第11話

「今日からこのお部屋が、フィーリウお嬢様のお部屋でございますよ」

「………ここが?」

 ここ数日、色んなことが起きたけど、一番の驚きは自分が女の子だという真実だろう。


 まさか自分が女の子だなんて、逆行前には考えもしていなかったことだった。


 なぜ、15年間も生きてまるで気付けなかったのか。

 それは誰も僕に『男女の体の違い』を教えてくれなかったからだ。そして、栄養失調で痩せすぎた僕の身体に、『女子的な成長』が何ひとつ現れなかったこともまた、要因の一つだと思う。

 せめて胸くらい少しでも膨らんでいたなら、周りのメイドの姿を見て疑問くらいには感じていただろうけど……今、思い出してみても壊滅的にべったんこだったからね。

 付けたしすると逆行前も今回も、全裸になるお風呂は常に乳母が入れてくれていた。そして前回の生で、乳母が居なくなった後からは、メイドのロザリアが入れてくれていたのだ。

 その2人と執事のセバスとが共謀して、僕の性別を偽っていたらしいから、他の使用人も知るはずがなかった──という訳である。


「おはようございます。今日も良いお天気ですよ」

「んん…おはよ…キアイラ」


 広くて綺麗で、明るいお部屋。

 新しいお部屋の、大きな姿見の前。

 優しく丁寧に、僕の髪を梳いてくれる温かな手。


「そろそろドレスも新調しませんと。フィーリウ様に合う素敵なものを、たくさんご用意しましょうね!!」

「え…別に…そんな要らない…よ」

 これまでとは全然違う穏やかな朝の感覚に、思わずうっとりしていると、キアイラ乳母はまるで自分のことのように嬉し気にそう言った。なんでも僕のためにたくさんの予算が降りて、新しくドレスを新調出来るようになったんだって。

 僕はと言えばつい反射的に『別に欲しくない』と首を振ってしまったのだけれど──だって、今着てるのあれば良くない??って思ったし──それに、今までは何か欲しがると、乳母らに折檻されたり罵倒されたりしていたから…つい。

 もちろん遠慮もあったから断りを入れたのだけど、キアイラは曰く『遠慮など無用』なんだって。『四聖公の令嬢として当然の物を享受するだけ』だから、お金とかそんな心配は必要ありません!!とのことだった。

「第一、今、着ておられる服は、リアンナお嬢様のおさがりで、サイズも合ってませんしね」

「うう………」

 さらに『フィーリウ様の趣味とも合いませんでしょう?』などと指摘されると、僕は『それは確かにそうだ』と素直に頷く外なかった。

 いや、だって、このドレス、リボンとかフリルとかレースとか、メチャクチャいっぱい付いてて、可愛すぎるんだもの。色も派手だし。好きじゃない。


 男子用の服に慣れた身としては、せめてもう少しシンプルなものにしてほしい。


「リアンナ様はピンク系が好きですけど、フィーリウ様は何色がお好きですか?」

 先ほどから名前が出てるけど、キアイラの言う『リアンナ』とは、母親の違う僕の妹のことだ。年は今4歳のはずだけど、誕生日は僕と6ヶ月しか違わない。逆行前も数えるほどしか会ったことがないけど、ピンクブロンドで青い目の可愛い女の子だった……と思う。


 それこそ今僕が着てるドレスが、違和感なく似合うくらいには。

 ちなみに『可愛い』と思ったのは、あくまで外見だけの話で、性格までは良く知らない。


「う~んと……黒?とか?」

 好きな色と聞かれた僕は、兄上がいつも身に着けている服が黒で、それがとてもカッコよくて好きだったから正直にそう答えた。けれど、僕の答えを聞いた途端、キアイラはちょっと困った様に眉を下げてしまう。

「や、やっぱ、ぼ…僕には…似合わない…よね」

 駄目だったのかな??怒られてしまうかな??それとも僕になんて、黒は似合わないかしら??と、恥ずかしくなって思わず身体を縮こませる僕に、キアイラは慌てて、

「いいえ!そうではありません!!…確かにフィーリウ様に黒は似合いそうですけども…黒は当主である旦那様と、ご嫡男のラトール様しか身に着けてはならない決まりなのですよ」

