第30話 幕間⑨

 アタシは付きっきりで徹の経過を見守っていた。

 いつもの眠そうな顔が、無表情で浅く呼吸をしているのを見て、胸がとても痛くなる。

 先生曰く、大量の出血が最大の危機だったらしく、外傷に関しては奇跡的なくらい何も問題が無いとのことだった。

「普通、あれだけ殴られると後遺症とかも残りそうなものですけど」

 徹の頭部すらも、その防御力が常人のそれではないと、先生からもお墨付きをもらってしまうほどだった。

 そこからお義母さんは家に帰られて、徹の入院の準備をしてくるとのことだった。

 そしてアタシは親に連絡をして、事情の説明と、徹の経過を見るため病院に残る旨を伝えた。

 アタシがいたところで何もできないけれど、せめて徹の無事は確認しておきたかった。

 そうして一日中、徹の傍で彼の回復を待っていたけれど、昼前に力尽きて寝てしまっていた。

 そして起きた時に、衝撃的なものを見た。

 徹が、いない。

 アタシは病室を飛び出して徹を探した。

 おそらく徹は自罰的になっている。

 封印したはずの暴力を、再び解放してしまったことに、嫌悪的になっているはずだ。

 彼は、人を殺めたことをひどく後悔している。

 だからこそ、あれだけ殴られても殴り返さなかった。

 アタシが、きっかけになって、徹を追い込んでしまった。

 そこでハッと気付く。

 屋上だ。

 命に別状は無いけれど、あれだけの傷を負って、どこまでも行けるほどの怪我では無いはず。

 院内で徹の行けそうな場所は、あそこぐらいしか思いつかない。

 アタシは屋上への階段を駆け上り、扉を思いっきり開けた。

 屋上のベンチ、そこに徹はいた。

「徹っ!!!」

 思わず叫んで、アタシは泣きながら徹の膝にしがみついた。

 怪我の具合も、他におかしなところも特には無いと徹は言う。

 良かった、と胸を撫で下ろしていると、唐突に徹は無感情な声でアタシの名前を呼ぶ。

 知ってる。今の徹の考えなんて普段の彼に比べたら余裕で看破できる。

 だからアタシは言った。

「嫌だ」

 どうせ別れてくれ、なんて言ってくるだろうと思っていたら案の定だった。

 守れなかった男だの、戦わなかった男だの、自分は人殺しだの、どうしてそこまで自分を卑下できるのか、アタシにはわからなかった。

 だから全部否定したら、今度は「どう生きたらいい」なんて言うもんだから、好きに生きろって言ってやった。

 好きに動いて、好きに生活したらいい。

 そこにアタシを含めてくれたら、どうとでもすればいい。

 それでもぐちぐち言うもんだから、アタシは怒鳴った。

 今回の件はアタシがほぼ悪いのはわかっている。

 なら、それを徹が背負うのは間違ってる。

 だからアタシは徹が背負わなくていいように、アタシと徹の呪いを強める。

 アタシも、徹も、お互いが死ぬ時に死ぬ。

 逆に言えば、お互いのために、お互いが死ねないんだ。

 それならば、と。

「アンタも、アタシと生きてよ。一緒に生きて、一緒に幸せになってよ」

 涙で目がひどく腫れてる。こんな酷い顔を見せるのなんて嫌だったけど、徹が生きようとしてくれるならどうでもよかった。

「俺は、生きていていいのか」

 なんて、まだそんなこと言うもんだから、アタシは言葉を返す。

 生きなければいけない、と。アタシか、徹が天寿を全うするまで。



 その後は警察に事情聴取されて、その結果、被害届は出さないで示談で済ますことになった。

 それは徹の自戒を尊重してのことだったけど、アタシはついでに一つ条件を出した。

 それは二度もお預けを食らって、いい加減我慢ならなかったことでもある。

 それに今回、男に襲われたことに関して、それほどのダメージは受けていないけど、この先どうなるか分からない。

 アタシ自身、敵を無限に作っている自覚がある。

 今回のようなことは何度も経験しているけど、ここまで追い込まれたのは初めてだったし、もういっそ経験してしまえば惨事も多少はマシになると思う。

 と、いうわけで徹には覚悟を決めてもらう。

 そのために家族を差し向けて、徹との関係を認めてもらう根回しまでやったんだから。

 ちなみにこの条件に関して、徹は「俺、役得しかないけどいいのか」なんて言ってた。

 いいに決まってる。むしろ徹以外の誰かなんて嫌だから。

 そんなこんなで、アタシの両親と徹が話し合った後、徹は投げ出すように体を病院のベッドに沈める。

 って言っても、術後だから体もあまり起こせない状態だけど。

 アタシの両親に会った時、何も知らせて無かったからびっくりして起き上がろうとした際に、お腹の傷痕から血が出たりなんてこともあったけど、今は安静にできてる。

 あの事件から三日経ったけど、もうしばらくの間、徹は入院だ。

 当然、約束の履行もできないから、アタシはせめてもの欲求解消に、徹に口付ける。

 病室だぞ、って徹に叱られたけど、もう一度だけ口付けする。

 徹がやれやれ、みたいな顔するけど、満更じゃないとアタシは勝手に思うことにした。

 幸せだ。こんなにも普通なことが、こんなにもアタシを満たしていく。

 すると、口から勝手に言葉が出てくる。

「アタシ、生きててよかったと思ってる」

「ああ。俺もそう思うよ」

 そうして二人して笑い合う。

 これでいい。これがいい。

 アタシがいて、徹がいる。

 それだけで、もう十分だ。

 アタシ達は、幸せだ。

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