第10話
「呪術だと………!?」
護衛の口にした言葉に俺は思わず、ガタンッと音を立てて立ち上がった。
それが事実であるならば、これは大変な事態になると思ったからだ。
呪術はそれ自体が、最高位の禁呪である。
この国ではどれだけささやかなものであっても──例えば、そう『恋が成就しますように』とか、そんな子供じみた呪いであったとしても、軽重に関わらず一切の呪術という呪術が禁止されていた。
万一、法を犯して使用すれば、即、死罪というほどの重罪だ。
しかも場合によってその罪は、本人のみならず一族郎党にまで及ぶ。
そのくらい強烈に、呪術はこの国の人間に忌み嫌われているのだ。
何故、そこまで忌避されいるかについてを語るには、この国の建国の神話にまで遡らねば似らない。
竜の寝床に、世界を創世した神がいた。
神は人々に愛され、神もまた人々を愛していた。
だが、そんな神を妬む魔王がいた。
神を妬み恨んだ魔王は、ある日、神に呪術をかけ、魔の力で穢して貶めた。
もちろん神話の最後には、魔王は4人の勇者に倒され、神は呪いから解き放たれたとあるが──
しかし、精神的な支えであり、親愛する王であった神聖なる存在を、汚れた力で穢されたという事実は変わらない。
そうしてその恨みと憎しみと哀しみは、一抹の後悔と共に人々の心から消えさることは無かったのである。
ゆえに魔王が倒された後、この国では、呪術の一切が禁止された、という訳だった。
一万年を経た今も『呪術』の知識や記録は残されている。
何故なら、もしも誰かが禁を破って呪術を使用した時、それが『そう』と知らなければ、誰もその使用者を罰せられぬからだ。
大切なものを守るために必要な知識として、今も呪術は連綿と伝え語られている。
ただし、悪用を防ぐためにそれらの知識と使用法は、限られた者だけが受け継ぐようになっていた。
『魔塔』家と呼ばれる皇王家直属の一族がそれだ。
「どうやら、義母上の身上を洗い直す必要があるな…」
「はッ、手配しておきます」
「係る者には、魅了対策もな」
「………はいッ!」
護衛が緊張した様子を見せつつ、部屋から退出していった。
その背中を見送りながら俺は、机の上で肘をついて顎を支える。
「藪を突いたら蛇どころか…鬼が出てきた、か」
許せないこととはいえあくまで家庭内の問題──義母による幼児虐待…いや、暗殺未遂事件──かと思いきや、国家レベルの犯罪疑惑まで出てきてしまった。
これはどうも思っていたよりもずっと闇が深そうだった。
しかし、ことがことだけに慎重にならなければならないだろう。
まずは、乳母らとの繋がりを確かなものにし、その上で義母の罪を明らかにすることだ。
そこから見えてくることも多いはず。
「かくなる上は……父上にフィーリウの保護に一役買って貰うとするか」
しばらくは秘密にしておくべきかと考えていたが、状況がこうなると逆に、なるべく早く父上を味方に付けておくべきだと俺は判断した。
『神聖皇王』となる可能性を秘めた女児。
それは今のところ、単なる噂に過ぎない話であるけども。
だが、たとえそれが根拠のないただの噂話だとしても、今のフィーリウにとって、『女児』であることこそが己が命を守る力となるはずだった。
何故なら父上は、真偽も定かでない噂や流言を信じ切り、あわよくば次代の最高権力者をこの家から出そうと模索している。今は異母妹に対してあからさまな期待を寄せ溺愛しているが、まだ彼女がそうと確定するには至ってなどいなかった。
ならば未来の可能性を秘めた女児は、多いにこしたことはないはずである。
たとえそれが一度は捨てたフィーリウであっても。
「よし……明日、父上に会おう」
そして同時に乳母らの罪を明かす。
もちろん未だ義母との関連は裏が取れていないが、奴らがしたことは明白な四聖公に対する反逆だ。その生き証人である彼らを義母への脅しに使えれば、今後、フィーリウの身を害することが難しくなるだろう。
そう、考えていた矢先──
「捕えていた3人が毒を飲んで死にました!!」
「……………ッッ!?」
見張りの者がほんの少し目を離した隙に、手がかりを持つはずの3人が、牢屋の中で死んでいたのだ。牢へ入れる際に身体検査したはずなのに、牢屋の中には毒の小瓶が落ちていたという。
「奴らは服を全部脱がせて隅々まで調べました。だから、こんなものを隠せたはずがないんです!」
「…………だろう、な」
検査の様子は俺も見ていた。だからわかる。
これは何者かの手の者が、見張りの隙をついて差し入れた物だと。
「先手を打たれたか……」
生き証人は消されてしまった。あまりにも手際が良すぎるが、おそらくは義母の仕業だろう。
しかしこれでようやく、我が家の闇の中で闊歩する悪意の姿が、はっきりと浮かび上がって来た、ともいえた。
「……父上に会う」
信頼できる護衛数人と未だ狼狽える牢屋番に、乳母らの死体を『今度こそ』厳重に保管するよう指示する。ついでに、死因の調査と、毒の種類の鑑定も、後日、報告書にして出すよう命じておいた。
「ですが証人がこれでは…」
「なに、これこそ証人を毒殺するような輩が、我がシュワルツ家に潜んでいるという、なによりの証左だ。身近に危険が及ぶとなれば、呑気な父上とて、うかうかとはしておられんだろうさ」
『もちろん父上が、この事件に関わっていなければ、な』とは、心の中でだけの独白にし、俺は早速、現当主である父上と会うために、生臭く薄暗い地下牢を後にしたのだった。
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