「そ……なの?」

「ええ。ですから残念ですけど、そうですね…せめて青とか緑系の、少し落ち着いた色で揃えましょうか?」

「うん…それならいい」

 そうか。そんな決まりがあるなら仕方ないよね。

 僕はキアイラを安心させるために、まだ不得意な笑みを浮かべつつ頷いてみせた。

 うん、青とか緑なら好きだし、たぶん、このピンクのひらひらよりは、浮いて見えない気がする。僕は鏡に映る自分自身の姿に、青や緑の服を想像の中で当ててみてそう思った。


 正直に言ってしまうと、鏡に映る今の僕の姿は、綺麗なドレスに『着られてる感』が満載で、どうにもこうにもちぐはぐだった──というより、単純に似合ってない。


 ボサボサの黒髪は肩までも届かないくらいに短いし、そもそも体が痩せすぎてて貧相で、良いところのお嬢様になんて間違っても見えない。そんな僕がピンクのひらひらしたドレスを着ている姿は、我ながら哀れを通り越して滑稽ですらあった。

 (今生では)物心ついて初めて会った父が、『まともに見られる姿になるまで屋敷の一角から出すな』と命じたのもまあ無理ないことかな、と僕は思っている。


 父上のその言葉を聞いた瞬間、兄上もキアイラも『ビキッ』って、眉間に怒りを滲ませていたけど。


「見返してやりましょう!!お嬢様!」

 って、部屋へ戻るなりキアイラは叫び、父上の暴言に対する怒りエネルギーを、報復の活力へ変換していたし、兄上は兄上で、周りをすべて氷漬けにしそうな冷たい顔で微笑んでいた。

 逆行前に見た無表情より怖かったよ。

「あんな奴の言うことは気にしないでいいからな、フィーリウ」

 僕に顔を向けた途端、空気が抜けるみたいに緩んだけど。


 そんなこんなで僕は、今朝から正式に本邸に住めるようになった訳だ。

 以前は、ほとんど足を踏み入れることなかったのに、一角に自分の部屋まで貰えてしまった……んだけど、ホントにここに居て良いのかな、僕??とりあえず、離れ屋敷の部屋より広くて豪華でちょっと落ち着かない。

「誰が何と言おうと、フィーリウお嬢様は、このシュワルツ家の長女でございます。堂々としていらして良いのですよ」

「う……うん」

 以前みたいに無礼な使用人がいたら、ラトール様かこの私にお言いつけ下さい。と、キアイラはふっくらとした胸をバーンと平手でたたいてみせた。もちろん、そんな輩が居たら容赦しないつもりでいる気満々みたい。なんていうか、嬉しいような、怖いような、複雑な気分だ。


 僕の二度目の人生は、逆行以前とは明らかに変わり始めている。


 それが良いことなのか、悪いことなのかは解らないが。


 少なくとも前より環境が改善したことを、今は素直に喜んでおくことにしようと思う。


 そして出来ることならこのまま、少しでも幸せな人生を辿れると良いなと思うから。

 でも、たぶんそれには僕自身がこれから、色んな努力をしなくてはならないだろう。だから僕は、僕に出来ることから、少しずつでもやっていこうと思った。


 嫌われないように。

 見下されないように。

 自分を誇れる人間になるために。


 とりあえずはまず最初に…『僕』っていう一人称から変えた方が良いかしら。

 気になって『女の子なんだから、僕なんておかしいよね??』と聞くと、キアイラは優しく微笑んで頷くも、急いで無理に変える必要は無いと言ってくれた。

「ゆっくり慣れて行けば良いのですよ」

「……うん」

 確かに急に今から『私』なんて言うのはちょっと…いや、だいぶ恥ずかしいけど。でも、慣れるには早くから言い慣れておいた方が良いと思うんだよね。

「が、頑張るね…わ、私……」

「はい。でも、決して、ご無理はなさらないでくださいね」

 という訳で、キアイラはこう云ってくれるが、ここからは『私』で行こうと思う。もちろん普段の会話では…たまに『僕』って出そうな気がするけど。せめて頭の中で考えるときくらいは、私で統一しようかなって。


 大きな前進も、小さな一歩からって言うしね。

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