親の町工場を立て直そうとしていたが、志半ばで他界。転生した先も零細の貴族家だったので立て直します

工程能力1.33

1章

第1話 転生

 中小企業というのは大企業に搾取されるものである。どこの業界においてもそれは変わらない。

 日本のとある地方都市にある、家族経営の小さな町工場も例にもれず搾取により苦しい経営を強いられていた。

 社長の息子であるその男も、大企業に悪態をつきながらも深夜まで工作機械を動かしていた。


「くそう。親父が脳梗塞で倒れたっていう事情があるのに、納期の調整は出来ないって言うし、信用金庫は貸しはがしに出てくるし。今までの信頼関係はなんだったんだ。所詮中小企業は食い物にされるだけじゃないか」


 男の父親が脳梗塞で倒れて入院しているので、加工する作業者が一人減ったのを男が深夜まで仕事をすることでカバーしていた。

 だが、大企業はそんな事情を汲んでくれることは無く、納期を守れしか言ってこない。

 そもそも、人手が足りないのも人件費の高騰による、部品の値上げ要請を大企業が却下したせいで、男の会社には他社並みの給料を払う余裕がなく、人が集まらないのだ。

 加えて、信用金庫は社長の入院を見て、さっさと貸付金の回収に走った。

 都合のいいときだけは『中小企業の潤滑油』といっているが、いざとなれば直ぐに見切りをつけて容赦なく取り立てる。

 そんな状況を一人で打開できるはずもなく、男は過労と心労により父親よりも先に亡くなった。



 転生、それは生まれ変わる事。

 宗教によっては人の魂は転生するのだという。それが事実かどうかはわからない。

 何故ならば、転生前の記憶を持っている人間がいないからである。

 ところが、ここに転生前の記憶を持った赤子が生まれた。

 日本の中小企業の社長の息子として生きた前世の記憶を持ち、どこか知らぬ世界に転生したと生まれてすぐに気が付いたのである。

 スティーブ・アーチボルト。それが男の新しい名前であった。前世が日本人であったことに関係しているのかは不明であるが、黒目黒髪という外見であった。

 アーチボルト騎士爵家の長男として、地球の中世ヨーロッパ程度の文明を持つ異世界の国家に転生したのだ。

 国家の名前はカスケード王国。国王ウィリアム・ジス・カスケードによって統治されている大国ではあるが、周囲の国々とは戦争が絶えず常に緊張状態にあった。現国王も先代の父である国王が戦場で討ち取られたため、急遽その跡を継いだという経緯がある。

 その時の国内の混乱を国王と一緒に乗り越えたという功績で、スティーブの父親であるブライアン・アーチボルトが騎士爵となったのであった。

 ただし、即位したばかりの国王は国内権力基盤が弱く、自分の味方となってくれるブライアンに与えられる領地は王国西部、フォレスト王国との国境にある貧しい土地しかなかった。

 ここで、カスケード王国の西部の状況を説明しておくと、フォレスト王国という強大な国家と国境を接しており、たびたび領土をめぐって小競り合いがおこっていた。

 時にはその小競り合いを理由に大軍を動かすこともあったが、フォレスト王国もまた他国との国境問題が他にもあり、更には国内の政治駆け引きもあって、そうそう大きな戦いとなることはなかった。

 そして、大きな戦いはお互いに消耗するだけで終わってきた。

 そんなフォレスト王国に対抗するために、西部にはソーウェル辺境伯という大貴族が配置されている。このソーウェル辺境伯が西部の貴族を取りまとめており、アーチボルト家も例外ではなくソーウェル辺境伯の派閥に属していた。


(貴族といっても裕福ではないな)


 というのがスティーブの感想だった。

 平地はそれなりにあるが、土地が痩せており麦があまり育たない。そのせいで親の領地の人口は300人と少なかった。管理するべき村は二つ。税収もあがらず、ソーウェル辺境伯や商人からの借入金でなんとか運営している状況だった。

 子供ではあるが前世の記憶を持ったスティーブは、この領地の状況を正確に把握出来ている。

 そして、それがまるで前世の父親の会社そっくりであった。いわゆる自転車操業である。

 毎月の支払日付近になると金策に走る父親の姿は、貴族というよりも中小企業の社長に見えた。

 それが前世の父親と重なり、なんとかしてあげたいと思えた。

 子供の頃から領地を改善しようという目で見てまわったが、特段改善する手段も見つからずに時が過ぎた。


 この世界には魔法が存在するのだが、神聖魔法を独占するフライス聖教会によって、魔法が使えるかどうかを神聖魔法で判定してもらうことにより、魔法の才能があるものはその才能が開花するのであった。

