とりあえず

夢美瑠瑠




 <O・ヘンリー風に…>


 


 ニューヨークのことを、なぜ、「ビッグ・アップル」というのか、知っている人は知っている。ある競馬新聞の記者が、自分ではしゃれた言い回しのつもりで、大きなレースのことをたびたびこう表現したのだ。馬の飼料に林檎が使われることにかけたらしい…


 「それだけ?」

 「それだけの来歴らしい…だから、”大して深い意味はない”というほうが実情に近いというわけだね。いかにも意味ありげなんだが」


 タイムズスクエアにあるカフェで、貧乏な画学生仲間とこう、たわいないおしゃべりをしていた。


 「ところがね、俺の友達にヘンリーって奴がいて、奴は作家なんだな。それで、『”NY=ビッグアップル”の由来があんまりつまらないから、即興で何か面白い由来を考えてみてくれないかな?面白かったら15ドル出すよ』と、振ってみたんだ。そしたらね、さすがは作家だな…こんな面白いストーリーをすぐ考え出して話してくれたんだ。どんな話だか興味あるかい?」

 「へえ…うん。あるよ。長い話かね?」

 「いや、ヘンリーは短編作家でね。3分で終わるよ」


 …それはこんな話だった。


 喉仏のことを「アダムの林檎」というのは周知のとおり。神からもらった知恵の木の実を飲み込むときに、喉に引っかかって、アダムの喉にだけでっぱりができた。それが喉仏になった。そういう言い伝えからきているのだ。


 そうして、アメリカ大陸を俯瞰して人体に見立てた場合に、カナダのあたりが髪の生えた頭部、胴のくびれがユカタン半島の下あたり、南アメリカは腰から、細く伸びた脚、そういう風に見えなくもない。

 

 で、首の、喉仏の辺に、豈はからんや、ニューヨークが鎮座する。

 

 アメリカの中枢、”頭脳”がワシントンDCだが、その偉大なアメリカの知恵をもたらすうえでのプロセスで、ちょっとアンビバレンツな副産物として巨大な経済都市ができている。そうしたアイロニカルな、アンビバレントなエスプリを込めて、「Big Adam's Apple 」というニックネームを、NYに名付けた人がいた。


 アダムの林檎はつまり、楽園の、そうしてそこからの追放の象徴でもある。


 で、罪と快楽の都でもあるニューヨークの呼称として、いつしかそれが定着した…

 

 「なるほど。そのほうが”いかにも”じゃないか」

 「だろ?ほとんど即興だからな…まったくあの小説家野郎もなかなか侮れないぜ。ひょっとしたら天才かもしれん。15$渡してやると、とりあえず、善女にパンを買ってやるって喜んでたけどな」

 「HA、HA」


 …”とりあえず”、それっぽい?小説ができたので、祝杯と行こう!

 

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とりあえず 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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