ダイイングメッセージは計画的に

家葉 テイク

トリあえず

 ──ARサイバネティクスによって、人は喋るよりも簡単に思考を表現できるようになった。


 喉の奥に張り付けた特殊なICチップによって人間の脳を拡張するこの技術は、当初は対象者の思考した内容を空間に投影することができるというものであった。

 主に会話ができない類の障碍を持つ患者の為に開発されたこの機能であったが、思考を会話することなく表現できる点、そして導入は喉の奥にICチップを張り付けるだけという非常に簡易かつ安価な方法によって実現されたことから、瞬く間に健常者の間でも広まり、ARサイバネティクスは『新たな常識』となった。


 そして、ARサイバネティクスによって最も影響を受けた分野が────



「…………またARダイイングメッセージか……」



 探偵業である。



 人は、実は心臓が鼓動を止めても数秒程度は思考が持続すると言われている。

 そしてARサイバネティクスは、思考を表現する技術だ。

 そうすると、殺人事件の被害者が今わの際に、かなり精密なダイイングメッセージを残すこともできるようになるのである。


 ただし。


 ──考えてもみてほしい。

 今わの際。人生最後の表現。もし仮に死ぬとなった時に、自分がこの世に遺せる最後の言葉を考えろと言われて──果たして、無味乾燥な人名、それも自分を殺した張本人の名前を残したがるだろうか。



「まぁまぁ、仕方がないじゃないですか。最後の自己表現なんですし」



 最初は、とある教授だった。

 同僚に殺害されたこの教授は、死ぬ間際にARサイバネティクス技術を利用して暗号化されたダイイングメッセージをしたためた。

 必然性はなかったが、この『暗号』という形に自分の知性を表現したかったのだ。人生が終わる最後の瞬間に、この世界に自己を刻みたかったのだ。

 そして史上初のAR暗号ダイイングメッセージは、当時のメディアでセンセーショナルに取り上げられた。


 これにより、ARサイバネティクスによる暗号ダイイングメッセージを残す人間が急増。

 それに伴い、探偵たちはAR暗号に臨まざるを得なくなったのである。



「いい迷惑だよ……。えーと、『トリあえず』? なんだこのダイイングメッセージ」


「うーん、『とりあえず』の『とり』だけカタカナに変換していることに、何か意味があるんですかね」


「こういうの、せめて意味くらいは明瞭なものを用意してくれないと、まずは意味の解釈の部分から始めなくちゃいけないから困るんだよな、ほんとに……」



 とはいえ、今回のようなケースはまだ序の口であった。


 中には思考をそのまま表現できるのをいいことに迷路や論理パズルみたいなものを用意してくるケースもあったし、当然ながら問題として間違っているので出題者のミスを考慮しながら解読しないといけないケースも存在していた。

 それに比べれば、このくらいは……、



「そうか。『ひとまず』と同じ『最初』を意味する『とりあえず』の中に、終わりを意味する『トリ』が含まれている。最初の中に最後があるっていう意味の暗号なんだな、このメッセージは!!」


「で、それが具体的にどうやって犯人に行き着くんです?」


「…………だぁー!!!! だから最初っから名前書いとけや!!!!」



 今日も探偵たちの戦いは続く。

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