 勿論、この世界でも宗教は浄財喜捨を貴ぶ。神聖魔法の行使には莫大な対価が必要であった。

 ゆえに、平民の魔法使いというのはほとんどおらず、貴族の子女が魔法使いという役割をになっていた。例外的に平民で魔法使いとなるのは、王都や大貴族の領都にいる孤児である。

 治安の一環として孤児を保護しているが、ついでに魔法の才能を確認する。親がいないので才能が有った時に引き取るのに支度金などを払う必要がないことがその理由だ。そうした経緯から王族や貴族が資金を孤児の為に出すので、魔法使いが見つかる事もあった。

 ただ、貴族といってもアーチボルト家のような弱小騎士爵家では、とても神聖魔法を使ってもらえるような寄付は無理であり、各地方の派閥のボスが貴族の子供が10歳になる時に一箇所に集めて、フライス聖教会から神聖魔法の使い手を呼ぶのだ。

 そして本日、カスケード王国暦636年1月20日、スティーブは父親と一緒にソーウェル辺境伯の領都に、魔法の才能を確認するためにやってきていた。


「父上、ソーウェル辺境伯の領都ともなるとにぎやかですね」


 スティーブは自領には無い商店や大道芸人を見て、年相応にはしゃいだ。


「流石は西部一の大貴族といったところだな。うちの領とはえらい違いだ」


 ブライアンは息子に領地を比較されたことで、肩身の狭い思いをする。スティーブはそれに気づいて、しまったと後悔して話題を変える事にした。


「父上、聖教会が見えてまいりました」


 大陸各地に信者がおり、神聖魔法を独占して王侯貴族から多額の寄付を集めているフライス聖教会は、この地でも金をかけて立派な教会を建てていた。

 もっとも、その建設費もソーウェル辺境伯家からの多額の寄付を受け取ってのこと。

 その教会には西部の貴族の子供たちで、10歳になるものが集まっていた。


「やあ、アーチボルト殿」

「おお、ゴードン殿のご子息も今年でしたか」


 ブライアンに声をかけて来たのは、同じ西部の騎士爵家であるゴードン家の当主、ボブ・ゴードンであった。ブライアンと共に現国王を支えたことで騎士爵を賜った新興の貴族である。同じ境遇であるため、なにかと相手の裏を読まなければならない貴族社会において、ブライアンの数少ない気の置けない友人であった。

 親同士の会話が続いていたが、儀式の時間となったことで子供たちは親から離れて儀式の間に呼ばれる。なお、儀式の間と言っても、魔法の才能を確認する儀式だけに使用する訳ではなく、司祭などが一般の信者を集めて神に祈りを捧げたりするのにも使用される部屋だ。

 儀式の間といわれているが、実際に儀式が行われるのはその隣にある小さな別室である。魔法使いという極めて重要な情報であるため、情報は一旦国王にあげられてから、問題が無い場合に限り公開される。例えばだが、任意の相手を自由に殺せる魔法であったならば、王家は絶対にそれを切り札として手元においておくだろうし、逆に常に暗殺の危機にさらされる貴族などは、何とかして魔法使いを排除しようとするだろう。

 そういうわけで、儀式の間に集められた子供は、家の格が高い子供から別室に呼ばれて行く。待ち時間が長いため、親に配慮しての順番であった。

 貴族としては最下位の序列である騎士爵の子供であるスティーブは、一番最後に呼ばれることとなった。

 別室に入ると三人の男が長机に横並びに座っていた。

 そのうちの一人、向かって一番右の男がスティーブに命令をする。


「名前を」

「スティーブ・アーチボルトです」


 命令をした男は手元の名簿を確認し、儀式の対象者であることを確認した。


「そこの椅子に座ってこの聖水をあおりなさい」


 と真ん中の男が聖杯と呼ぶ杯を差し出した。中には液体が入っている。


(昔、何かの映画で観たシーンと似ているな)


 とスティーブは前世で観た映画を思い出す。得体のしれない液ではあったが、自分よりも前の子供たちが飲んだものであるということで、覚悟を決めて一気にぐいっと杯をあおった。


