魔法の国の無能探偵王女は有能助手と一緒に国と国民を護るのですわ
山門紳士
第1話 魔法の国の妖精王女と探偵助手
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表
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ここは魔法の国
ローレライ魔法王国。
この国には妖精探偵社という場所がある。
それは王城の外縁部にあり、しかし王城からは高い壁で隔離されている。覆う壁自体がぐるっと円塔のように探偵社の建物を囲み、その中に妖精探偵社の建物がある。
円塔のような壁の中。
そこはまるで異界のようで。
年中花が咲き誇り、誰もいないはずなのに笑い声が聞こえてきたりするという噂がまことしやかに囁かれる。
市街地に接する側の壁。
王城に接する側の壁。
両方に小さな出入り口があり、依頼のある人間が出入りできるようになっている。
王城から隔離されている理由はここに平民が出入りするからで。
それでも王城の中に建物があるのは、そこの主人がこの国の第一王女だから。
二つの理由でこういう特殊な形になっている。
さて。
そんな妖精探偵社。
建物の扉を開けるとすぐに探偵事務所が広がっている。
その内装は石造で、入って数歩進んだあたりに接客用のローテーブル、それを挟むように四人がけの足つきソファが二脚向かい合っている。その他の調度は王族用と言えるほど華美ではないが質実が釣り合ったセンスの光る物が並ぶ。
どれも一級品で目を惹くが、しかしなんと言っても室内で一番目立つのは、入口正面にある探偵机だろう。
とても大きく広い。巨大と言っても差し支えない。
そしてそこにはもちろん探偵が座っている。
探偵の年は二十を一つ超えているが、見た目はまだ十代のように小柄で、革張りの一人掛け椅子にむふんと探偵然としながらその身体を預けている。
本人的にはハードボイルドを気取っているのかもしれないが全くそうは見えない。
むしろその姿はハードボイルドからはかけ離れ、さながら妖精のようであり、社名の由来ともいうべき美しさだった。
透き通るような金色の髪は長く伸び、大きめのうねりを帯びている。それは極度の癖っ毛であるのか、身体よりも大きく横へと膨らみ広がっており、本人のふわふわとした性格を表すようだった。
肌の色もまるで白以外の色素を失ったかと見まごうほどの透明度。
かろうじて頬にのっている桃色の血色がさらに白さを際立たせている。
繰り返しとなるが、その身長は低く、通常よりも大きい探偵机とサイズ感があっていない。
探偵の座高と机の天板の高さが釣り合っておらず、机から可愛らしい頭部だけがぴょこんとのっているように見える。それもまた愛らしく、感情に合わせてぴょこぴょっこんと出たり入ったりする様などは、探偵を知らない人間でも思わず頬が綻ぶばかりだ。
その全てが探偵を妖精探偵たらしめているものである。
だがしかし。
何よりも決定的に探偵を妖精たらしめているのはその右目だった。
それは虹色に光り輝く瞳。
虹色、それはこの世界では妖精を象徴する色。
妖精界から人間界へと妖精が渡ってくる時にかかる虹の橋にちなんでいる。
他の全てが違ったとしても、その瞳だけでこの探偵を妖精探偵たらしめるだろう。
そんな探偵は前述の通り、この国の第一王女である。
名前をアニエス・フォン・ローレライ。
由緒正しいローレライ王家の長子。本来であれば、王位継承権第一位のやんごとなき身である。
だがその王位継承権は失効している。
残念な事にアニエスは魔法が使えない。
この魔法の国にあって魔法が使えないのだ。
冒頭に述べた通り、この国は魔法の国。
しかも大陸内で唯一魔法使いが生まれる国。
魔法で全てが成り立っている国。
そんな国にあって魔法が使えないとなれば、第一王女とあっても王位継承権を得る事はできない。
それでもまあ。魔法が使えないだけであれば細々と王女として生活しつつ、良い年頃で臣下へと降嫁して、幸せな人生を送ることもできただろう。
