QとPの話

@ku-ro-usagi

読み切り

ね、聞いて。

仮にQでいいか。

Qの友人のPがいきなり行方不明になったんだ。

夫がいて子供3人いて立派な持ち家もあってね。

浮気の末に男と逃げたなんて馬鹿げた噂もあったけど、数日後に山であっさり見付かった。

睡眠薬とお酒、結果低体温症で。

3日前には友人たちともメッセージを送りあってたから、誰も彼も驚いてた。


それから数ヶ月して、QにPの夫から連絡が来たんだ。

会ったのはPの葬式以来。

要約すると、

「子供たちが母親が死んだ山に登りたがっています」

「以前Pから登山している友人がいると聞いていました」

「1人ずつでいいんです、一緒に登ってやってくれませんか」

ってね。

Pの夫が行こうとすると、なぜかどうしても外せない仕事が入ったり、足を捻挫したり、自分が良くても今度は子供が同時に熱を出して寝込んだり。

それでもせがまれるため困っていたら、

「そういえばPには、登山を趣味にしている親しい友人がいた」

ことを思い出し連絡してみたと。

「図々しいことは重々承知している。ただ一度でも行けば子供たちも納得してくれるのでは」

と言う話だった。

生前は親しくしていた友人の夫の頼みだ。

友が自殺するくらいに追い詰められていたことに気づけなかった呵責もあり、Qは、こちらの条件は全て飲むならばと言う約束で、初心者向けのハイキングに近い低山とはいえ、子供たちを1人ずつ連れていくことにした。

Qの車も4人乗りとは名ばかりのほぼ2人乗りの小型車で、そういう意味で物理的にも1人が限界だった。

装備も指定したものを揃えさせ、まずは三姉妹の長女から。

中学生だった。

山ではこちらの言うことを聞くようにと言い聞かせたけれど、そんな必要もないほどいい子だった。

車内ではPの、ママの思い出話を多くしてくれた。

Qは知らなかった友人の一面が見られたようで、何だかとても嬉しかった。

文化部で体力はどうだろうも思ったけれど、若く身体も軽いせいかハイペースでどんどん登っていく。

まるでQを道案内するかのように。

頂上が近い場所で、途中から分かれ道と言うか獣道があり、友人の娘はなぜかそこで立ち止まり、じっとこちらを見てきた。

「……」

ここならまだ登山者もいるし多少道を外れても声が届く、はず。

長女に付いて行くとしかし普通に案内板があり、なんてことはない、かなり頂上までの道からは外れるが、ここも登山道の一つだった。

ほどほどに見晴らしのいい場所に出たけれど、少し先は心臓がきゅっと縮こまる崖。

でもわざわざここに来るなら、もう少し先にある頂上まで行きたいと思う気持ちは分かる。

だから人もいないのだろう。

そして友人も、それ故に誰にも見付からずに逝けたのだと、Qは大きく息を吐き出す。

友人の娘はまだまだ体力があるのかケロッとしていた。

(凄いな……)

Qはその場に小さなシートを敷いて腰を下ろすと、長女も隣に腰を下ろし、Qの肩に凭れてきた。

(おや、懐かれたな)