「痛い」


 杯をあおってすぐに、痛みが全身を駆け抜ける。どんな痛みかといえば、風呂上りに消炎剤を塗ったようといえばよいだろうか。

 これは魔法の才能が有った時に見られる特有の痛みであり、スティーブが痛がったのを確認した男達は色めきだった。


「おお、今年は才能あるものがいないと思っておったが、最後の最後で才能を持つ者に出会うとは」

「さて、どんな属性の魔法か。是非とも有用であって欲しいもの」


 一般的に求められるのは、地水火風を操る魔法使い。それ以外にも、回復魔法だったり支援魔法などは戦争に使えるので重宝される。

 さて、ここでスティーブがどんな種類の魔法を使えるのかという事に興味が移った。

 痛みが引いてきたスティーブに、中央の男が話しかける。


「頭の中にどんな文字が見える?」

「産業です」

「産業?」


 スティーブからの予期せぬ答えに男が戸惑う。過去に様々な種類の魔法の才能が発見されたが、おおよそは地水火風という文字が見え、その四元素に関わる魔法を使うものが多かった。

 そして医療や農業というものもあったが、産業というのは初めてであった。加えて、産業という言葉が漠然としすぎており、そこからどういった魔法が使えるのかがわからなかったのである。


「何か魔法を使ってもらえないだろうか」


 一人の男がそう言ってきた。魔法を使った経験などないので、どう答えてよいのかわからなかった。結局質問することにした。


「魔法を使ったことがないので、使い方がわかりません。どうすれば使えるのでしょうか?」


 それに男がこたえる。


「念じればよい。魔法の才能があれば念じたことが具現化する。しかし、いくらでも際限なく具現化できるわけではない。人には魔力というものがある。魔力が切れたら魔法は使えない」

「魔力は回復するものなのでしょうか?」

「時間とともに回復する。一般的には寝たら全回復するということだ。例外があるかもしれないし、そもそも魔力を測る手段がないからな。加えて言うなら我々も魔法が使えないので、的確なアドバイスが出来る訳ではない」


 そう説明を受けた。


「承知いたしました」


 とこたえたスティーブだったが、視界の片隅には


【産業魔法Lv1】

・鋼作成

・産業機械Lv1

・測定

・作業標準書


 という文字が浮かんでいた。

 会話の内容から、どうやらこれは自分にだけにしか見えていないようだとスティーブは理解した。そして、この中で公表しても問題なさそうなのは測定くらいかと判断をした。

 これはスティーブが単なる10歳児ではないから出来た事。鋼作成や産業機械Lv1などというのは大問題だろう。

 そして作業標準書というのは意味不明であった。

 いや、前世でスティーブは取引先から作業標準書の作成を求められたことがあり、その意味自体は理解しているが、魔法としてどのような効果があるのかは未知数であった。

 作業標準書というのは製造業に限らず、会社職場で使用される手順書である。それが魔法になるとどうなるのであろうか、想像もつかなかった。

 ということで測定の魔法を使ってみる。

 手渡された聖杯の重量を計ってみたのである。


「どうやら、距離や重さが測定できるようなので、こちらの聖杯の重量を計測しました。112.6グラムです」


 実際には測定はミリグラム以下でも測定出来るのだが、そこまでの重量を報告したところでさしたる意味もない。産業が未発達なこの国では0.1グラム単位での測定でも過剰なくらいだ。

 そんなスティーブの報告に男たちは苦笑いをした。


「やれやれ、やっと見つかった魔法使いがものさしや秤の代わりにしかならんとはね」


 と、左端の男が憐憫の眼差しでスティーブを見た。


「まあ、この結果は国王陛下とソーウェル辺境伯閣下に報告するが、特に呼び出されるような重要な魔法でもないだろうね」


 そう言われてスティーブは解放されたのである。

 解放されたスティーブは直ぐに父の処に戻って魔法の才能が有ったことを報告した。


「なに、お前に魔法の才能があったのか」


 ブライアンは大層喜んでくれた。息子に才能が有った事を純粋に喜ぶ気持ちと、この才能を売りに出せば領地の窮状もなんとかなるかもしれないという期待。

 その期待から、息子に魔法の属性をたずねる。


「それで、どんな魔法が使えるんだ?火か?水か?それとも治癒か?」

「父上、僕の使える魔法は【産業】です」


 息子の言葉にブライアンの頭の上にははてなマークがいくつも出現する事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る