しかし残念ながら。
アニエスはとても自由な性格であった。
幼い頃からふわふわふらふらといつの間にかに王城を抜け出しては城下へと遊びに出かける。侍女を何人増やそうと、監視を何人つけようと、部屋に鍵をかけようと、いつの間にか部屋からいなくなっている。さながら妖精である。
そしてそんな行動はトラブルを呼び込む。
安定した国家運営をしているこのローレライ魔法王国とはいえ危険な地域は存在するし、アニエスのこの美しさは悪い人間には格好の的となった。
実に。
誘拐未遂、十数回。
誘拐、一回。
傷物令嬢どころの騒ぎではない。
いや、実際には傷はついていないのだが、事実は関係ない。
未遂だけなら何とかなったかもしれないが。
実際に一度誘拐されてしまったのは致命的だった。
これではさすがに幸福な嫁ぎ先を探す事も難しい。どんなに忠実な臣下とて嫌がるだろう。無理矢理押し付ける事もできるだろうが、ローレライ王家はそういう無体を働くタイプではない。
アニエスは行き先を失った。
そんな状況でもアニエス本人はケロッとしているのだから、王や王妃は今後のアニエスの未来を憂いた。
しかしアニエスは幸運であった。
件の誘拐事件でアニエスを救った男が、褒美として専属の側仕えとして登用される事を望み、それが叶って以降、アニエスの悪癖はうまくこの男にコントロールされる事となる。
この男、実に有能でアニエスが行方をくらましても必ずその側にいる事ができる。さらに言えば腕っぷしも強い。素手で王家の魔法騎士団団長を軽くあしらえる程であり、こうなるとそこらの誘拐犯程度では相手にならない。ここでアニエスの誘拐の心配は一切なくなった。
側仕えとなった後、今では探偵社の助手に就任しており。
アニエスはこの助手と必ずセットとして扱われている。
以上が、王家の長子である、アニエス・フォン・ローレライが王位継承権を失っている理由である。
王女が探偵をやっている理由もここに起因している。
通常であれば王族は強大な魔法の力を使用して国家の重要な職務に就いている。
しかしアニエスにはそれは適わない。
だからと言って無駄飯を食わせる事をローレライ王家はヨシとしない。ローレライ魔法王国の王族は高潔であり、王族の使命を果たさずに王族である事を許していない。その権力にはその責任が伴うと考えている。
その考えはアニエスが魔法を使えないとしても関係ない。
アニエスも何らかの手法で国家に奉仕しなければ王族でなくなるしかない。
しかしこの妖精王女に仕事ができるとも思えない。
そこで有能な助手は王に提案した。
国家、国民の悩み事を解決する国家探偵局的な部署を作成し、そこにアニエスを据えるようにと。そうすれば実務は全て自分がこなし、アニエスの管理もできるだろうと。
王と王妃はこの提案を受け入れて。
見事、妖精探偵社が出来上がったのだった。
はじめは王と王妃も何もしないよりはマシ程度の認識であっただろう。
しかし。
助手はとことん有能であった。
来る相談来る相談、片っ端から解決していった。
初めは王族のちょっとした困り事や、侍女の失せ物探し、平民の夫婦喧嘩の仲裁などだったが、その解決能力の高さに段々と相談の質も量も変化し、出入りの商家の跡目の相談、国家の運営に必要な調査依頼などの重要な調査も任されるようになっていった。
アニエスも助手にコントロールされながら頑張った。
本人も王族の薫陶を受けて育っているため、国家に奉仕したいという思いが強かった。この頃に露見したが、街に出てフラフラとするのは国民の役に立ちたいという思いからだったという。
そうこうしている内に妖精探偵社はローレライ魔法王国では割と有名になっていったのだった。
現在だと国家関係の重要な調査一割、王侯貴族、平民の別なく、警察に頼むほどの大事ではないちょっとした困り事などの相談九割といった具合でひっきりなしに相談者が訪れてくる。
これはそんな妖精探偵社のお話。
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