くようにカーラは言った。


「え? どうして?」


「追手がいるの。 20m後ろに一人、更にその先に一人。軍も節穴ではないらしいわ。合図をしたら走って」


「う、うん」


 不安そうに頷く少年を見ながら、カーラは、この短時間で彼らがどのように自分に辿り着いたのか考えたが、結論は出なかった。




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 同時期、彼らをつけていたアインズは、機を伺っていた。女の方は腕が立ちそうで、目標を強引に連れ去ることも難しい。かと言って、この人目がある状況では暗殺も容易くはない。そのような事を考えていると、彼らは徐々に人気のない裏通りへと歩いて行った。


(これで仕事がやりやすくなる)


 アインズが徐々に距離を詰めていくと、女がポケットから何かを取り出し、それを落とした。


 アインズがその落とし物に近づいた瞬間、それは強烈な光と音を発し、たちまち視覚と聴覚を奪われた。周囲が認識できるまで、ひと時の時間を有した。視覚を取り戻したアインズはすぐにメタグラファーを取り出し、彼らを追跡した。

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