噛み合わない2人

Mov.1 不安を胸に

 3月末。僕は半日以上もの長い時間、馬車に揺られ続けていた。


 ごく普通の平民家庭の生まれなので馬車に乗る機会はほとんどなく、長距離の移動は今回が初めて。それなので、思ったよりも揺れる馬車に少し酔いながらも窓の外の景色を楽しんでいた。


 馬車には僕の担任になる予定のカーター先生が同乗してくれている。スラッとした細身に長い髪を後ろで結えているいかにも良いところの大人な感じで、僕の村には居ないタイプだ。


「カーター先生、僕たちが向かってる聖歌学園ってどんな場所なの?」


「おや、世界的に有名だと思っていたんですが…まだまだでしたね。聖歌学園はその名の通り、各国が協力して運営している聖歌を学ぶことに特化した学校です」


 カーター先生は少し残念そうな顔をした後、気を取り直して学園出身者の名前を挙げていく。驚くとこに、その面々には街から遠い村に住んでいる僕でも知っているような有名な歌手が何人もいた。


「誰でも入れる学校とは違っていて、入学許可証が届いたでしょう?入学するにはあれが必要なんです」


「へぇ…そうだったんだ」


「しかも、許可証は厳しい選考を通った人だけが手に入れられるんです。貴族だからとか身分で優遇されることは決してないので、完全に実力がある子だけが集められてます」


「あれ?僕、選考なんて受けてないけど…」


「まあ、試験みたいなことじゃない場合もありますからね。大丈夫ですよ」


「ええ……本当に?」


 僕の場合、魔力測定は受けたものの特別な選考は受けていないし、案内もされていない。ある日いきなり学園の担当者が家に来て入学許可証を渡されたのだ。


 それなので、てっきりランダムに選ばれているくらいのものかと思っていた。


 歌うことは好きだけれど教会でのお祈りくらいしかまともに歌ったことがなく、教育も受けたことがないのに一体なぜ選ばれたのだろうか…。


 理由が気になったので、どうしてですか?と質問をしても、はぐらかされてきちんとした答えをもらうことはできなかった。


 もやもやと考える僕のことを気にせず、カーター先生は話を続けた。


「学園には7歳から14歳くらいまでの少年だけが通ってます。聖歌は声変わりをすると効力が薄くなってしまう特性があるので、声変わりのタイミングで卒業、となるんです」


「うわぁー…年の終わりとかじゃないんだ。なんか…寂しいね」


「聖歌は結構特殊ですからね。巡礼をして世界を浄化する目的もあるので、運営的に仕方ないところもあります」


 話を聞けば聞くほど、特殊な力がないといけない場所な気がする。そもそも魔法の使い方もわからず何の変哲もない僕が通っていいのか、不安な気持ちが一気に押し寄せて来た。


 *


 またしばらく揺られて、景色を眺めるのにも少し飽きてきた頃。

 カーター先生は真面目な顔で僕に話しかけてきた。


「ノエルくん。学園に到着する前に、3つ覚えておいてほしいことがあるんです。」

 

「へぇ……どんなこと?」

 

「聖歌学園には守らなければいけないルールが3つあります。1つ、正式な名前は伝えてはならない。2つ、この学園にいる間は身分や出自を明かしてはならない。3つ、学園にいる間は聖歌を学ぶことに集中すること」


「名前や身分…?それ知らないと貴族生まれの子に失礼なんじゃないの?」


「そう、まさにそれなんです。過去に大変なことが起こりましてね……」


 カーター先生によると、昔はこのルールを決めていなかったらしい。

 

 身分に関係なくのびのびと生活しながら聖歌を学ぶ環境を整えていたつもりが、平民と貴族が同等の扱いを受けることに抵抗がある人がいたようで…。


 教師と裏で手を組み貴族組と平民組を分けたり、平民は貴族の付き人になるようにして授業をまともに受けることができなかったり。

 身分の差で教育が変わってしまったことで、聖歌の歌い手が育たない環境になってしまっていたのだ。


 やがてはその噂を聞きつけた親が学園への入学を拒否し始め、生徒を集めることもできなくなってしまった。


「名前や出自の話をすると、どうしてもそのあたりが気になってしまいますからね。学園にいる間は誰でも平等に話してください」


「そうなんだ…。普通にカーター先生には話しちゃってたけど、それはいいの?」


「僕たちは逆にある程度知っておかないといけないですから大丈夫ですよ。ただ、生徒間で話してしまうと最悪退学もあり得ます」


 せっかく入学を許された学園だ。退学だけはしたくない。

 同じ平民生まれの子を探して友達に、なんてことを考えていたから気をつけないと。

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