とある山荘での殺人 全8話
雨中の追憶
事務所の一室で
「相変わらず読書が好きだねぇ」
僕は梶田を見つつ言う。
「そりゃあ、そうさ。昔の人がこんな言葉を残している。『知識は束縛からの解放であり、無知は奴隷だ』と。
「考えておくよ」と僕。
「そうそう、それと明日もここに来てくれよ」
「もちろん」
僕はそう返事をすると、事務所を後にした。
僕は閑静な住宅街の中で目的地を探していた。確か西島という名前だったはずだ。十八歳を越えてから超能力に目覚めたというケースは初めて聞いた。専門記者としては取材しないわけにはいかない。
しかし、この土砂降りはどうにかならないのだろうか。こんな日に取材なんて、運が悪いとしか言いようがない。編集長は「
そうかもしれないな。
十数分すると西島と書かれた表札を見つけた。その外観は宮殿のようで、住宅街の中で一際目立っていた。もう一度、手元の手帳で確認したが、やはりここらしい。
通された応接間のしつらえからするに、西島さんは狩りが好きらしい。壁には剥製の鹿の頭が飾ってあるし、棚に飾られた写真には猟銃を持った笑顔の西島さんが写っている。
コホンと咳が聞こえたので振り返ると、西島さんが立っていた。小太りで短足。他人から見たら狩猟を趣味にしていることに驚くに違いない。
「君が冴島くんだね?」
「ええ、そうです。新しく超能力に目覚めたと聞いて」
僕は名刺を差し出す。そこにはこう書かれていた。「『超能力専門雑誌 PSI』専属ライター
「噂は聞いてますよ。なんでも、超能力専門誌の記者だとか」
ふん、と鼻で笑われた。完全に馬鹿にされている。まあ、うちは小規模出版社だし、当たり前の反応かもしれない。
「ところで、君も何かの超能力者なんだろう? 何なんだね?」
(西島さん、僕の能力はテレパシーです)
応接間を歩き回っていた西島さんの足が止まる。
「ほう、テレパシーか。なるほど、面白いじゃないか」
「西島さん、あなたは四十三歳で超能力に目覚めたと聞きました。それは、今までの常識を覆すものです。ぜひ、お話を聞かせてもらえませんか」
「そうだな。もったいぶるのは私の好みじゃない。では、早速私の超能力を見せるとしようか」
取材の帰り、先ほどの住宅街とは真逆の
僕はインターホンを押さずにドアノブに手をかける。やはり、鍵はかかっていなかった。
「あぁ、君か。意外と早いご到着だね」
部屋に入るとソファーでくつろぎながら読書を楽しんでいる梶田が目に入る。ほっそりとした体のため、ソファーは少ししか沈んでいない。ビードロのようにキラキラ輝く目で僕を観察するとすぐに言った。
「ああ、分かった。その顔からするに空振りってところだな」
「ご名答。新たに超能力に目覚めた、というから飛んで行ったら、ただの手品だったよ。あれはひどかったな」
年季の入ったコートを拭きながら言葉を返す。撥水加工が弱まってるらしい。今度の給料で買いなおすか。いや、それよりも先にパソコンを新調しなくては。あのオンボロではまともに執筆も出来ない。まあ、僕の給料じゃ難しいかもしれないけれど。
「雨の中ご苦労さん。それにしても記者も大変だな。いや、記者と言うよりは
「それは言い過ぎじゃないかな。いい匂いがするけど、これは?」
梶田の手料理の匂いに違いない。
「なに、親友の誕生日祝いさ」
「同時に梶田自身のお祝いだろ?」
「まあね」
そう今日は五月十二日。僕らの誕生日であるのと同時に、僕が超能力に目覚めた日でもある。あの日は晴天だった。僕の超能力発現を祝うかのように。窓に強く叩きつく雨を見ながら思い出す。
今でも鮮明に思い出せる。僕がテレパシーに目覚めたこと、梶田が超能力に目覚めなかったこと。しかし、梶田は悲観するわけもなかった。そして、こう言った。
「エジソンもこう言っているだろう? 『天才とは一%のひらめきと九十九%の努力である』って。僕に超能力がなくても、推理力を磨けばどうってことはないさ」と。
「それで、いつまで記者をやるんだい? 君ならもっといい仕事が見つかるだろうに。まあ、理由は分かるよ。僕が超能力に目覚める可能性を探っているんだろ? 何度も言ってるだろう。僕には不要だって。ほらよく言うだろ? 『努力に勝る天才なし』って。僕には超能力がなくても、努力して勝ち得た推理力があるんだから」
本のスピンを指でいじりながら梶田が言う。
「それで、要件はなんだい? 何か面白いものを見つけたって言ってたけれど」
そう、今日はお祝いだけのために事務所に立ち寄ったのではない。
「それがね、いいステーキ屋を見つけたんだ。発火能力者による直火が売りらしい。ただ、アクセスが悪くてね。何せある山の小屋だからね。でも、君なら気にもしないだろう。君の趣味でもある登山を楽しめる。一石二鳥というやつだ」
なるほど、それでテーブルにガイドブックが置いてあるわけだ。
「そりゃいいな。もちろん、梶田も来るんだろう?」
「最近、依頼人がいないもんで、ろくに外出してないんだ。運動不足じゃあ、いざという時に困るからね」
僕は心の中で「そりゃ、超能力事件なんて滅多に起きないからな」と呟いた。
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