離れない世界

歩弥丸

発議編

「お前らーちょっとブレストに付き合えー」

 代表はそう言って、その日、新世界旅行社の会議室に人間の社員を集めた。いや、AIたちはどうせネット越しに聞いているというだけの話であり、人間以外を排除している訳ではないのだが。

「知っての通り、『集団多発ささくれ案件』の関係で、業界では、暫くファンタジー世界群への旅行は自粛しようという方向になりつつある。で、ぶっちゃけると、ファンタジー世界群以外で売れる旅行商品のアイデアが欲しい。やるやらない・出来る出来ないは別として、どんなことでも良いから話してみてくれ」

「この世界の中の旅行ではいかんのかのう」

 老人がゆっくりと言った。

「前提条件を理解してないジジイは黙ってくれる?」

 代表が言った。

「実の祖父に向かってジジイとは何じゃジジイとは! わしゃこれでもここの顧問じゃぞ!」

「事実ジジイじゃねえか!」

『はい家庭内暴力はお止め下さいね』

 秘書AIが止めに入った。

「食、を切り口にするのはどうっスか。ファンタジー世界群でも『王都食べ歩き』好評だったじゃねえっスか」

 丸顔の社員が言った。

「悪くねえけど、基軸世界と『近い』世界の食って結局基軸世界の食とそんなに違わねえんだよな」

 代表はホログラフ上にメモを走らせながら、難しそうな顔をしている。

「で、『遠く離れた』世界ーー人類のいねえような世界で食、という話になると、まず規約に触れない範囲で自分らで作ってみるところから始めることになる。ファンタジー世界群の『適度な遠さ』が食を切り口にするのに良かった、って話ではあるが、中長期的課題だなあ。はい次」

「奇観、ですかねえ」

 細身で長身の社員が言った。

「基軸世界では見られないスケールの断崖! 無限に広がる大雲海! 謎の大森林! みたいなのを、こう」

「それも悪くねえ。悪くねえけど、『基軸世界では見られない』規模の奇観がある世界って、結局『地質誌か生物誌、ないしその両方が基軸世界からかけ離れている』『遠い』世界ってことで、厳重な安全確認が必要になるんだよな。極論、基軸世界の中で火星旅行に御案内するのとどっちが安全なんだよ、ってことにもなりかねない。これも中長期的課題だな。はい次」

「ロマンス、では?」

 新人がそっと口を挟んだ。

「ロマンスぅ?」

 先ほどまでとは打って変わって、社長が露骨に馬鹿にするような表情になった。

「恋愛です」

 新人自身は大真面目だ。

「ンなこたぁ分かってる。お前な、異世界人との恋愛斡旋なんて規約違反もいいところだろ」

「新しい出会い、とは言っていません。ほら、バレンタインデーとかあるでしょう。恋人の名所とかあるでしょう。そんな感じで、こちらの世界のカップルたちに、自分たちの恋愛を改めて『良かったなー』と思って貰えるような、ロマンティックな光景を、こう」

「……言いたいことは分かった」

 代表はまともな表情に戻って、付け足した。

「で? 具体的には? どういう光景ならロマンティックさと異世界ぶりを調和できると思う? ちょっと自分の考えで言ってみな?」

 そこまでは考えていなかったらしく、新人は暫く返答に窮した。代表がホログラフをトントンつついていると、新人は重たげに口を開いた。

「ええと……朝日夕日とか夜景とかはこっちの世界でも全然見れるし……レストランとかの方向性は時間掛かりそうっていうから……異世界生物の……ええと……大繁殖地……?」

「それはロマンスというよりセッ…………いや待てよ……」

 何か思いついたことがあるらしく、代表は急にホログラフを切り替え、数号前の『異世界旬報』を検索し始めた。

「それ……アリかも。取り敢えずやってみよう」

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