あなたの能力は?

「俺がいいと言うまでそこを動くな!」

 男の声に構わず梶田は死体をまさぐり続けていた。

「この野郎!」

「そっちこそ、僕がいいと言うまで近づかないで欲しいね。警察はあてにならないからな」

「現場を荒らす素人に言われたくないわ! とっととどきやがれ!」

 男は無理やり梶田を死体から引き離すと丹念に観察をしだす。


「焼死か。幸いにもスプリンクラーの初期消火で被害は少なく済んだか。おい、この山荘にいる者全員を集めろ」

 佐々木さんは辺りをキョロキョロ見渡している。

「オーナー、お前のことだ」

 ようやく事態を理解した佐々木さんは脱兎だっとの如く走り去っていく。

「こりゃ、全員のアリバイを調べる必要があるな」

 さすが本職だ、手際がいい。



「さて、頭の悪いお前らでも状況は分かったな?」

 鹿島刑事の声がリビングに中に響く。

「さて、早速だが事件当時にどこで何をしていたか、教えてもらおうか」

「ちょっと待ってください。事故や自殺の線は考えなくていいんですか?」

「お前はバカか。現場には簡単だが発火装置があったんだ。考えるまでもない!」

 僕の考えは一蹴された。


「まずは、オーナーお前からだ」

「えっと、小屋の周りの掃除をしてました」佐々木さんがオドオドと答える。

「本当にそれだけか?」

 刑事の詰問に萎縮している。これは良くない。

「佐々木さん、あなたは小屋の周りにいたそうですが、具体的に何をしていましたか?」

 梶田が柔和な顔で尋ねる。捜査の基本、相手を脅したりしてはいけない。だが、僕は知っている。梶田は心の中の冷徹な目で観察しているのを。

「物置にある道具を使って掃除をしていました」

「それで、物置はどこにあるんでしょうか?」と梶田。

「壁を挟んで個室の隣にあります」


 梶田がしばらくうなっていると、すかさず鹿島刑事が佐々木さんを問い詰める。

「さあ、証明書を見せてもらいましょうか」

「こ、これです……」

 佐々木さんの証明書にはこう書かれていた。「佐々木常盛ささきつねもり 能力:発火 一日三回の使用制限あり」と。

「そう、あなたの能力は発火能力だ。今回の犯行も火を使ったものだ。さあ、諦めて自白した方が楽になるぞ」

「ちょっと待った。それは安直だな。簡単な発火装置なんか誰にでも作れる」

「素人は黙ってろ! 発火装置を使ったと見せかけて、こいつが能力を使った可能性だってある」

 梶田と鹿島刑事の口論がヒートアップしそうだ! 話を逸らすしかない。


「あの、次はそちらの男性に話を聞くべきではないでしょうか?」

 僕はゲーム好きの男を指す。

「それもそうだな。あなたは僕たちと一緒にリビングにいましたね。あなたの証明書を見せていただいても?」梶田が尋ねる。

「なんで、素人に見せる必要があるんだよ!」

「ふん、まったく持ってその通りだ。これは我々警察の仕事だ。さっさと出せ!」

 鹿島刑事が吠える。

「これです」

 そこにはこう書かれていた。「田口進たぐちすすむ 能力:物体引き寄せ 有効範囲:三メートル」

「なるほどね。まあまあの能力だな。生活するうえでは便利かもしれん」

 この刑事、いちいち鼻につく言い方だな。


「さあ、次はあんただ」

 視線の先にはダイニングで豪快な食べっぷりを見せていた男がいた。

「おう、構わないぜ。ほらよ」

 証明書には「飯田明いいだあきら 能力:電波発信 有効距離:五メートル」と書かれている。

「聞かれる前に言っとくと、俺は個室にいたぜ。もちろん、一人だから証人はいない」

 

「お次はそこの二人組だ」どうやら僕たちの番らしい。

「これです。名前は冴島涼太さえじまりょうた、能力はテレパシーで有効距離は二メートルです」

「なるほど、なるほど。悪くはないな」

 まるで品定めをされているようだ。こんなに上から目線なのだ、この刑事の能力はすごいものに違いない。


「さて、最後はあんたの番だ。さあ、証明書を出しな!」

 梶田はゆっくりとポケットに突っ込むと、証明書を刑事に差し出す。

「なになに、梶田優かじたすぐる、能力は……無し!? あんたまさか無能力者なのか?」

 鹿島刑事は目を見開く。


「それがどうかしましたか?」

「ふん、あれだけ大口を叩いておいて、無能力者とはな。社会のガンだ。そもそも無能力者は――」

「ちょっと待ってください! 肝心な被害者の情報が分からないと話が先に進まないのでは?」

 飯田さんが「そうだな」と援護射撃をする。


「まあ、いい。さて、この女の証明書は……これか」

 刑事が死体の財布から取り出す。

岡本彩花おかもとあやか、能力はテレポート。ただし、五メートル先が限界、と。五メートル先じゃあ、使い道が限られそうだな。さて、これで全員の能力が出揃った。次は――」

「全員の能力が出揃った? 刑事さん、僕たちはあなたの能力を教えてもらってないと思うが」

 梶田の目は獲物を狙う肉食動物のように鋭かった。言われてみれば、その通りだ。


「しょうがない。俺の証明書はこれだ」

 もったいぶった口調で取り出すと僕たちに見せつける。

「えーっと、鹿島一かじまはじめ、能力は……過去視!?」

 過去を知ることが出来る、これは刑事として使い勝手がいいに違いない。これなら、上から目線だったのも納得がいく。


「確かに素晴らしい能力だ。でも、一分前までが限界なら用途も限定的だ。しかも、一日二回まで」

 梶田が制限箇所を指でトントンと叩く。

「無能力者に言われたくないわ!」

「確かに、過去視はすごい能力さ。警察なら重宝されるに違いない。ところで、刑事さん、遠藤周作という小説家を知っているかい?」

「いや」

「彼のエッセイにこんなことが書いてある。『あるところにイケメンがいた。若い頃はモテたが、それゆえに人生勉強を怠った。その結果、中年になるとイケメンは間抜けな殻のように空虚なってしまった』」

「何が言いたいんだ!」

「つまり、警察は超能力にあぐらをかいて頭が空っぽになってるってことさ」

「貴様、言わせておけば!」

 刑事の拳は梶田の頭を捉えた――かと思われたが、虚しく空を切る。柔道を極めている梶田にはスローモーションのように見えたに違いない。涼しげな顔で立っている。


「確かに、警察は能力が有能かどうかで採用するようになった。警察の思考力は年々落ちてるし、その男の言うことも間違いではないな」

 飯田さんがつぶやく。

「お前もか!」

「まあ、落ち着いて。殺人事件が起きたんだ、いがみあっても仕方がないでしょう? まずは今後どうするかですよ」

 佐々木さんがとりなす。

「僕は部屋に戻らせてもらうよ。ゲームの続きがしたいからね」

「俺もそうさせてもらうよ。捜査部隊が着くのは明日だろ? それまでは何をしても無駄さ」そう言うと飯田さんは姿を消した。


「僕たちも失礼しますね」

 断りを入れてリビングを去る。


「それにしても、短期な刑事だな」

「いや、あの言動はどうかと思うぞ」

「まあ、いいさ。この事件を解決すれば、彼も僕の推理力を認めざるを得ないからね」

 そう言って自室に戻ろうとした梶田が振り返るとおもむろに言った。

「遠藤周作のエッセイ、面白いから読むといい。純文学者じゃない一面が見られる。ただし、下ネタ注意だ」

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