と思っていると、

「会いたかった」

久方ぶりの友人の、Pの声が聞こえた。

その声は、確かに自分の肩に頭を凭せかけてきた長女の唇からだった。


「ね……なんでこんなところで死んだの?」

と訊ねれば、

「山ならQが来てくれるでしょ」

「死ななくても会えたのに」

「なんかもう疲れちゃったの」

Pは言った。

Pはこの山のここにいる。

そして、どうやら娘たちを媒介させないと話せなさそう。

娘たちが私のことを思ってくれていると、離れていてもアンテナが繋がりやすいから山へ誘導した。

旦那は必要ないからいらないとも教えてくれた。

Qはさすがに少し、Pの夫を不憫に感じた。

「Qは多分すぐに私のことなんか忘れちゃうから、今のうちに話したかった」

と言う。

そんなことはないのに。

QはPと色々話した。

沢山、色んな話。

思い出話が多かった。

気がつけば結構な時間が経っていて、ふと人の声がした。

それは他の登山者で、どうやらこちらにやってくる気配。

QとPの会話も途切れると、

「あれ、寝ちゃってた……」

それはPの娘の声で、

「あ、あの、ごめんなさい」

Qに寄りかかっていたことを、恥ずかしそうに謝ってきて可愛かった。

そんな顔は少しでもなく、Pに似ていた。


次に連れてきた次女はお喋りな子で、車では色んな話を聞かせてくれた。

でも、山に入るなり、途端に静かに登り始めまたあの場所に連れて行ってくれた。

山道はだいぶなだらかで荷物も軽装で済むため、Qは小さな折り畳み椅子を用意してきた。

値段は張ったけれどそのかいあり本当に軽い。

低山の本当にハイキング気分だからできることだけれど、あの場所に椅子を二つ返事並べて座ると、

「もう来てくれたんだ?」

隣から嬉しそうな友人の声。

「会いたかったからね」

「私も会いたかった」

また、思い出話に花が咲く。


3人目の一番下の子は体力云々よりもはしゃいで大変だった。

母親の自殺後、ろくにお出掛けどころではなくなり、寂しさもあれどつまらなかったらしい。

近くに住むPの母親が通いで世話に来てくれているらしいが、高齢でせいぜい公園に連れていくのが精一杯だと言う。

散々はしゃいでたのに、中腹くらいから徐々におとなしくなり、山頂近くになると道を外れて、あの場所へたっと駆けていく、小さな小さな後ろ姿。

そんな小さな身体から落ち着いたPの声が聞こえるのはチグハグで、少し笑ってしまう。

山に心と自我?が残るPが、Qと話すために、自分の娘たちを媒体に使うことも。

Pの子供たちを、自分がPに会うために山へ連れ出す事への罪悪感も、これっぽっちもない。

Pは死んでも尚、Qもどこか壊れていた。

いつから?

多分、初めから。


QとPの思い出話は、やがて今の話と未来の話になってきた。

三姉妹は飽きることなく山をせがみ、QとPはまるで今を生きているかの様に未来の話をした。

「またあそこ行こうよ」

「あっちは?ほらあそこ、私、行ってみたかったんだ」

「いいよ、行こ行こ、車出すし」

Qは、登山の帰りは、三姉妹にそれぞれ食べたいものを聞いては食事へ行ったり、体力が残っていればリクエストに応えてゲームセンターで遊ばせたりもした。

それは付き合ってくれる感謝もあるけれど、一番大きいのは、ただ、山に飽きさせないため、ただ、それだけだった。

3人は3人でそれなりに楽しいのか、山の記憶が曖昧なせいか、飽きたとかもう行かないとは一度も言い出さなかった。

そうやって何度も何度も山に通っていたためか、とうとう、


「ね、まだ、私、ハイレテルよ」


帰りの助手席に座る長女から友人の声がした。

Qは純粋に嬉しかった。


あぁ、ごめん、別に面白いオチはないんだよ。

それからどんどんPが娘たちに、特に長女の中に入れる時間が伸びてさ。

結局、Pは家に帰ったんだ。

長女の中に入ってね。

山でなくてもQが来てくれるからって。

当然、娘たちも山に連れてってとは言わなくなって、Pの夫には感謝されたよ。

山以外にも、娘たちをたくさん遊びに連れ出してくれることも含めてね。

それは殆んどPとの時間だけど、3人共、楽しかったおいしかったって記憶は残るみたいで、

「次はいつ?次はいつ?」

とせがんでくる。

それで今年さ、長女が高校に受かって、その通う高校が遠いからって理由でQの部屋で居候することになってね、今は一緒に暮らしている。

そうそう、徐々に少しずつだったけどね、今はもうPは長女の中に完璧に入ったんだよ。



「そんなこと、可能なの?」

私の問いかけに、

「そうだね、ただ長女がPに成り済ましているのかもしれない」

友人は小さく笑う。

「それで聞いてよ、私が三姉妹を遊びに連れ出してるって聞いたPの旦那の両親が

『その人は後妻さんとしてどうなのか』

とか聞いてきたんだって。

その考えがおぞましくて鳥肌立ったよ」

友人は、自分の肩を抱いて大袈裟に震えてみせる。

「下の2人は?」

「勿論会ってるよ、Pも会いたがるから」

「不審がらないの?」

長女ではなく中身がPなことは気付くだろう。

「長女って嫌でもお母さん代わりになってたりするじゃない?Pが死んでからは更にそれが顕著になってたからそうでもないみたい」

理解できるような、そうでもないような。

仕事で忙しく、更に遠くに異動があったりして、数年振りにこの友人と会ったのだけれど、何だか楽しいことになっていた。

「ね、私にも紹介してよ」

長女ならぬPに会ってみたい。

「うん、君ならそう言ってくれると思った」

Qは笑う。

「来週、Pの誕生日でさ、プレゼント選びたくて、ちょっと付き合ってくれない?」

それは、長女の誕生日なのか、Pの誕生日なのか。

「いいよ」

きっと、Pの誕生日なのだろう。

私達は、街外れの薄暗い喫茶店の席を立つ。

「うわ、雨降ってる。P、傘持って行ってたかなぁ」


もし、友人の話すことが本当で、Pが長女の中に入ったのなら長女はどこへ消えたのか。

もう存在していないのか、眠っているだけなのか。

ただ本当に母親に成り済ましているだけなのか。

Pとなった長女を見て、妻を亡くした夫はどう感じているのか。

色々と興味深い。


しかし、私も大概友人思いな人間なので、なんであろうが友人が幸せそうならそれでいい。


Pに会える日が、今から楽しみだ。




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