KAC20246 「トリあえず」戦争!

狐月 耀藍

KAC20246 「トリあえず」戦争!

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2024.3.21

KAC20246特別企画!

ムラタのむねあげっ!閑話㉟

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「とりあえず麦酒!」


 ムラタと共に飲みにいくリファルは、決まって麦酒を注文する。


「っかーっ! 仕事の後の一杯はうめぇーっ!」


 そう言ってまずは一杯を気持ちよく飲み干すリファルに、ムラタは日本でも職場の人間と飲みにいくと、「とりあえずビール」だったことを思い出す。

 日本ではひたすら社畜のように働いていて、異性との出会いなんてなかったし、職場の人間以外との出会いも、基本的には取引先や顧客だけで、プライベートで一緒に楽しむ相手なんて、ほとんどいなかったことに気づいた。

 同期の島津のアニメグッズ探訪やらアニメ映画鑑賞やらに振り回されながら、それでもその頃が、一番プライベートが楽しかったと振り返る。


 それがどうだ。

 異世界に転移したと思ったら、

 ヒトではない女性と恋に落ち、

 家の設計以外の仕事を任され、

 奴隷商人の組織を壊滅させて、

 貴族の屋敷に殴り込み破壊し、

 ブラックな企業を改善させて、

 ついには鐘塔の大修繕事業だ。

 おまけに複数の妻に子供たち。

 列挙してみると笑うしかない。


「全く、どこの英雄さまだって感じだよな」


 我ながらありえない幸運に恵まれすぎている、と笑うムラタの頭を、リファルが小突く。


「全くだ。このニセ大工め」

「お前にそう言われるのも久しぶりな気がするな」

「いいや。お前は今でもニセ大工だ。全く、少しはまともにかんながけくらいできるようになれ」

「前よりは出来るようになっただろう?」

「あれで出来るなんて言うんじゃねえよ」


 注文したこいの切り身の揚げ物が届いて、リファルは上機嫌で添えられた蜜柑のようなものを手に取った。


「揚げ物にはとりあえずモレンをかけて……と」

「おいリファル! 揚げ物にモレンは邪道! 自分の皿に取ってからかけろ!」

「何言ってんだムラタ、店だってつけてるんだからコレでいいに決まってんだろ」

「お前がそうならそうなんだろ、お前ん中ではな! だが俺は違う! 本来の素材の味を楽しみながらだな……!」


 くだらないことで立ち上がり睨み合う二人の隣の席の男が、「え、えらいことや……せ、戦争じゃあ……!」と、そそくさと自分のカップと料理の皿を持って避難する。一触即発──と思ったその時だった。


「ああ、見つけました!」


 居酒屋に入ってきたのは、お腹を大きくした女性だった。孤児院「恩寵の家」で働いていた、コイシュナだ。


「もう、またこんなところで飲んで。ムラタさん、申し訳ありません。また夫に誘われたんでしょう?」

「あ、いや……俺も断る気もなしにきてしまったんで……。すみません、家で何か、予定がありましたか?」

「いいえ、そうではないですけれど……。もう、どうせならうちにきてくださればいいのに!」

「何言ってんだ、シュナ。こういう店だからいいんだよ。それに家に連れてきてみろ、こいつの嫁自慢が始まるんだぞ?」

「いいじゃないですか。私、ムラタさんの奥様のお話、もっと聞きたいですし」


 リファルはうんざりした様子だが、コイシュナはそれまでのやや怒り気味だった表情が柔らかくなる。


「ムラタさんのお家の仲良しな様子、聞いていて飽きませんもの」

「そうか? じゃあ、とりあえずリトリィが最近……」

「やめろムラタっ!」


 話し始めようとしたムラタの頭を小突いて阻止するリファル。ムラタが妻の惚気話を始めると際限がないことを、彼は嫌というほど知っていた。


「分かった分かった。シュナ、要するに早く帰って来いってことだな。おいムラタ、トリの唐揚げが来たらそれ食って帰るぞ!」

「そうだな……。とりあえず、トリ唐食ったら帰るか」


 ムラタは少し残念そうな顔をしながら、それでもコイシュナの顔を立てることにする。彼女には世話になった。そして、友人の奥さんだ。今後のためにも、顔を立てるに越したことはない。


「お客さん! トリ唐っす!」

「おっ、来た来た! じゃあ、とりあえずモレンの汁を……」

「だからリファル! 『とりあえずトリ唐にモレンの汁』をやめろっ!」

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