第24話 早大が振り回す、甲子園100周年 1
私は今、早稲田大学に振り回されている。
と言っても、天下の早稲田大学から何かを仕掛けられたわけではない。
~ 誰がそんなちんけな三文文士なんか相手にするか、って?~わっはっは
ほんの一部の、早稲田大学出身者によって、
何かが仕掛けられ、振り回されているのが真相である。
振り回している人たちは、以下のとおりです(敬称略)。
しかも、すべて故人です。
生前より面識のない人も、なぜかあった人もいます(苦笑)。
岸一郎(1894-1969)
左の大エースにして、早大の後満鉄こと南満州鉄道野球部でも主戦投手。
長年の雌伏の後、1955年のわずか2カ月弱、大阪タイガース監督。
ダイナマイト打線と称される打力中心のチームを、
広い甲子園を活かした投手と守りのチームに切替える思想を持ち込んだ人物。
その思想は、後の阪神タイガースに大きな影響を与え続けている。
長らく没年不明であったが、とあるノンフィクション作家の渾身の書により、
今2024年2月5日、正式に判明し、世に伝えられた。
~ その前日、通販でその書を受取り、早速動画を上げた人物有。
世に最初に広めたのは、なんと、某地方都市の50代の作家とのこと。
藤本定義(1904-1981)
松山商業から早稲田大学へ。カーブの藤本と呼ばれた投手。
東京鉄道管理局の監督を務めた後、巨人軍の実質初代監督にして、
1リーグ時代、何度も日本一に。
戦後の職業野球復活にも貢献し、賭け屋との命がけのやり取りも。
~ 今年なんと、MLBで日本人の通訳がその手合いと・・・。
その後阪急監督を経て、ついに、阪神監督に就任。
投手中心の守り抜く野球で、セリーグ制覇2回。
2回とも、早稲田出身の三原脩率いる大洋ホエールズを抑えての優勝。
その後巨人対阪神OB戦で、巨人監督として勝利(1976年)。
柴田修身(1950-2019)
岡山県南部の企業城下町の本屋に生まれる。早稲田大学文学部卒。
その後の経歴は、謎に包まれている。
賭け麻雀で家業を倒産させたという話も。
その後は、各地で選挙参謀(選挙ゴロ?)を務める。
文学の素養があり、ある選挙で出会った後の作家の本格デビュー前、
彼の原稿を黙って読み続けたという。
2019年1月、病を得て死去。享年70(数え)
3人目は一般の方ですが、あえて実名を挙げさせていただきます。
甲子園球場会場100年
前回パリオリンピックより100年
~ 炎のランナーより100年
今年、私の執筆活動にいやおうなく影響を与えているのは、
以上の方々です。
なんせ、プリキュアのオープニングを見ていて、なぜか、
藤本定義
という名前が浮かんでしまうのよ。
さすがに現段階では、岸一郎というのはないっす。
あと、三原脩とか、ね(苦笑)。
あ!そうだ!
もう二人ほどいますわ。
それは、また後日。
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